【羽無し】と蒼燕
少しふて腐れる私を見て、王は優しく微笑んだ。
「そなたがちゃんと回復したら……改めて、話をさせてくれ。幸せな思い出だけではなく、互いの悲しみの記憶のことを。王と王妃候補としてでもなく、【青龍】と【朱雀】としてでもなく。………ただの一個人の、そなたと、私として」
「っ!」
「その上で………もう一度、そなたの歌を聞かせて欲しい」
その言葉に、自然と口元が緩んだ。
「………はい。もちろん」
ーー出会ってすぐに、【青龍】と【朱雀】になった。
孤独を埋める為に互いを求めながらも、完全に心は開くこともできず、やがて、憎しみに繋がる過去の存在を知った。
私達の関係は、いつだってどこか歪で、不安定だった。
だけど、もし、また始まりの時に戻れるなら。
全てを知って受け入れた上で、あの森の出会いのように、何者でもない存在として向き合うことができたなら。
「その時はきっと………私は、貴方に守護の力を与えられるはずです」
憎しみさえ超えて、きっとこの人を、心から愛していると思えるだろう。
「そうか………楽しみにしている」
青龍王はそっと私の頬に手をあて、額に優しく口づけを落とした。
「その時が、一刻でも早く来るように………今日はもう、休んでくれ。また明日、改めてそなたの元に様子を見に来ることにしよう」
「はい」
「何か不便なことがあれば、扉番の兵士に言ってくれ。別室に待機している侍女を手配するように、指示してある。時間を見て、食事も運んで来るようにも言っているし、明日の朝には医者が診察に来る手筈になっている。厠も医務室付きのものがその扉の奥にあるから、体が完治するまでは、絶対にこの部屋を出ないように」
「……そんな心配されなくても、もう部屋から出てこっそり歌おうなんて、思いませんよ」
「ーー誰かに、部屋を出るように、呼ばれたとしてもだ」
低い声で告げられた警告に、体が跳ねた。
「この部屋には、玄武の結界がかかっている。だから、誰かを部屋の中に招く分には構わない。だが、部屋から出るのは危険だ。……いいか。朱雀。私はそなたが回復するまで、人伝にそなたを呼ぶことはあり得ない。玄武や、白虎もだ。そのことを、くれぐれも忘れないでくれ」
「……それは、跳躍機を壊した犯人が、私を襲うことを懸念されているのですか」
「………何事も無ければ良いとは、思っている」
それは、肯定と同意だった。
「………分かりました。けして、部屋からは出ないようにします」
私の言葉に、王はほっとしたようにため息を吐いた。
「そうしてくれると、私も安心して職務に戻れる。………それじゃあ、お休み。朱雀」
青龍王はもう一度私の額に口づけを落とすと、そのまま去って行った。
「あ………ブレスレットを外すべきか、聞いていなかった」
腕につけたままの、紅玉のブレスレットに気づき、手をかける。
微々たるものであったとしても、力を吸収するのなら、回復の為には外した方が良いのではないか。
『それは………お守りの、ようなものです。守護の力がある貴女には不要かとも思いましたが、外敵の攻撃から身を守る呪をかけてあります。ただの自己満足だとは分かっていますが………できれば、常に身につけていて欲しい』
「………………」
少し迷ってから、ブレスレットから手を離す。
………医者がそのままで良いと判断したなら、きっとこのままでも良いのだろう。
ベッドに寝転がったまま、手をあげてブレスレットについた紅玉を、灯りに透かしてみる。
柔らかい炎のように光るそれを眺めていたら、何だか泣きそうになった。
………愛と憎しみが、両立することがあり得るのなら、この感情もまた、愛の一種なのだろうか。
王のように、あの人のこともいつか、私は愛していると思える日が来るのだろうか。
そんなことを思った時、コツコツと扉を叩く音が聞こえた。
「………はい。どうぞ」
私が目を覚ましたと聞いた玄武が、私の見舞いに来たのだろうか。
反射的にブレスレットをつけた手を布団の中に隠しながら、来客がやって来るのを待つ。
だが、入って来たのは、意外な人物だった。
「………おひさしぶりです。すざく」
「蒼燕………様?」
つい反射的に呼び捨てで呼んでしまってから、慌てて敬称をつける。
藍華さんも青龍王も、呼び捨てで呼んでいたから、つい同じように言ってしまったが、よくよく考え無くても彼は次期王だ。幼くても、私なんかが呼び捨てで呼んでいい相手ではない。
「蒼燕と、そのままおよびください。あなたは、おじ上のすざくなのですから、そのけんりがあります」
しかし、蒼燕は気にする様子もなく、にこりと笑ってそう言った。
「それじゃあ……え、と蒼燕。わざわざお見舞いに来てくれたのですか」
「はい。すざくがたおれたときいたので。……おかげんは、いかかですか?」
「ありがとうございます。もう大分調子が良いです。力を使わなければ、問題はないかと」
「そう。ならばよかったです」
蒼燕はそう言って、しばらく俯いて黙り込んだ後、おずおずと話を切り出した。
「きょうは、ほんとうはおみまいのためではなく……すざくに、あやまりにきたのです」
「謝りに………?」
心当たりのない私は、わけが分からず首を捻った。
彼から何か謝られるようなことはあっただろうか。
しかし、蒼燕の口から続けられた言葉は、意外なものだった。
「ごめんなさい、すざく。……すざくのちょうやくきを、こわしたのは、ぼくなんです。ぼくがあそんで、あれをこわしてしまったのです」




