【羽無し】の憎しみ
「………ここは?」
目を醒ますと、見知らぬ部屋にいた。
寝かされていたベッドから身を起こして、辺りを見回す。
「……王宮の医務室だ」
すぐ隣から、苛立しげな低い声が聞こえてきた。
「青龍、王………」
王は初めて会った時と同じような険しい表情で、私を見据えていた。
「玄武が倒れたそなたを、血相を変えて運んで来たらしい。自分が呪の篭もったブレスレットを贈ったせいだと、悔いていた」
「………玄武のせいではありません」
「ああ、そうだな。呪の影響で使われる力なぞ、微々たるものだ。流石の玄武も、その程度のことでそなたが倒れるとは思うまいよ」
………ああ、もう知られてしまった。
まだ、実験に成功して、いなかったのに。
「王宮医の診断は『力の使い過ぎによる、心身の消耗』。心身が回復するまでに、再度力を使えば、命にも関わるそうだ」
「………………」
「後宮の侍女達が白状したぞ。朱雀。ーーそなたは、後宮にいる間ずっと、時間があれば『歌っていた』のだとな……!」
「………彼女達を責めないでください。私が口止めしたのです。彼女達は後宮の主である私には逆らえません」
「責めていない……! 私が責めているのは、そなただ……!」
険しい表情で、青龍王は私の肩を掴んだ。
「力を使い過ぎれば、命に関わる。だから、歌も舞も姉上との練習の時だけに限定していたはずだ……! それなのに、どうして………」
知られたら、叱られるのは承知の上の行動だった。
だけど、いざこうして目の前で取り乱している王を見ると、胸が傷む。
………貴方に、こんな顔をさせたかったわけじゃなかったのに。
「………命に関わる程の力を、貴方の為という名目で消費すれば………私自身が、この気持ちを『愛』だと思えるのではないかと思ったんです」
「っ」
「そうすれば……貴方を、守れるようになれると」
「っそんなこと、誰が頼んだ……っ」
頼まれてなぞ、いない………私がただ、そう望んだだけで。
「言っただろう? 私は、そなたに、守ってもらわなくても構わないっ! 愛されなくても、そんなことは当然だっ! ただ、傍に……健康で傍にいてくれれば、それでよかったのに……っ」
私の為に激昂している青龍王の姿が、心苦しくて………そして、嬉しかった。
こんなに、大切に思ってくれているのに。
こんなにも、王を愛しいと思っているのに。
「愛し、たかったんです………どうしても、どうしても、貴方を愛して、愛されたかったんです……この身を、犠牲にしてでも」
「朱雀…………」
「それなのに………駄目でした。こんな風にしても、やっぱり駄目でした。私は私を、変えられない」
目から、ぽろりと涙がこぼれ落ちた。
この感情を、「愛」だと思い込もうとした。
醜くても、汚くても、それでもこれは確かに愛なのだと。
そう思おうと、したのに。
「貴方を、愛そうとする度……母様の死に際が、浮かんでくるんです………」
「…………」
「熱が見せる幻影の中の父を求めて、逝った母を思い出す度………私は貴方を憎まずには、いられない……っ!」
『………ああ、貴方。………やっと……来てくれたのね』
何もない宙を見つめて、母は笑った。
『【 】を……どうか、お願いします………ああ、よかった。最期に、また会えた……』
そんな母を見て、母の手を握り締めていた叔母は、悲痛な金切り声を上げた。
『………姉さん、しっかりして……っ。あいつは、今ここになんて、いない……姉さんの傍にいるのは、私よ……!』
『………貴方…………』
『ーー私を見てよ、姉さんっっっっ!!!』
私はその最期のやり取りを、叔母からかろうじて許された、扉の陰からそっと眺めていた。
その日、峠を越すことなく、母は亡くなった。母の死に顔は、穏やかで幸福そうなものだった。
可愛がっていた妹に臨終の際まで看取られ、幻影とはいえ、死の間際に愛する父と再会できた母の最期は、けして不幸なものではなかっただろう。
事実、母は私達を捨てた父に、最期の最期まで恨みごと一つ零さなかった。最期まで、父を信じ、許し続けていた。
だけど私は………否、だからこそよけいに許せない。
あれ程父に会いたがっていた母に、会いに来ることなく、死なせた父親も。
その、原因となった王のことも。
「………そうか。そなたは気づいていたのか」
私の言葉に、王は静かに目を伏せた。
「ならばよけいに………私が、どれ程愛される資格がないか、分かっているだろう。私の為に、そなたが苦しむ必要はない」
「っ貴方は、何一つ悪くない……っ!」
肩から手を離し、遠ざかろうとした王の体を、縋るように抱き締めた。
「貴方は、何も悪くない……分かっているんです。分かっているんです。そんなことは。私が憎むべきなのは、父一人で、貴方じゃない。貴方はただ、理不尽な運命に巻き込まれただけだって、頭でちゃんと理解しているんです。貴方を責めるのは、お門違いだって……!」
「……………」
「それなのに……どうしても、止められない………どうしても、憎んでしまうんです。……愛しい気持ちにも、嘘はないのに」




