【羽無し】とブレスレット
私の言葉に、玄武は眉一つ動かさなかった。
「……すみません。私には、何のことだか心当たりが……」
「とぼけないでください。分かっているはずです」
ばれていないと、彼も本気で思っているわけではないだろう。
「私に会いに来た叔母の対応したのは、貴方だと聞きました。それならば、落ちた羽根を拾う機会なんていくらでもあったはずです。それに、貴方はこの国の宰相です。王族に次いで身分が高い貴方なら、跳躍機がある部屋に入ることも簡単だったでしょう」
そんな風に特定されることも、玄武には想定内だったはずだ。
誤魔化そうと思えばいくらでも誤魔せたはずなのに、何故敢えて隠蔽する素振りすらみせずに、こんなことをしたのだろう。
玄武は変わらない笑みを浮かべたまま、凪いだ黄金色の瞳を私に向けた。
「……それが、最善だと思ったまでです」
「跳躍機を壊して、式典の邪魔をするのがですか?」
「いいえ。跳躍機を壊したのは、私ではありません。ですが、その犯人を貴女の叔母上だったことにしておくことが、最善だと判断したのですよ。王にとっても、貴女にとっても……真犯人にとっても」
玄武が、跳躍機を壊したわけではなかった。
確かに式典の時の彼の慌てようを考えれば、あれが演技だったとは思えない。
それでも………犯人が誰か知っていて、敢えて庇ったのか。
「……冤罪を着せられた叔母の名誉が傷つくとは、思わなかったのですか」
「ご安心ください。あの場に赤い羽根が落ちていたことを報せたのは、王と藍華様、白虎だけです。本当は貴女に報せる気もなかったのですが………青龍王は、敢えてそれを貴女に伝えることを選んだのですね」
玄武の表情が、少しだけ曇った。
……王が私に伝えることを選んだことは、間違ってなかったと思う。
少なくとも私は、玄武が陰でしたことを、知れてよかった。
「……真犯人は誰か、教えてくれますか」
「それは、お断りします。貴女はそれを知らない方が良い」
予想通りと言えば、予想通りの答えだった。
「これ以上何も起こらないのなら、全てなかったことにするのが一番なのですよ。外部の第三者による犯行で、証拠は無いから裁けないけれど、被害は少なかったから不問にする。それが誰にとっても最善だと思ったのです。魔が差すことは、誰にだってありますから。貴女の叔母上には、申し訳ないことをしましたが……」
「玄武は……叔母が嫌いなのですか」
「個人的な確執はありますが、それとこれとは関係ありません。たまたま、彼女が都合良く羽を落としていったから、利用させてもらったまでのこと。もし王が証拠不十分のまま彼女を罰するつもりなら、流石に止めていましたよ」
ひょうひょうと宣う玄武の様子に、嘘の色は見えない。
だが、彼の語っていることを全て真実だと思うのも、早計だ。
理由はともかく、彼は、真犯人を庇っているのだから。真犯人の協力者だと考えるのが自然だろう。
だけど………。
渡された、火焔石のついたブレスレットに目を落とす。
丁寧に施された、美しい細工を指でなぞる。
「………これは、叔母に冤罪を着せたことに対する、お詫びというわけですか」
「それとこれとは、また話が別です」
玄武はきっぱりと否定し、首を横に振った。
「それは………お守りの、ようなものです。守護の力がある貴女には不要かとも思いましたが、外敵の攻撃から身を守る呪をかけてあります。ただの自己満足だとは分かっていますが………できれば、常に身につけていて欲しい」
「叔母に冤罪を着せるような人が施した呪を、信じろというのですか?」
「っそれは………」
苦しげに歪む玄武の顔に、少しだけ胸がすいた。
本気で玄武の呪が、私に害を成すと思っている訳ではない。
それでも私は、……きっと、どうしても、彼を傷つけたかったのだ。
よりにもよって母の名を持つ石を、ブレスレットにして私に贈った、この人を。
「玄武………貴方の占いは、鳥人の舞とは正反対だと聞きました。鳥人の舞と歌は、自らと愛する人を守護するけれど、貴方の占いは自らと愛する人の未来は見えないと。本当ですか?」
「……はい。本当です」
皮肉な話だと行う。
私は王を愛せないから、守護の力を彼の為に使うことが出来ずに苦しんでいるのに、玄武は王を嫌っているからこそ、占いで王の役に立つことができるだなんて。
「ならば、玄武。………貴方の占いで、私の未来を見てくれますか」
玄武は私の言葉に目を見開き、すぐに唇を噛んで俯いた。
「………できません」
「…………」
「貴女の……貴女の未来だけは、けして」
「………そうですか」
目を瞑り、大きく息を吐く。
胸が締め付けられて、苦しくて仕方なかった。
問うべきだろうか。問わないべきだろうか。
「………それは、昔からずっとですか?」
かろうじて、口に出来たのは、その言葉だけだった。
だけど、玄武にはそれだけで十分だったらしい。
「………昔から………ずっと、です」
答える声は震えていた。
俯いたままの玄武の顔は、見えない。
彼は今、どんな顔をしているのだろうか。
「なら………信じます」
静かにそう告げて、ブレスレットをはめた。
ブレスレットを腕にくぐらせる瞬間、呪のこめられた物を身につける時特有の軽いしびれのようなものが走った。
呪が体に馴染めば、本来ならすぐ感じなくなる、些細な違和感。
それなのに。
「………朱雀?」
次の瞬間、ぐらりと体が傾いた。
「朱雀っ!」
ーー遠くで玄武が自分を呼ぶ声を聞きながら、私は意識を失った。




