【羽無し】の愛し方
私の目尻を拭いながら、青龍王は優しくそう言った。
「……だが、そなたが望む感情を、くれてやれる自信が無いのも確かだ」
「青龍、王……」
「私には、『愛』が一体どんなものかよく分からないのだ。………そなたと、同じで」
自嘲するように笑って、王は目を伏せた。
「白虎は、私が親族を許し受け入れることを『愛』だといい、そなたはそれを間違っているという。……ならば、一体何が正しい愛なのだろうか」
「………私の言ったことは、気になさらないでください……身勝手な、私個人の願望です」
「なら、白虎の考えもまた、あれ個人の願望だろう。拒絶されることに私に受け入れられたことを、一種の『愛』だと思いたいのは白虎も同じだ。初めて会った時の白虎は、ぬくもりと愛情に飢えていた。だが、あくまでそれは、白虎個人の主観に過ぎない名称だ」
『………『愛』に対する価値観なんて、人それぞれだ。定義なんかできやしねぇよ』
そう言えば、白虎も同じことを言っていた。
その上で、固定観念を捨てて、王を愛す「価値観」を作って欲しいと、彼は言ったのだ。
自分の考える「愛」が正しいとは、彼は一言も言っていなかった。
「愛のあり方に、正しいも間違っているも無いのだろう。だが、どんな愛を求めるかは、確かに、人それぞれの定義がある。……そして、そなたが求める愛を、私がそなたに与えるのは難しい。例え、どれだけそなたを大事に思っていても……私が王である以上、そなたを一番にすることはできないからだ」
……分かっている。
この人は、そう言う人だ。
他の何よりも、王としての責務を大切にする人だから。
「私は……初代のようには、なれない。異国から流れて来た初代青龍王が、この国に留まり人族と戦ったのは、【朱雀】と出会ったからだ。奴隷として虐げられていた彼女に、自由に笑って欲しかった故に、彼は王になった。【朱雀】や、出会った仲間達の為にした行動が、結果的に国の為になっただけだ」
王の言葉に、息を飲んだ。
初代青龍王が、初代朱雀を深く深く愛していたことは、当然知っている。彼が成した偉業も。
だけど、あくまで彼は建国の英雄で。
【朱雀】を愛しながらも、国民の安寧の為に尽くした人で。
今まで王のように、初代青龍王のことを解釈したことはなかった。
「異国から渡ったばかりの初代青龍王は、何も持っていなかった。王ですらない、ただの一個人にしか過ぎなかった。だから、自らの全てを、【朱雀】に捧げられた。……だが、私は違う。私は、歴代の王達の成した偉業と、一族の死を背負って王になった。だからこそ、そなたを初代のように愛することはできない」
それに、と青龍王は続けた。
そうでなくても、自分は初代の気持ちは分からないかもしれない、と。
「初代青龍王は、初代朱雀との運命を、自ら作った。だが、私の運命は、与えられたものだ。【青龍】は【朱雀】に惹かれる。初代以降、そう定められている。……私は、そなたに惹かれているが、その理由が、そなたが【朱雀】だからではないかと言われれば、否定できない」
「青龍王………」
「………すまない、朱雀。そなたは、いずれ訪れるかもしれない、不吉な運命すら受け入れてくれると言ったのに」
「貴方が……謝ることでは、ありません」
結局は、お互い様なのだ。
初代のようになれないのは、私も王も同じだ。
何故、当代の【朱雀】に選ばれたのが、私だったのだろう。
何故、当代の【青龍】に選ばれたのが、彼だったのだろう。
それが国の運命の為に必要だったというのなら………せめて、「愛」のあり方だけでも、歴代の通りにしてくれればよかったのに。
そうすれば、こんなに苦しくなかった。滅びの運命さえも、喜んで受け止められたのに。
運命は、どこまでも私達に優しくない。
「………今日は、もう帰ることにしよう」
「っ」
「今のそなたの状態では、私が隣にいると、心安らかに休むことはできないだろう。……また後日、そなたが落ちついた頃に訪ねるとしよう」
お休み、朱雀と言って、去って行く王の背中に手を伸ばした。
行かないで、欲しかった。
隣でぬくもりを感じて、いたかった。
だが、そんな風に引き留める資格が自分にないことも、分かっていた。
王が去っていった扉をしばらく見据えた後、一人では広すぎる寝台に突っ伏した。
「どうすれば………価値観を変えることが、出来るのだろう」
初代朱雀のように、青龍王を愛することは、できない。
それでも、私は、彼を守れるようになりたい。
自己満足かつ、見返りを期待しているからこそ生まれた感情かもしれないが………それに、嘘はないから。
白虎の言うように、私は「愛」に対する価値観を、変えなければいけない。……だが、どうやって?
自分自身を騙すのは、他人を騙すことより、難しい。特に鳥人の力は、無意識の感情すら読み取って敏感に反応する。
どうすれば、私は、この感じるを「愛」にできる?
「……あ」
『一人の鳥人が保つ、力の所有量には個人差があります。しかし、その所有する力をどれくらい発揮できるかは、抱く想いの強さに比例します。初代朱雀は確かに、所有する力の量も多かった。ですが、彼女を伝説にしたのはそんな持って生まれた才能ではありません。初代朱雀は、初代青龍王を愛しました。深く深く……狂気すら感じる程に。彼女が青龍王の傷を癒すことができたのは、彼女がそう望んだから。力が枯渇し、自らの命を捧げてでも、青龍王が傷つかないことを祈った。その結果です』
いつかの玄武の講義が脳裏に過ぎった。
そうか。ーー『前提』と『結果』を、逆にすればよいのか。
寝台から起き上がり、縁に腰をおろして目を瞑る。
ーーそして私は、青龍王のことを想いながら、一人歌った。




