青龍王の愛
「……何故?」
白虎の気持ちが、理解できない。否、理解したくない。
先祖返りというだけで、白虎を忌み嫌ってきた両親。
どうして、そんな相手を憎みきらずに済むのか。
「生まれた時から、ずっと忌み嫌われ、恐れられてきた。俺が白虎になってからは、頑なに俺を羽がある自身の息子ではなく、村以外で生まれたどこぞの先祖返りだと思い込もうとしている。……まあ、これは両親に限らず、虎人一族全員だけどな。……それでも確かに、親の愛情らしきものを感じたこともあったんだ」
白虎から語られた思い出は、愛情というにはあまりに些細なことだった。
白虎を殺すべきだという意見に、両親は一番反対をしていたとか。
時折母親は、罪悪感の篭もった目で、自分を見つめていたとか。
何をして来たかも分からない、素性を知らぬ男なぞ白虎に相応しくないと反対した他の一度の長達を、「それでも当代の青龍王が選んだ方だから」と後押ししてくれたとか。
愛情というより、自己保身や罪悪感の軽減ではないかと思うような、本当に些細なこと。
「それを愛情と思うのは、単なる俺の願望かもしれねぇ。ただの幻想だと、自分自身でも分かっちゃいる」
自嘲の笑みを零しながら、白虎は目を伏せた。
「それでも俺は………いつか両親が死んだ時、確かな喪失感を抱かずにはいられねぇだろう」
私と母様を捨てた、憎い父親。
もし、彼が亡くなったら、私はどう思うのだろう。
考えるまでもない問いに、唇を噛んだ。
きっとその時私は、白虎と同じようなーーいや、それ以上の喪失感を、抱かずにはいられないだろう。
「我が王だって、同じだ。王に選ばれたというだけで自分を殺そうとした両親や親戚を、憎みきれていない。自分を守る為に、一族を片っ端から殺した、先代王のことも。誰も憎みきることができないまま、一人全てを抱えて立っているんだ」
「……………」
「なあ、嬢ちゃん。俺の両親に向ける愛憎はともかく………我が王のその感情は、『愛』だとは思わないか。俺は、どうしても、そう思えて仕方ねぇんだ」
白虎の翡翠の目が、滲んだ涙で光った。
「憎しみが、ねぇわけはないだろう。愛していた奴らに殺されかけて、憎しみを感じないわけがねぇ。だけど、王はその憎しみを一度も口にしたことがない。俺と出会ってから、この八年間、一度も。あの人は……憎しみごと、かつての家族を愛しているんだ。その所業を全て許し、受け入れることで」
いつかの夜の、青龍王の言葉を、思い出す。
『運命を恨むことは、今の私自身を否定することだ。一族の死を、無意味なものだと、軽んじることと同義だ。……誰が運命を否定しても、私だけはけして否定してはならない。恨む気持ちが皆無だとは言えないが、けしてそれを表にだすことはあってはならぬのだ。私が王でいる限りは』
自分を殺そうとした家族どころか、降りかかった運命すら憎まない人。
もしかしたらあの人は、自らの理不尽な運命すら、恨みながらも受け入れ、愛しているのかもしれない。
どこまで真っ直ぐで、美しい人なんだろう。……私と、違って。
「嬢ちゃんに、我が王と同じような愛し方をしろとは言わない。愛することなんて強制されて出来ることじゃねぇし、無理なもんは無理だ。俺だって、王みたいにはなれない。あんな風に、全てを『許す』ことが愛だと言うのなら、俺はこの先一生誰も愛せやしねぇだろう」
「……………」
「それでも、俺は嬢ちゃんには、王を愛して欲しいと思う。真っさらでなくても、醜い感情を同時に抱えていても………どんなんでもいい。嬢ちゃんなりの『愛』を、我が王に向けて守ってやって欲しい。その為に、『愛はこうあるべきだ』なんて考えは捨ててくれ。頼む」
「白虎………」
白虎のごつごつした大きな両手が、私の肩を掴んだ。
大柄な体を丸め、縋るように、白虎は懇願する。
「俺は、王の臣下だ。王の命は、この命に代えても必ず守ってみせる。嬢ちゃんの、守護の力がなくてもな。………だけど、王の心に寄り添うことはできない。それは、王妃である【朱雀】の領分だ」
「……………」
「頼むから、俺に嬢ちゃんを【朱雀】と呼ばせてくれ。王の心を預けられると、信じさせてくれ。……あの人の心を、守ってやってくれ。嬢ちゃんだけが、それを成せるのだから」
それだけ言うと、白虎は私の肩から、静かに手を離した。
「………俺が言いたいことは、それだけだ。嬢ちゃんは、まだ何か聞きたいことはあるか」
「一つ、だけ」
「何だ。何でも聞け。ここまで事情を晒したんだ。大抵のことは答えてやるよ」
これは、白虎が聞かれたくない質問なのかもしれない。
それでも、どうしても聞かずにはいられなかった。
「貴方の羽のことは……黒生さんや、部下の方は知っているのですか」
白虎の顔が皮肉げに歪んだ。
「知っているわけ、ねぇだろう。誰が、そんな我が王の恥になるようなこと、周りに言うか。虎人一族は口を噤んでいるから、他に俺の秘密を知っているのは、王と玄武。藍華様と死んだ先代達だけだ。まだ幼い蒼燕様にすら、伝えてねぇよ」
「……そう、ですか」
「聞きたいことは、それだけか? なら、俺はもう行くぞ。訓練の途中なんだ」
「聞きたいことはそれだけですが、最後にもう一つだけ」
「なんだ?」
話を早く切り上げたそうな白虎に、深々と頭を下げる。
「……ありがとうございました。式典で手助けをしてくれたことも。今日こうやって、秘密を話してくれたことも。貴方のおかげで、少し前に進める気がします」
白虎は落ち着かなさそうに尻尾を揺らして、頭をかいた。
「………嬢ちゃんを、一日でも早く【朱雀】と呼べる日が来るのを、待ってるよ」
それだけ言い残して、白虎は後宮を後にした。
残された私は、しばらくそのまま、白虎に言われたことについて改めて考えていた。




