違和感の正体
白虎の声は震えていた。……もし私が白虎だったとしても、声を震わさずには、いられないだろうと思った。
10歳の青龍王が、白虎の前に現れたところを、想像してみる。
孤独で承認に飢えた、自分を悪党だと蔑む男の前に現れた、高貴な王族少年。
罪を重ねた自分を断罪するわけでもなく、ただ「そなたが必要だ」と頭を下げたのだ。
その行為は、一体どれ程白虎の心に響いただろう。
どれ程、それが、白虎にとって衝撃的なことだっただろう。
『やはり、そなただ……。間違いない』
『ようやく見つけた。……私の、朱雀』
ーーあの時の言葉を思い出す度、私の心が震えるように。
「当然全てを、王にぶちまけた。自らが生まれながらに忌み嫌われた存在であることも、重ねた罪も、全て。俺は【白虎】に相応しい男じゃない。まさに【窮奇の化身】と言う呼び名こそ相応しい奴なんだと」
白虎の話を、王は黙って聞いていた。
そして全てを聞き終えると、静かにこう言ったという。
『それでも、私の【白虎】は、そなただ。そなたしかいない』
『お前が罪深い存在だというなら、その罪を私も背負おう。既に私は、一族の死を背負って王になった。今さらそなたの罪が増えても、変わらない』
思わず、泣きそうになった。
彼は、あまりに変わらない。まだ、10歳の幼子だった頃から。
ああ。青龍王。貴方はどこまで………。
「王は俺を、受け入れてくれた。居場所をくれた。信頼をくれた。どうしようもねぇ、忌まわしい悪党の俺を、王だけが。……それだけで、俺が我が王に命を捧げるには十分な理由だった。………嬢ちゃんなら、その気持ちが分かるだろう?」
分かる。
分からないはずが、ない。
「俺と、嬢ちゃんは似てる。生まれつきの形質のせいで、一族から否定されて、青龍王に拾われた」
「……私は貴方程、不幸ではありませんでした」
「それは自慢か? それとも、罪悪感か? ……どっちにしろ、不幸比べなんぞ意味がねぇからやめておけ。不幸はあくまで、個人のものだ。誰かと比べたところで、その大きさが真実軽減されるわけじゃねぇ。俺も嬢ちゃんも、間違いなく不幸の中にいた。それは事実だ」
白虎に対して抱いた、無意味の優越感と罪悪感は、即座に一刀両断された。
私には、母様がいた。白虎のように、罪も犯していない。
………それでも、私と白虎が、よく似た孤独を抱えて生きて来たことは確かだ。
「一つ言っておくが、嬢ちゃん。勘違いすんなよ。俺は、自分と似ているからと言って嬢ちゃんを憎んでいるわけじゃねぇ。寧ろ、嬢ちゃんのことは好きだ。俺よりよほど真っ直ぐで、ひたむきだからな。羽が無く生まれたことを、責める筋合いもねぇ。【窮奇の化身】の俺よか、よほどましだ」
「……憎まれているとは、最初から思ってません」
「そうか。聡いな。………なら、俺が嬢ちゃんを【朱雀】として認めねぇわけも分かってんだろ」
向けられた、全てを見透かしているような翡翠の瞳から、逃れたいと思った。
白虎が何を言いたいのか、本当は気づいている。
でも、改めてその事実を突きつけられたくなかった。
自分自身の胸だけに、秘めて置きたかった。
「羽なんて、所詮飾りだ。【朱雀】の本質は、そんなもんにはねぇ。【朱雀】に一番必要なもんは何なのか、嬢ちゃんも知っているだろう」
「………守護の、力です」
「そして、想いの強さだ」
ああ、やっぱり、白虎は気づいている。
唇を噛んで俯く私に、白虎は苦笑いを浮かべたまま、ため息をついた。
「嬢ちゃんは、我が王を愛していない。………だから、守護の力は、自分自身にしか働いていねぇんだ。そんな嬢ちゃんを、王の【朱雀】として認められるはずねぇだろ」
『力の可視化が、向けられる悪意を遠ざけることにつながるのなら、それは守護の範疇です。貴女の力は、現時点では貴女自身にしか向けられていない上に、跳躍した衝撃を和らげることと、直接的に害を成そうという者に対する抑制にしか機能していない。……つまり、力が余剰しているのです。その余剰分を、可視化に回せば良いだけです』
先日の、玄武の言葉に対して抱いた違和感の正体はそれだった。
鳥人の守護は、本人と愛する者に向けられる。
それなのに、玄武は私の力は私自身にしか向けられていないと断言した。
「そうだろうとは思っちゃいたが、力を可視化したことでよりはっきりした。力の大きさこそ示せたが、そう言った意味では、あれは逆効果だったな」
「………長達も、気づいたでしょうか」
「三神の長達は気づいただろうが、他は大丈夫だ。三神の長にしたって、出会ってすぐに【朱雀】が【青龍】を愛せると思うほど、短絡的じゃねぇ。それに関しては長い目で見てるはずだ。……多分な」
だけど、と。白虎は一度言葉を切った。
逡巡するように暫く押し黙ってから、ため息を吐いた。
「………だけど俺は、嬢ちゃんが簡単に我が王を愛せるとは、とても思えねぇ。出会ってすぐに我が王は、俺にとっちゃ絶対的存在になった。そうなるのに、時間なんぞ要らなかった。嬢ちゃんと同じように拾われた俺だからこそ、今の嬢ちゃんが王を愛せねぇわけが分かんねぇんだ」




