【羽無し】と式典と跳躍機
美しい衣装も。
煌びやかな装飾も。
艶やかな化粧も。
いつもより一層複雑に編み込んだ髪も。
鏡を覗き込んでみれば、どこか浮いてちぐはぐなように思える。
分不相応。どうしても、そんな想いが捨てられない。
「朱雀。準備ができたと聞いたが……」
式典用の美しい衣装に身を包んだ青龍王は、私の姿を見て優しく微笑んだ。
「……ああ。美しいな。朱雀。そなたはいつも美しいが、今日は一層美しい」
……嘘つき。と、心の中で呟いた。
初めて共に夜を過ごした時のことを、私はちゃんと覚えている。
化粧もせず、髪も結わない私の方が、青龍王は好きなのだ。
「……ありがとうございます。王に褒めて頂いたことで、長の方々の前に出る自信がつきました」
それでも、王の賛辞は全て私の為だと言うことは分かっているから、少し板について来た作り笑いを返して礼を言った。
たくさんの装飾がついた、豪奢な衣装を身に纏った青龍王は、息を飲むほど美しく、彼の隣に並んで釣り合うとはとても思えない。たとえ羽があったとしても、根本的にみすぼらしい私じゃ、不釣り合いだっただろう。
だけど、私は朱雀だ。王が選んだ、彼の朱雀。どんなに分不相応で不釣り合いであったとしても、彼の隣で堂々と胸を張っていようと決意する。
お披露目で向けられるであろう長達の目が、蔑みと悪意に満ちているであろうことは、覚悟している。誰もが、羽が無い、混血の私は朱雀に……王に相応しくないと思っているのは、間違いない。跳躍機を使っても、力を可視化しても、完全にその視線を払拭するのは難しいだろう。
だからこそ、よけい私は堂々としていなければならないのだ。少なくとも、自分だけは王の隣に相応しいと思っているふりをしなければならない。
それが、私を朱雀に選んでくれた王の為に、私ができる唯一のことだから。
「……そろそろ時間だ。朱雀、心の準備は出来ているか」
「はい。大丈夫です」
「それでは、共に参ろう」
当然のように差し出された手を、そっと握りしめる。
この温かなぬくもりが傍らにあれば、私はどんな視線だって耐えられると、一人ごちながら。
そのまま王と共に、式典の会場へ向かおうとした時、焦るように外側から扉が叩かれた。
「………」
「………入っていいぞ」
「………失礼します。我が王、緊急事態です」
部屋に入って来た玄武が、苦渋を滲ませながら告げた言葉は、完全に想定外のものだった。
「跳躍機が……何者かに壊されました」
「これは………ひどいな」
修復不可能なほど念入りに壊された跳躍機を目の当たりにし、王は眉をひそめた。
「部屋の鍵はかけてはいましたが、結界まではかけておかなかったのが、問題でした。……こんなことならば、ぎりぎりまで跳躍機は後宮に置いておくべきでしたね」
「事前に会場近くに運んでおくように指示したのは、私だ。そなたが気にすることではない。私の考えが、甘かった。……玄武、これから代替えの跳躍機の準備をして、間に合うと思うか」
「跳躍機の種類を問わなければ、間に合うでしょう。しかし、これは元々朱雀の為に、特別に設計して注文したもの。代替えを用意したところで、朱雀が練習の時のように舞えるかどうかは……」
王と玄武の話を傍らで聞きながら、私はショックで呆然としていた。
私の為に、青龍王が準備してくれた、跳躍機。
羽が無い私に、空を舞わせてくれる、大切な道具。
それを、誰かが壊した。……一体、誰が?
湧き上がる寒気を抑え込むように、ぎゅっと自身の体を抱き締めた。
目に見えない悪意が、恐ろしかった。
「………ならば、跳躍機は諦めるしか、ないか」
「っですが、それでは………っ!」
溜息と共に吐き出された王の言葉に、慌てて口を挟んだ。
「代替えのもので、大丈夫です! だから、どうか用意して下さい、何とかして舞って見せます! ですから………」
咄嗟に口を出してしまったが、いざ言葉にしてみれば、段々主張は尻つぼみに消えていった。
……本当は、分かっている。
慣れない跳躍機を使って、失敗する方が、よほどリスクは高い。それならば、跳躍機無しで舞う方がまだましだと。
分かっていてもなお、私は跳躍機に対する執着を捨てきれなかった。
………生まれて初めて、空を飛んだ気分だった。
羽がない私でも、跳躍機があれば、これ程長い間宙を舞えるのかと思ったらすごく嬉しかった。
跳躍機を使おうが使わなかろうが、長達の私の見る目は変わらないかもしれない。
それでも私にとって、跳躍機があるのと無いのとでは、大違いだった。自分自身を朱雀だと信じる為に、跳躍機は必要だった。
跳躍機がなければ……私は、どんな美しい出で立ちをしたところで、【羽無し】に戻ってしまう。
惨めで無力で、みっともない、王の隣に立つのにとても相応しくない存在に。
「………朱雀。気持ちは分かるが、やはりこの状況で代替えの跳躍機を使うのは危険だ。だから今回は……」
「ーーおいおい。いけ好かねぇ玄武の野郎が、血相変えてやがると思ったら、何だかキナ臭ぇことになってんじゃねぇか」




