【羽無し】と白虎と王
招かれざる客人の存在に気づいた途端、部屋の扉が荒々しく開かれた。
「ーーよう。嬢ちゃん。『朱雀ごっこ』は順調か?」
皮肉げに笑いながら、開口一番に無礼なことをのたまう白虎を、冷たく見据えた。
「無礼云々は置いておくにしても………この後宮には、貴方のような方は現れないと聞いてましたが」
「何、直接的にお前さんへ危害を与えようとする意思がなきゃ、内心の感情がどうであろうが結界は作動しねぇさ。人の持つ感情は、自由で複雑だ。感情を抱くことにまで、いちいち反応してりゃ、結界は保たねぇよ。……万が一でも職を失いたくねぇ、嬢ちゃんの使用人達は随分と過剰に自身を律してるがな」
「今の言葉には、明らかに私を傷つけようとする悪意を感じましたけれど」
「結界の選定基準の微妙な差なんぞ、俺が知るか。結界に聞けよ。何で反応して、私を守っちゃくれねえんだ、ってよ。必死に願えば、俺を排除してくれるかもしれねぇぞ?」
悪びれる様子の無い白虎の台詞に、思わず眉間に皺が寄る。
たった一度しか会ったことのない、虎人の将軍。白虎を冠する、当代の四神の一人。
「……私を嘲笑する為に、こんな夜分にわざわざ後宮まで来られたんですか。将軍という職は、随分とお暇なんですね」
彼に否定されたところで、今さら私は傷つきはしない。
だって、私を選んでくれたのは、彼じゃない。王だ。
他の誰でもなく、青龍王が私を「朱雀」として認めてくれたのだ。彼に否定される筋合いなぞないし、否定されても痛くも痒くもない。
「もちろん、んなことの為に、趣味でもねえ嬢ちゃんの寝所に忍ぶほど暇じゃねえさ。もっと胸や尻がある、妙齢の美女相手なら、喜んで通うけどな」
碧色の目をすがめながら、白虎はふんと鼻を鳴らした。
「……初めて会った時は、我が王と玄武の陰で萎縮してたガキんちょが、随分と堂々とするようになったじゃねえか。……あー、良くねえ。全くもって良くねえ兆候だ」
「何が良くないんですか」
「羽が無ぇという自身の欠損を忘れ、すっかり開き直ってやがる」
「っ」
……こんな言葉を吐かれてなお、結界は発動しないのか。
そもそも結界なぞ、本当に機能しているのか。
ぎりと奥歯を噛み締めながら、白虎を睨みつける。
「ーー羽が無くても、私は朱雀です。貴方の王が、そう認めてくれたのですから」
「んなこたぁ、知ってる。誰が、嬢ちゃんが朱雀じゃねえだなんて言った」
「………はい?」
意味が、分からない。
朱雀ごっこだの、開き直っているだの口にしたのは、他でもない彼なのに。
何故、今さら言葉を翻すのか。
「俺は、嬢ちゃんが『朱雀である』という事実を、否定してるわけじゃねえ。我が王が直々に選んだ相手だ。この国のどこを探したって、我が王の朱雀は、嬢ちゃん以外いねぇだろうさ。王がこの先もずっと、自身の特殊能力を疑わない限りはな」
「じゃあ、どうして……」
「俺は、『俺が』嬢ちゃんを朱雀だと認めねえと言ってるんだ。最初から言っているだろうが。朱雀だと認めさせてぇなら、相応の力を見せろと」
白虎の口から、剥き出しになった牙が光り、背中の尾が不機嫌そうに揺れる。
「何を、開き直ってやがる。何で、ありのままの今の自分を受け入れてやがる。王が認めてくれたから、そのままで良いなんて、勘違いしてやがる。……足りねえだろうが! まだまだ、ちっとも! 嬢ちゃんが示せる力は、羽無しで混血である事実を埋めるに十分なものなのか? そんなんで、嬢ちゃんは満足してんのかよ、なあ?」
「っ………」
その言葉は、どんな否定の言葉よりも、深く私の胸に突き刺さった。
「認めねぇ。認めねぇ。認めねぇ。俺は、青龍王の枷にしかならねぇ嬢ちゃんを、朱雀だなんて、認めねぇぞっ! ……そんなんじゃ、あんまりだ。王が、あんまりにも可哀想だ。ただでさえ、あの人は辛い運命を背負って立っているのに、何でますます枷が増えるんだよ。我が王が、何をしたって言うんだ……」
私に詰め寄りながら、白虎は吠える。
だが、向けられる翡翠の瞳は、怒りよりも寧ろ、やるせなさに満ちていた。
今にも、泣きだしそうなほどに。
「……なあ、嬢ちゃん。頼むよ。頼むから、もっともっと成長してくれ。我が王の隣に立つに相応しいと、思えるくらいに。王に受け入れられたから、このままでいいなんて、満足してんじゃねえよ。じゃなきゃ……じゃなきゃ、俺は」
「ーーそれくらいにしとけ。白虎」
伸ばされた白虎の手が私に掴みかかる前に、凜とした声と、白虎の首もとに添えられた剣が、その動きを止めた。
「侍女の報告を受けて、急いで来てみれば、全く。……許可も先触れ無く、朱雀の寝所に推し入って一方的にがなり立てるなんて、このまま私に首を切られても、文句は言えない所業だぞ。白虎」
いつの間にか白虎の背後に立っていた青龍王は、剣を突きつけたまま呆れたようにため息を吐いた。
「………一応俺は、亜人最強と言われている虎人で、将軍なんつー大層な役職にもついてんだが、あんたに簡単に首が切れると思うか。我が王」
「馬鹿なことを言うな」
首もとに剣を突きつけられてなお、一切動じる様子を見せることなく軽口を叩く白虎に、王は眉間に皺を寄せた。
「切れるに決まっているだろう。………そなたは、私に与えられたものなら、死すら容易に受け入れるのだから」
そのまま青龍王は、白虎の首を傷つけることなく剣を引き、鞘に収めた。
そんな王の行動に、白虎は自嘲の笑みを浮かべながら、目を伏せた。
「………違いねぇ。さすが、我が王。俺のことを、よく分かってる」
「分からないはずあるか。何年の付き合いだと思っている。ついでに言わせてもらえば、そなたが遅かれ早かれ、朱雀の元に押しかけることも予想していたぞ」
青龍王は鋭い眼差しで、白虎を見据えた。
「白虎。ーー朱雀は、そなたじゃない。自分と同一視するな」




