【羽無し】と歌と石
唇から。喉から。体内から。ーー全身を使って紡ぎ出すその歌は、四神国で最も有名な歌。
初代国王と、彼を支えた三神を讃える叙事詩に、後世の音楽家が節をつけた物。
紡ぐのは、かつての歴史。
亜人達の身に降りかかった、恥辱に塗れた迫害の日々。
遠い異国から現れた青龍王と、他の三神が成した偉業。
歌う。歌う。
偉大な王の下での平和で幸福な日々を。
彼の人達が成し遂げた偉大なる事業の数々を、声高らかに歌い讃える。
紡ぎ出す歌は、大気中に含まれる魔力を集め、変質させ、やがて黄金色に煌めきながら私の上へと降り注ぐ。
悪しきものを遠ざけ、善きものを近づける、魔法の光。
「……こんなものかな」
一曲歌い終わった頃には、既に魔物の気配は消え去っていた。
歌の効果が今まで通りならば、あと一刻は歌無しでも魔物に襲われずに済むだろう。
「………渾沌に、このまま出会わなければの話だけど……」
四凶と呼ばれる、国内の魔物の中でも、特別厄介とされている四種の魔物。
羊身人面で、目が脇の下にあり、虎の牙と羊の角を持つ「饕餮」(とうてつ)
翼の生えた虎である「窮奇」(きゅうき)
人面虎足で猪の牙と、長い尻尾を持つ「檮杌」(とうこつ)
そしてーー長毛の太った犬の姿をした「渾沌」(こんとん)
悪を好み、善を厭い、弱きを喰らう。
魔物の中でも特別高い魔力を持つ、一際凶悪な魔物達。
「渾沌は確かーー【目はあれど、見えず。耳はあれど、聴けず。悪に従い、善を害す】。だったかな。襲いかかる善なる者の中でも、か弱い女子どもの肉を、好んで口にするらしいけど……」
今まで遭遇した魔物に対しては効果的だったが、四凶級になると、私の歌が通用するかは分からない。
もし渾沌に遭遇してなお、歌の効果が発揮されなかった場合、私はこの17年の短い生涯に終止符を打つことになるだろう。
渾沌に襲われ、血塗れの肉塊と化した自身の姿を想像し、ため息を吐く。
「……まあ、その時はその時か。どうせ、ろくな人生でも無いのだし」
遭遇するまで効果が分からないことを、心配しても仕方ない。
そもそも渾沌が現れたという話自体、真偽が怪しいのだ。ただのよく肥えた犬を見間違えた可能性だってある。
だいたい、心配しようがしまいが、私の選択肢は一つしかないのだ。心配するだけ、時間の無駄だ。
「………茜水晶なら、確か以前は向こうに………」
私は脳裏に過ぎる不安を振り払って、森の奥へとただ足を進めた。
「………あった」
茜水晶の探索は、想定した以上に早く終わった。
「大きさも、魔力も十分………流石、魔力濃度が高いだけあるな。この森は」
それにしても……あまりにも、呆気ない発見だった。
根元が土に埋まったままの茜水晶を丁寧に掘り出しながら、眉を寄せる。
確かに、この森は危険な魔物が多いから、高価な石が採掘されないままになっていたりする。大気中の魔力濃度が高い分、多量な魔力を含んだ、上質な物になることが多い。
しかし、今は魔物の繁殖期だ。繁殖期の魔物は、魔力を求める。動物や亜人の肉はもちろん、この時期には鉱物だって丸呑みする姿さえ見られる。全魔物が凶暴化して採掘の難易度が上がると同時に、全体数も少なくなる。それ故に、この時期の茜水晶は高騰するのだ。
それなのに、こうもあっさり見つかるとは。これも全て、「善き物を引き寄せる」という歌の効果、だろうか。だとしたら、私の鳥人としての能力は、歌だけで言えば年々かなり強力になって来ている気がする。
「……まだ、時間は十分あるな」
日はまだかなり高く、夕方までには十分時間がある。
ここに来るまで、ちゃんと目印をつけて来たからそうそう迷うこともないだろう。万が一迷っても、その時は、歌が「善き道」を示してくれるはずだ。
ならば、いつもの「あれ」も探してみても良いのではないか。
渾沌と遭遇するかもしれない可能性に少し迷ってから、目をつぶって、今度は別の歌を歌った。
それは、私が生まれて、一番最初に耳にした歌。
母様が幼い私に、歌ってくれた子守唄。
想い出の中にある、確かな愛の記憶。
先程の歌よりも淡い光が降り注ぎ、私に進むべき道を示してくれる。
私が求める物の、場所を。
光は森の深部へと続いていた。躊躇うことなく、光の先へと足を進める。
木の枝をくぐり、茂みをかき分け、道なき道を進む。
そしてーーとうとう見つけた。
「……よかった。あった」
茜水晶よりも、遙かに純度が高い魔力を含有し、きらきらと輝く翡翠色の石を掘り出して、大事に大事に抱えこむ。
『【 】……これを、大切に取っておきなさい。いつかお前が大きくなって、独り立ちする時に、きっと役に立つから』
この石は、かつて母が遺してくれた石と同じ物。
叔母に見つかって取り上げられたそれの代わりのように、母様の子守唄はいつもこの石へと導いてくれる。
「また会えたね……母様」
滑らかな石の表面に頬ずりをし、そっと口づける。
石は冷たく硬かったが、それでも幼い日の母の頬の温もりを思い出させてくれた。
かつての幸せな想い出に浸っていると、不意に傍らの茂みが揺れた。




