【羽無し】と跳躍器
「朱雀。式典で貴女は、あの時と同じように……いや、それ以上の拒絶や侮蔑の感情に晒されるはずです。少なくとも、三神の長は皆、貴女の敵です。……耐えられますか?」
「……大丈夫です」
拒絶も侮蔑も慣れている。
けして愉快なものではないけれど、それでも今の私なら、きっと笑みさえ浮かべて受け止めることができるはずだ。
「だって私は……王が選んだ『朱雀』ですから」
あの人が、私を選んでくれた。
あの人が、私を求めてくれている。
他の誰が、拒絶しようと。侮蔑の感情を向けようと。あの人だけはけして、私を否定しない。
だって私は、あの人の『朱雀』だから。
唯一無二の運命だと、そう思ってくれているから。
甘い甘い、美酒のような感情が、胸の奥から自然と溢れてくる。
湧き上がるくらりとした酩酊感に、溺れてしまいたくなる。
誰かに好意を向けられ、それを心から信じられることが、こんなにも心地良いことだったなんて。母様がいなくなってからは、こんな感覚は、もうすっかり忘れてしまっていた。
青龍王が私を好いてくれるなら、もう私は他の誰にどう思われても構わない。
向けられる悪意さえ、それがあの人の傍にいる為の代償なら、喜んで受け入れてみせる。
「………そうですか」
玄武は小さくため息を吐いて、微笑んだ。
「なら、式典の細かい振る舞いについて、お教えしましょう。私がお教えできるのは、基本的な作法のみ。舞や歌については藍華様から教わって下さい」
「……ありがとうございます」
感謝の言葉を口にしながらも、観察するように玄武を見た。
玄武も私に好意を向けてくれているし、私の味方だと繰り返し口にしてくれた。……だけど彼の好意は、けして心から信用出来るものではない。
彼は、青龍王を大嫌いだと言った。そして、必要だと思えば、いつだって裏切るとも。
私のことも、「私を守る為」ならば、裏切ると。裏切ってでも守ると、そう口にした。
彼は………私が青龍王の隣に立ち続ける上で、敵なのだろうか。味方なのだろうか。
慎重に見定めていく必要がある。
「……どうかしました? 朱雀。そんな目で私を見つめて」
「いえ……何でもありません」
……式典についての彼の講義は、今度青龍王が後宮に渡って来た際に、本当に正しいものなのか、それとなく確認しておくことにしよう。
そんな決意を胸に秘めながら、今はとにかく、玄武の講義に集中することにした。
「………跳躍器、ですか?」
蘭華さんとの稽古の最中に、青龍王が「それ」を持ってやって来たのは、それから数日後のことだった。
「ああ。市井で鳥人以外の種族の民が、鳥人の舞を模す際に使われているものらしい。市井の踊り子は、作り物のつけ羽を背負って、この機器の上で舞う。完全にとは言わないが、それで羽が無いことを多少補える」
使用人に任せるでもなく、自分で跳躍器を組み立てながら、青龍王は藍華さんを見やった。
「私は以前朱雀の舞を見た際、朱雀が跳躍する度に、まるで彼女が宙に浮いたかのように思った。羽がある鳥人が、わざと控えめに飛んでいるのではないかと、錯覚するほどに。思うにあれは、朱雀が跳躍して落下する際、歌の守護が働いて落下速度が減速した故かと。姉上はこれを、どう判断する?」
「紛れもなく、守護の結果よ。私も朱雀の落下速度が、常人より緩やかなことには、気づいていたわ。だからこそ、羽が無くても、朱雀の力は強力であることが、十分伝わってくるの。彼女は紛れもなく、朱雀よ」
「ならば、もし跳躍の高さがさらに高くなれば、一層朱雀の力をわかりやすく示せるのではないか。そう、思ったのだ。……よし。準備が出来たぞ」
組み立てられた跳躍器は、不思議な形状をしていた。
まるで背の低い巨大な机の天板代わりに、伸縮性のある布を張ったみたいだ。
「中にはバネが入っている。人によっては、使っているうちに臓腑の刺激で気持ち悪くなるものもいるようだが、歌の守護があるそなたなら大丈夫だろう」
バネの力を示すように、王が跳躍器の布の部分を手で押すと、ぎしりと音がして、王の指先が布の中に沈みこんだ。
王が手を離すと、びーんとした音と共に布地が戻り、微かに機器全体が揺れる。
「………音楽で誤魔化せそうではあるが、多少改良は必要そうだな。消音の呪いも付与できるか、玄武に相談して見よう」
「使ってみても?」
「ああ。頼む。そなたの舞を、また見たい」
青龍王の言葉に頷くと、靴を脱いで跳躍器の上にのぼる。
体重を掛けた際、想像以上に体が沈んでバランスを崩しそうになったが、何とか転げずに済んだ。
「それでは……とりあえず簡単なものを」
四代目朱雀が、その時代の青龍王に出会った際に作ったと伝えられている歌を選択する。
歌唱力は他の朱雀同様高かったと伝えられる四代目だが、作詞作曲の才能は残念ながらあまりなかったらしい。単調なフレーズを繰り返すだけの短いその歌は、今では幼い鳥人の練習歌として使われている
「……『私。 私。 貴方。 貴方。 会った。 出会った。 春の日の午後』」
歌いながら、最後のフレーズで、いつものように跳躍した。
次の瞬間、私は思わず続きを歌うことを忘れた。
「……私、今、飛んでる」
跳躍器による変化は、劇的だった。
羽の無い私が、こんなに高く、長く、宙に舞えるだなんて。




