【羽無し】と決断
人によっては、青龍王のその行動に傷つく者もいるだろう。
彼が私を受け止めてくれたのは、私がただ「朱雀」だったから。
私自身の人格や、行動は関係なく、ただ私がそう生まれたからというだけの理由で、王は私を求めている。肩書ではなく、自分自身を見てもらいたいと望む人ならば、きっとそれは悲しむべきことなのだろう。
「ーー分かりました。青龍王」
だが、その事実が私にもたらしたのは、悲しみではなく、深い安堵の感情だった。
「そういうことでしたら……私は、このまま『朱雀』として、王のお傍にいることに致します。……いさせて、下さい」
恐れていたのは、王に幻滅されること。私の真実を知って「お前なんかいらない」と王から捨てられることに、私はずっと脅えていた。
自分自身の価値の無さは、誰より私が知っている。そんな私に向けられる周囲の目の冷たさには、とっくの昔に慣れた。
だけど、この優しい王から、あの目を向けられることだけは耐えられなかった。想像するだけで、体が震えた。
彼は、私が無機質な日々の中で見出した、唯一の希望。そんな彼から存在を否定され、うちのめされるくらいなら、「王の為に」という名目で、自分から「朱雀」の称号を辞退しようと思っていた。
だけど、青龍王が、私が私であるというだけで、私を求めてくれているのなら。運命だからと、ただそれだけの理由で、私を必要としてくれるなら。
王が私に向ける感情は、かつて、母様が私に与えてくれた愛情と、どこか似ていた。私が私であるというだけで、母様は羽が無い私を慈しみ、愛してくれた。
私の言葉に目を見開く王の背中に、そっと手を回す。
ずっと飢えていた、無償の愛情。……それを 今、再び王が私に与えようとしてくれている。
嬉しくない、はずがない。
「青龍王。先程貴方は、体の交わりよりも心の交わりを先に、とおっしゃいましたね。私はもう長い間、誰かと心を交わらせたことがありません。……教えて下さい。どうやったら、私は貴方と心を交わらせることができますか」
私の問いに、王は少しだけ思案するように黙り込んだ。
「具体的にどうやってと言われても難しいが……とりあえず今は、そなたのことをもっと教えて欲しい。私はもっと、そなたのことを知りたい」
「かしこまりました。………それでは、このまま寝台の上で、眠くなるまで昔話を致しましょうか。そうは言っても、鳥人の村に来て以来の日々は、話してもあまり面白い内容とは思えませんが」
「そなたが望まぬ話を無理にさせようとは思わぬ。そなたに辛い日々を思い出させるのは本意ではない。そうだな……今は、そなたにとって幸せだった思い出を教えて欲しい」
私にとって、幸せだと思える記憶は少ない。
だが、胸を張って幸せだったと言える記憶も、確かにある。
「それでは……村に来る前に、母と二人で旅をしていた時の思い出をお話ししましょう。そうですね……確かあれは、私が8つの頃です。その時、母の舞を見に来たお客様の一人が、大変珍しい種族の方で……」
その晩はただ、王に母様との思い出を語って過ごした。
母様との幸福の記憶は、話せば話す程連鎖的にべつの記憶が思い出され、語る内容は尽きなかった。
王は私の話に時折相槌を打ちながら、興味深そうに耳を傾けてくれた。
話疲れて眠くなると、そのまま王と二人で寄り添って眠った。
すぐ近くで感じる、王の体温が泣きたい程心地良くて。
幸せな記憶が、また一つ増えた。
「ーー朱雀としての立場を、受け入れることにしました」
翌日の講義でそう報告した私に、玄武は苦々しげに顔を歪めた。
「……こんなに早く決断するなんて……後悔はないですか」
「ありません。王の傍にいたいと、心から思ったのです」
「……そう、ですか」
玄武は言葉を探すように暫く視線を彷徨わせていたが、やがて口元に笑みを浮かべてゆっくり首を横に振った。
「……貴女がそう決められたなら、私が反対する道理はありませんね。貴女が朱雀でいる為に、私は協力を惜しみません」
どこか歯切れの悪い返答に、内心首を捻った。王の為を考えるのならば傍にいるべきだと言ったのは玄武だったのに、本当は私が朱雀になることを望んではいなかったのだろうか。
玄武の気持ちが、よく分からない。
「貴女が朱雀になる道を選んだのならば、近いうちに貴女の存在を、二度お披露目する必要があります。まずは、召集した各集落の長に向けた小規模の会合で。そして次は、国民に向けた大規模な式典でです。そうやって段階を踏んで、王自らが貴女を当代の朱雀として選んだことを、周知させるのです」
「……私は、何をすれば?」
「白虎ならば、刀を使った演舞。玄武ならば、占いと演説により、自らの力の一端を参加者に知らしめます。朱雀であるならば、当然歌と舞の披露です」
「……力を知らしめることが、できなかったら」
「王の決定は絶対。どのような地位が高い長でも、決定を覆すことは出来ませんが、反発は必須でしょう。……先日の鳥人の長がそうであったように」
『ーー恐れながら、何かの間違いです、陛下!』
先日、王から朱雀に選ばれた時の、鳥人の長の言葉が脳裏に過ぎる。
『朱雀は、一族で最も優れた女性が選ばれるもの。それなのに、この娘は他種族との混血で、羽が無い! 鳥人一族の恥です! 朱雀なはずがない!』




