【羽無し】と疑念
玄武の口から告げられる真摯な言葉に、思わず目を伏せた。
王が大嫌いだと公言してはばからず、白虎は頭が足りないと言い捨てる彼は、何故か朱雀である私には、とても優しい。鳥人の長の屋敷で出会った時から、ずっと。
その真意が分からなくて。向けられる琥珀色の瞳を、直視することができなくて。
ただひたすら、胸が、ざわめく。
「……玄武。貴方は、私のことよりも、王のことを考えて下さい。私の講義ばかりに時間を割いて、執務の方は大丈夫なのですか。青龍王はこの五日間、とてもお忙しいようですが」
その視線から逃れるべく、話題を変えることにした。
王宮に来てから、五日。私は、ろくに青龍王と会話が出来ていない。
後宮付きの侍女からの伝言を聞いているので、彼がいつも私のことを気にかけてくれるのは伝わるが、同じ王宮に滞在していながら顔を合わせる機会すらほとんど無いのが現状だ。
朱雀で、あるのに。
白虎や玄武以上に、青龍王と深く深く結びついているはずの存在と、言われているのに。
………この現状は、どうも本来は隣で王の執務を補佐すべき玄武が、私なんかにかかりきりになっているせいでは無いかと思うのだ。
「………元々玄武は、あまり政治ごとに関わるべきでは無いのですよ。政の青龍と言うではありませんか。本来は、政は全般的に王の仕事です。玄武はあくまで、王に助言を与えるだけの存在なのですよ。その知と、占いをもって」
私の批難じみた言葉にも、玄武はどこ吹く風だ。罪悪感すら滲ませることなく、しれっとそんなことをのたまった。
「でも、宰相なのでしょう?」
「まあ、戦の無い平和な時代であればある程、どうしたって政に関わる必要は出て来ますから、歴代玄武の多くが宰相職に甘んじておりますがね。じゃなきゃ、ただの無駄飯食らいですから。しかし元々は、戦いの助言こそが、玄武の役割です。宰相ではなく、軍師と言うべきですね。だからこそ、初代玄武も、初代青龍王が国を統治して情勢が安定するや否や、引退を決め込んだのですよ。自らの子孫が良からぬことを企む前に」
「良からぬこと?」
「つまりは、王位の簒奪です」
突然出て来た思わぬ言葉に、目を見開いた。
「四神国の政に深く関わる玄武は、戦ごとのみに長ける白虎以上に、周囲から『王の代替え』になると認識されやすいのです。特に四神国が新興したばかりの頃は、龍人族も王族も、まだまだ少なかった。………元々、初代青龍王は異国から渡ってきた、余所者です。人族さえ追い出せれば後はお役御免、と思うものも少なくなかった。その際担ぎ上げられるのは、四神の一人である玄武か、それに連なる者です」
「だけど、玄武が王になったことなんて……」
「子孫も含めて、ありませんね。否、あったかもしれませんが、その歴史は抹消されています。……その理由は、今もなお四神制度が残り続けていることを考えれば、明らかでしょう」
四神の役割を、王が選んだもの以外が担えば、国は荒れる。
今もなお、まことしやかに、その言い伝えは信じられている。
もし、玄武が王になった時に国が栄えていれば、そのような言い伝えが今もなお残るはずがない。
「そう言った歴史もあって、玄武の役割を担うものは、子孫を残すことは勿論、妻帯も禁じられております。少しでも、争いの種を産まない為に、いつかの時代の亀人族の長が、王族にそのような誓いを立てたのです。………可哀想だと、思いませんか。朱雀。私はこの先どんなに愛する人が出来たとしても、このまま一生独身でいなければならないのですよ」
袖で涙を拭く真似をしながら、玄武は琥珀の瞳を細めて笑った。
「だから、貴女が正式に朱雀になるまでの束の間。王に仕事をお任せして、美しい貴女と二人で過ごす時間を作らせてもらっても、許されるとは思いませんか? 貴女がこのまま朱雀で居つづけることになれば、いずれ貴女は王の物になるのですから。我が王の幸福と、我が身の不幸を考えれば、ささやか過ぎる嫌がらせです」
玄武の口から発せられた軽薄な言葉は、どこまでも胡散臭くて、その真意は読めない。
彼は一体何を考えて、何を企んでいるのか。
「………私は、貴方を信じて良いのですか」
「講義内容のことなら、是非とも信じて下さい。私はこう見えて、存外優秀な講師ですよ。……まあ歴史は修正されるものですし、認識次第では同じ事象でも捉え方は変わるものですが、少なくとも私が語った内容は、今の我が王の認識とはそうずれていないはずです。何なら、機会があれば、確認して頂いても構いませんよ」
「そんなことは、疑っていません」
玄武が、私に嘘を教えているとは思わない。そんなことをしても無意味だし、王や藍華さん、白虎に確認すればすぐに分かることだ。そんな稚拙な嫌がらせを、智力で讃えられる玄武がするはずがない。
私が、聞きたいのは……。
「貴方は……裏切ることはないと、信じて良いのですか」
私の問いかけに、玄武は片眉を上げた。
「『貴女』を、ですか? 『我が王』を、ですか?」
「っ………両方、です」
「ならーー答えは『いいえ』です」




