【羽無し】の想い
あまりに凄惨な王族の歴史に、言葉が出なかった。
あの、優しい王は、一体どれだけの血を目にしなければいけなかったのだろう。
どれだけ、苦しみに耐えてきたのだろう。
「そして、不穏因子が排除され、残ったのが今の王族です」
たった三人の、王族。
たった二人の、竜人。
……それだけしか、残らなかったのだ。
「朱雀。……貴女は、滅びつつある王族にとっては、ようやく見つけた希望なのです。貴女が、青龍王と結ばれて子を成すことで、再び王族の系譜を広げることができる。貴女の存在が、王族の復興に繋がるのです」
「だけど……私には、羽がありません。朱雀として、相応しくありません」
「貴女には、生まれつき羽が無い。……それすらも、意味があるのではないかと、私は思っています」
真剣な眼差しと共に語られた言葉に、どきりと心臓が跳ねた。
「……私に羽が無いことに、何の意味が?」
「王族の凄惨な事件が無くても、元々四神そのものが減少しているとお話したでしょう。四神における、純血主義と、他種族に対する侮蔑意識。四神一族と、その他の種族の格差。それ自体が、この国を崩壊に導いているのだと私は思っています。……今、この国は、根本から変わるべき時が来ているのです」
玄武は琥珀色の瞳を細めながら、見えない羽を探すように私を見た。
「混血で羽がない貴女が朱雀に選ばれたことは、鳥人族だけではなく、虎人族と亀人族にとっても衝撃的な事実です。一族の中で、最も優秀な者に与えるべき称号を得たのが、彼らが見下す混血の少女だった。このことは、彼らの培って来た、価値観を揺るがすでしょう」
「……反発が、起こるわ。誰も私を、朱雀なんて、認めないでしょう」
「その反発が、国を変える為には必要なのです」
玄武の言葉に、私が朱雀であって良いのか悪いのか、よく分からなくなる。
反発は、やがて国を混乱に導くだろう。
そして、国民の怒りが向かう先は………。
「私のせいで………青龍王が、窮地に陥ることになるのは、嫌です。ただでさえ、あの方は、理不尽に辛い思いをしていたのに」
今さら気がついたその事実に、唇が震えた。
私が朱雀である以上、私に対する不満は、必ず夫となる青龍王にも向かう。
私が、批難されるのは構わない。
そんなことは、慣れている。いつものことだ。
でも私を選んだことで……あの優しい王が批難されるのは、嫌だと思った。
「今からでも……朱雀の立場を辞退することはできますか。働き先を紹介してもらおうだなんて、図々しいことはもう言いません。一人で、何とかします。だから……これ以上、王の迷惑になる前に、朱雀を辞めさせてください」
幸い、私が朱雀として選定されたことを知っているのは、鳥人族の村の人達と、一部の王宮の人々だけだ。
まだ公表していない事実なら、何かの間違いだったと取り消せる。
ああ……私は、何て身勝手で自分のことしか考えていなかったのだろう。
私を選定したこと自体が、王にとっては自身の顔に泥を塗るようなことだったのに。
自分がただ惨めな日々から抜け出したい一心で、彼の立場なんて、ちっとも考えられていなかった。
こんな自己中心的な女が、朱雀であるはずがない。
だって、伝説の朱雀は、いつだって青龍王のことを第一に考えていたのだから。
羽の有る無し以前に、そもそもの性根自体が、朱雀に相応しくないのだ。
「………朱雀。貴女は、勘違いしている」
私の言葉に、玄武は大きくため息を吐いた。
「貴女を朱雀に選定したのは、我が王で、貴女が朱雀になることを、誰より望んでいるのも、我が王です。そして王自身が、この国の変革を望んでいる。……望まぬままに、勝手に朱雀に選ばれた貴女が気に病む必要なんて一切ありません」
「でも………」
「貴女が、王族の勝手な事情なんぞに巻き込まれたくないという理由で、朱雀を辞退したいというなら構いません。いきなり一方的に選ばれ、選ばれたというだけで批難される状況は、ひどく理不尽です。貴女が、そんな立場を甘んじて受け入れる必要はありません。……ですが、辞退理由が我が王の為だと言うのなら、貴女は朱雀の立場を受け入れるべきです」
強い調子で告げられ、ますます頭が混乱する。
何が正しくて、何をすべきなのか、分からなくなる。
王の為に、私は何をすべきだろう。
……何が、できるのだろうか。
狼狽える私を宥めるように、玄武は優しく微笑んだ。
「……まあ、すぐに結論を出す必要はありません。貴女は五日前に王宮に来たばかりで、まだ知らないことがたくさんある。そして今回の講義は、明らかに情報過多でした。貴女が混乱しても、仕方ありません」
「…………」
「ゆっくり、考えて下さい。貴女が朱雀としての立場を受け入れるか、否か。何を成すべきか。何を望むのか。………その上で、貴女が進むと決めた道を、私に教えて下さい」
「玄武………」
「どんな道を選んでも………私は貴女の意思を尊重します。貴女が、朱雀を辞退して、別の生き方をしたいというのなら、一緒にその方法を探します。貴女が、朱雀として生きる道を受け入れるなら、貴女を批難する人々から、必ず貴女を守ってみせます。前にも言いましたが………私は、貴女の味方です。これからもずっと。いつだって」




