【羽無し】と、好機
いつもより一層華やかなよそ行き用の服を身に纏った叔母は、唇を歪めて笑った。
「それで? 茜水晶はちゃんと採集できたの? ……お見せなさい」
黙って麻袋の中から茜水晶を取り出し、叔母に向かって差し出す。
叔母は茜水晶に触れることなく、しげしげと観察した後、つまらなそうに鼻を鳴らした。
「………相変わらず、こういう物の目利きだけは優秀だこと。残念だけど、合格だわ」
「それでは……今から、これをすり潰します」
「明日で、良いわ。……もう、大事なお客様がいらっしゃる時間だもの。そろそろ長の家に向かわないと」
お客様が来るという話だったから、てっきりこの屋敷に来るとばかり思っていたけれど、来るのは長の家だったのか。
それにしても……どうせお客様が来るまでに使わないのなら、夕刻までという期限を設けた意味がなかったではないか。
内心で舌打ちをしたが、叔母の命令の目的自体が茜水晶を手に入れることよりも、私に対する嫌がらせの意味が強いことは重々承知している為、今さらと言えば今さらの話だ。
それに、叔母の嫌がらせのおかげで、彼に出会えた。今回ばかりは、そのタイミングの良さに感謝しなければならない。
「この屋敷に、お客様が来るわけではないけれど……万が一何かのきっかけで、お前のみっともない姿がお客様に見られて不愉快にさせてはいけないから、明日の昼過ぎまで、部屋に篭もってなさい。女中長には、私が伝えておいてあげるわ」
「……明日の昼まで、何もしなくて良いのですか?」
「ええ。良質な茜水晶を見つけてきた、ご褒美よ。……私は、優しいでしょう?」
……気に入らない私に休暇を与えてでも、一族の恥である羽の無い私を、見せたくない相手ということか。
それにしてもこれは……好機ではないだろうか。
「分かったら、さっさと部屋に……」
「ーーあー! お母様、こんな所にいたあー」
舌足らずな明るい声が、叔母の声を遮った。
「朱麗」
「見て見て、お母様! 今日の為に仕立てた、とっておきの衣装よ! まるで、初代朱雀様のようだと思わない?」
豪奢な飾りがついた紅の衣装を身に纏った朱麗は、叔母に見せつけるようにくるくると回った。
彼女が回るに合わせて、叔母とよく似た紅の髪と、同じ色の赤い翼がふわりとなびく。
「……ああ、美しいわ。私の可愛い赤い小鳥。今日は誰もが貴女に見惚れるわね」
「でしょう?」
優しい笑みを浮かべた叔母に、頬に口づけを落とされ、朱麗は満足げに目を細めた。
朱麗。14歳の、私のいとこ。
私と違って、村の誰もから愛され、一目置かれる娘。
朱麗は、そこでようやく私の存在に気がついたのか、愛らしい顔を不快げに歪めた。
「……【羽無し】。何でお前がここにいるの。さっさと仕事に戻りなさいよ」
「私が仕事を頼んだのよ。朱麗。紅粉が足りなくなりそうだったから、森から茜水晶を採ってこさせたの」
「ふうん……それなのに、五体満足で帰って来たの。つまらないわね」
無邪気に残酷な言葉を吐いてから、朱麗は不安そうな目で叔母を見た。
「……まさか、お母様……【羽無し】まで、長の家に連れて行くつもりじゃないわよね」
「まさか。明日の昼まで、部屋に篭もっているように言ったところよ」
「そうよね! ……ああ、よかった」
安堵の息を吐きながら、朱麗は忌々しげに私を睨んだ。
「初代様と同じ赤い髪に生まれて、当代の最も有力な朱雀候補と言われているのに、羽が無いみっともないお前まで赤い髪をしているから、お前がいるだけで私の評価まで下がるじゃない。本当、お前は存在しているだけで害悪だわ! さっさと部屋にお戻り」
「………はい」
叔母と朱麗に一礼して、与えられている狭く小さな自室へと向かう。
頭の中は、とうに慣れた朱麗の罵倒よりも、巡ってきた最大の好機のことでいっぱいだった。
滅多に外出しない叔母が、今夜家を出る。大事なお客様をもてなす為に、朱麗と、恐らくは叔父も連れ、長の家に向かう。………ならば、きっと、「あれ」は置いていくはずだ。
千載一遇の好機というものは、こうも重なるものなのか。乾いた唇を舐めて、湿らす。
普段は厳しい主人家族の不在に、使用人達の気は緩むことだろう。くわえて、私は明日の昼まで何の仕事もない……するなと、叔母から厳命されている。
ーー「母様」を、取り戻せるかもしれない。
「……ねえ、お母様! きっと選ばれるのは、私よねえ? 今までどんな素晴らしい舞い手も、歌い手も、あの方のお眼鏡には適わなかったのは、きっと私の初披露を待っていたからだわ。同じように今回が初披露の明鈴は、私より歌が上手いし、長の末娘の風華は舞いが一番上手だけど、彼女達の羽は赤くはないもの。やっぱり私の方が、ふさわしいわよね?」
後ろで朱麗が何かを叔母に向かって言っていたが、今夜の計画で頭がいっぱいの私の耳には入らなかった。
嫌みと共に他の女中の手で部屋に運ばれた、餌のような夕飯を終え、じっと好機を待つ。
叔母達は、とうに出掛けた。そろそろ行動に移っても構わないだろう。
音がしないように、静かに扉を開け、細く開いた隙間から廊下の様子を窺った。……誰も、いない。
私は足音を忍ばせて、叔母の部屋へと足を進めた。




