【番外編~残暑見舞い】××夏祭りに向いてない!!××
残暑、お見舞い申し上げます。
「残暑お見舞い申し上げます…っと」
僕の実家は、古い慣習を守って、親戚一同にお中元ギフトを送る習慣がある。
ギフトだけ送るのは味気ないと言って、ちょっとした小文まで送る。
一家の中で字が一番うまいということで、毎年その文を書くのは僕になる。
うまいというより、"マシ"と言うべきか…。
インターネットが普及する前は、暑中・残暑見舞いにお便りのやり取りをするのは当たり前で、令和以前の文豪達もそれに漏れない。
避暑地の軽井沢で、作品と同時に夏の見舞いを書く文豪は、たくさんいた。
暑中・残暑見舞いのお便りは、年明けの年賀状やクリスマスカードと違って、お祝い事を祝うツールとしての役割ではなく、「大事な人を気遣うことが目的」である。
なんとも日本的で、素敵な慣習ではないか。ちなみにこれは、日本にしかない。
しかしそれは、思わず気遣ってしまうほど、湿度の高い日本の夏が、いかに不快で暑苦しいかが分かる。
不快のピークが訪れるタイミングで、お手紙や進物をもらえば、受け取ったときの嬉しさから、その鬱陶しさを忘れることができる。それは納涼と題する花火大会や夏祭りと同じで、そういった云わば不快な夏の『現実逃避』の手段なのだ。
僕の地元でも小さな夏祭りがあり、気晴らしにそれに参加することにした。
その夏祭りは、日が落ちる頃から始まり、「僕の住んでいる小さな街でもこんなに人がいたのか」と驚くぐらい、人が集まる。その中には浴衣を着ている人も多く、華やかでとても良い。
場所は比較的大きな公園で、前日から街の商工会の人々が準備していた。
軒数は少ないが、屋台もちらほらと並ぶ。
「これも夏の風物詩か…」
と文学少年らしく、憂愁に浸ってみる。
この不快極まりない暑さの中、みんな楽しそうで何よりだ。
この後、盆踊りがあるらしく、練習している人も何人かいた。
ある程度の現実逃避を、僕は満喫していたが、一点だけ、どうしても逃避できない現実がそこにはあった。
「チョコバナナほしい!」
と、満面の笑顔で彼女は言う。
チョコバナナとは、名前の通り、バナナにチョコがかかったデザートのことで、祭りの類には必ず登場する定番中の定番アイテムのことだ。
"彼女"とは、もちろん僕の"彼女"ではなく、さして興味もなさそうにキョロキョロと周りを見渡す彼の"彼女"のことだ。
彼に褒めてもらうために新調したであろう彼女の浴衣が、眩しい。
満面の笑みでおねだりする彼女はきっと、その意図する通りに、彼に褒めてもらったに違いない。白色の下地に、ピンク色の花が散りばめられ、女の子らしさを引き立てている。
ポケットに片手をつっこみ、いかにもつまらなさそうにする私服の彼は、案外照れ隠しであることが多く、彼はきっと心の中ではこの盆踊りを、小躍りしながら誰よりも楽しんでいるに違いない。
ハイテンションの彼女に振り回されるローテンションの彼というのは、なんとも画になるではないか。
そんな漫画によく出てきそうなカップルが、この現場には何組もいた。
それを遠くで、ただ独り、ぼんやりと見る僕…
なぜ自分には恋人がいないのかという疑問を通り越して、自分はこういう人達とは全く違う人間なんだと考える方が、当たっているような気がしている。
ただこの時は、暑苦しいことを忘れて、現実に打ちひしがれた。
ズタズタに。
「これも現実逃避か…。いや、もっとダメージを受けた気がするぞ…」
はぁ…
盆踊りはやめて、帰って涼しい部屋で冷たいアイスでも食べよう。
うん、それがいい。