××恋愛に向いてない!!××
この物語はフィクションであり、実在の人物・団体・地名とは一切関係ありません。
「僕と一緒に、入水しませんか?」
キョトンとした表情の彼女。
僕がここ1年間ずっと、考えて考えて考えて考え抜いた愛の告白文に、彼女は感動しているのだろうか。
当たり前だが、“入水”とは、『水中に身を投げて自殺すること。身投げ』と広辞苑にある。
昭和23年に、あの昭和の文豪の1人、『太宰治』氏もその愛人『山崎富栄』と東京玉川上水にて入水自殺を図った。
正確にはもっと昔から男女の入水事件はいくつかあったが、それ以来、文学界で男女の入水といえば、愛し合う2人の最上の表現なのだ。
まさか『太宰治』氏を知らないわけはないだろう。
僕のこの渾身の告白を受けた彼女は、まだ拍子抜けした顔をしているが、これはこれでなかなか可愛い顔だ。
彼女のいろんな表情を見てみたいものだな。
いや、さては文学界最上の「愛してる」を受けて、感動して言葉を逸しているのか…?
無理も無いな。
…と、その時。
「嫌です」
彼女の口から、突然、ハッキリと伝えられた。
…え?
何っ!?
まさか!?
馬鹿な!!
今度は僕が言葉を逸している。
恋愛というのは、言葉は不要だとどこかの本で読んだことがあるが、こういうことなのか。
つまり、あとは体で表現するということか…?
ふむ…。
…僕は運動はあまり得意ではないが、仕方ない。
しかしこの女、言葉を逸したのに、よく言葉を発せられたな。
無理して言葉を発しようとして、逆の言葉を言ってしまったのか?
…ふむ。
なるほど。
逆説という手法は、話のインパクトを上げる効果があるからな。
つまり、それほど僕を“愛している”ということなのか。
入水という文学的キーワードに対して、何を返したら、それを凌ぐ効果を得られるか、拍子抜けしたように見せて、実はずっと考えていたのか…!
この女…やるな…!
さすがこの僕が惚れ込んだことはある!
ではさらにそれを上回る文学的テクニックを使わなければ、文学界を志すこの『天地文才蔵』の僕の名折れだ…!
…ん?
待て。
彼女はクルっときびすを返すと、スタスタと歩き始めたではないか。
…どういうことだ?
勝ち逃げか?
これ以上戦ったら、基礎知識に勝る僕には勝てないと判断して、逃げようというのか!
そうはさせないぞ…!
ええいっ!
恋愛に、言葉は不要っ!!
あとは体で表現するのみっ!!!
「とうっ!!」
…むぎゅっ!
「いやぁぁああぁぁぁ!!!」
…ばちんっ!!
「…くっ!なぜ!?」
「変態っ!!」
彼女はそう言い残すと、猛スピードで走り去っていった。
僕は勢いに任せて後ろから抱きついたが、猛烈な勢いでビンタされたのだった。
「ああ…僕との愛よりも、この文学的勝負の勝ちを選ぶのか…!?くそっ…!!」
美しい上に、文学的才能もある。
天は人に二物を与えたか。
「ふふっ…」
まあ、いいだろう。
天才文士に困難はつきものだ。
さらに最上級の『愛』の表現をもって、再び挑むとしようか。
「くっくっく…」
…はぁ。
いてて。
それにしても意外とぶたれた頬が痛いな。