第4話「ナラノイ」(現地調査編)
リルモンテから北に30キロほどの街、ディマーシュ。ここは裏路地の空き家を活かしたカフェやレストランが相次いでオープンする隠れ家的な楽しみ方ができる街。
そのディマーシュに新たなお店をオープンさせたいヨルとミチルという二人の女子。彼女らはディマーシュの仕掛人・小太刀の紹介でLRAに相談に来たのだった。
リノベーションで街づくり、そんなフレーズが世の中の各所でも聞かれるようになってきた今日この頃。LRAの門を叩く見慣れない女子二人の姿があった。
ベニコ(末柄紅子):(お、新しいお客さんかな?)
???A:こんにちはー!リルモンテ・リノベーション・アライアンスさんてこちらですかー?
ベニコ:いらっしゃいませー。はい。こちらです。
???B:あのー、私たちディマーシュの小太刀さんの紹介で来たんですけど…。
と、それを耳にしたアイミが突然歩み寄ってくる。
アイミ(安良岡愛美):あーこんにちはー!聞いてます聞いてますー!山野井さんと奈良部さんですねー?
奈良部:はい!
山野井:ですー。
アイミ:じゃ、奥へどうぞー。
ディマーシュ、そこはリルモンテから北に30キロほど、州都のウードパラゾから西に15キロほどの街だ。ここは路地裏の空き家をリノベーションしてカフェやレストランが相次いでオープンする隠れ家的な楽しみ方ができる街。そして、ディマーシュを「隠れ家的な楽しみ方ができる街」にした仕掛け人・小太刀剣司が、山野井と奈良部にLRAを紹介したようだ。
アイミ:申し遅れましたー。この会社の常務兼監査役をしてます安良岡愛美ですー。
ベニコ:開発部の末柄紅子です。よろしくお願いします。
ヨル(山野井夜):お世話になりますー。ディマーシュから来ました。山野井夜と申します。
ベニコ:夜さん、本名ですか?
ヨル:です。よく聞かれるので今度から名前の下に「*本名です」って書くことにしました。
ベニコと会話している山野井という女性、そのいでたちはダークパープルのゆるいウェーブのかかったロングヘアー、そして黒ずくめにピアスやブレスレットなどのシルバーアクセサリーをつけた色白で華奢な雰囲気の人物だ。その女性が「夜」と名乗ったら、今のベニコのように「本名ではないだろう」と思ってしまうのも無理な話ではなかろう。
その山野井とは相反するような、かなり明るめの前髪ぱっつんな金髪で押しの強そうな奈良部が続ける。
ミチル(奈良部溢):同じく、奈良部溢です。
アイミ:おそろいの名刺ー!かわいいですね-!…右上のロゴおしゃれでいいですねー。井桁の中は柏の葉っぱですかー?
ヨル:ありがとうございますー。隅立ての細い井桁の中に小楢の葉っぱとドングリなんですよー。
ミチル:今度二人でやろうとしてるお店の名前の「ナラノイ」をデザインしたんですー!奈良部と山野井でナラノイなんですけどー、それだけじゃ安易で駄洒落っぽいですしー…。
アイミ:いいー!さすがディマーシュはセンスいいー!
ベニコ:センスいいなあ…ちなみに小太刀さんって、あのディマーシュの仕掛け人の小太刀剣司さんですか?
ミチル:ですよー!…小太刀さんからもこういう大掛かりなことをやるんだったら理解のある本職には相談しておいた方がいい、っていうのは前から言われてましたしー。それにー、結構前からLRAさんには来たかったんですよねー。
ヨル:あと、今リノベ中の物件にちょっと怪しいところがありまして…。
アイミ:なるほど。どんなところですか?
ヨル:二階の床の高さがボコボコで、窓際の景色がいいところなのに外側に向かって傾いてる感じで…そこにいると、窓から放り出されそうな感覚になって落ち着かないんですよね。
ミチル:あとー、一階も二階がのしかかってきてるせいか梁が斜めなんですよー。
アイミ:梁の傾いてるところと二階の窓際って近いですかー?
ヨル:近いですけど、真上ではないですね…。
アイミ:ふーん…まあ、当然だけども現調しないとダメですねー。
アイミ、手帳をめくりながら現地調査の候補日を模索する。
アイミ:今度の木曜日の午後って空いてますか?
ヨル:はい。
ミチル:空いてますよー!
アイミ:ここからディマーシュまでは…マーヴァを通ってくのが早いかなー…。
ミチル:リルモンテから行くとイグドラス団地を通ってマルニエール方面とディマーシュ方面に分かれる分岐があるとこですよね?もっと早い裏道ありますよー。
アイミ:どのくらいですかー?
ミチル:30分強くらいで着いちゃいましたー!
アイミ:はやーい!
ヨル:ミチルー。あの道は慣れない人だと迷って危ないよ…。
そんなやり取りをしながら、ディマーシュの新たなリノベ物件「ナラノイ」の現地調査は三日後の木曜日に決定したようだ。
―――――(その日の夕方)―――――
スワジュン:…末柄。
ベニコ:はい。
スワジュン:…この山野井さん、下の名前なんて読むんだ?
ベニコ:そのまんま「よる」さんです。
スワジュン:本名…なのか?
ベニコ:だそうです。あんまり聞かれるんで今度から名刺に「*本名です」って書くことにしたそうです。
スワジュン:斬新というかシュールだなその注釈…。どんな娘?
ベニコ:全身黒コーデでシルバーアクセつけまくってるV系のライブとか行きそうなゆるいウェーブのかかったダークパープルの長い髪の娘でした。
スワジュン:なんとなく察した。にしても、そんな雰囲気の娘で「夜」一文字のインパクトある名前だったらそりゃ本名だとは思わんわな…。
ナツ(谷田貝夏):「夏」一文字のインパクト系女子もいますし。
スワジュン:お前のインパクトは名前じゃなくて人格だ。…奈良部さんも下の名前変わってるな。溢れる…だから「みつる」?
ベニコ:「みちる」さんですね。
スワジュン:奈良部さんもV系女子?
ベニコ:明るめの金髪で前髪ぱっつんの押しの強そうな爬虫類系美人でした。
スワジュン:よくわからん組み合わせだな。
ベニコ:幼馴染だそうで。いったん上京したみたいですが、仕事に上手く馴染めなくてディマーシュに帰郷して、例の仕掛人の小太刀さんのところで二人そろって修行して独立することになったのでリノベし始めたみたいです。んで、もろもろ面倒なことにぶち当たったので小太刀さんにLRA紹介してもらったそうです。
スワジュン:へえ。おしゃれな名刺なのはいいが、二人とも下の名前すんなり読めないから振り仮名ほしいな…。
ベニコ:名前難しい人ほど名刺に読みを書いてくれてないんですよね…。
スワジュン:あるよな。そういう謎法則。
―――――(三日後、ディマーシュにて)―――――
そして、約束した木曜日の午前中。ディマーシュの街内にはアイミとベニコの姿があった。
ベニコ:アイミさん、今日って午後って約束してませんでしたっけ?ちょっと早すぎません?
アイミ:…仕事と装ってディマーシュ見物。久しぶりに黒猫路地も見に行きたいし。あ、舘野や静井にはナイショだよー。
ベニコ:限りなく黒に近いグレーな行動ですね…。
アイミ:視察も立派なお仕事でしょー?ましてやディマーシュの黒猫路地っていったらシャム=ケのリノベまちづくり第一号みたいなもんなんだから。
ベニコ:今「仕事と装って」って言ってたような…
アイミ:本社の人事部で再教育されたい?
ベニコ:ディマーシュ久しぶりなんで楽しみです常務
ベニコ、目の笑っていないアイミに棒読みで応答する。
アイミ:ね!まずは本丸!黒猫路地行こうね!
ベニコ:なんだかんだで三年ぶりくらいですねー。
と、こんなような形でアイミの怠業まがいの行為に付き合わされることとなったベニコ。…ちなみに、黒猫路地とは、ディマーシュの市街地北部、ノースランバーという一角を西側に入っていった所にある裏路地の通称名だ。
冒頭でも述べた通り、ここは空き家だらけだった裏路地にあるカフェやレストランにリノベーションし、開業する若者が街の内外から登場している。なかでも、ディマーシュの中でも「アツい」と評判なのがここ黒猫路地なのだ。…と、そんな説明をしていたらベニコのもとに電話が入ったようだ。
ベニコ:…電話?…ナツからだ。…はい、末柄。
ナツ:都会では~カフェをやる若者が増えている~♪
ベニコ:ヨ●スイかよ。いちいち一発ギャグをキめるために電凸してきたんか。
ナツ:表通りを見たまえ末柄君。
ベニコ:は?・・・!!!!!!
そこには、なんとナツの姿があった。
ベニコ:谷田貝!ダイナミック怠業かよ!
ナツ:アイミさーんお疲れ様ですー。
アイミ:なっちゃん!?どしたの??
ナツ:ミチコさんが「小太刀さんたちに挨拶してこい」ってことで急遽来ることになりました。
アイミ:あー…。まあ、顔見知りにはなっといた方が後々得だよねー。
と、アイミにも電話がくる。
アイミ:舘野からだー。…もしもしー。
ミチコ(舘野美智子):ん。安良岡ー?おつかれ。多分ナツコがそっちに着いたころだと思うんだが…。
アイミ:今来たよー。
ミチコ:ん。まあ、アンタのことだからディマーシュの視察っぽいこともやるだろうし、小太刀さんにも会うだろうと思ってナツコもそっちに送ってみた。ディマーシュのみんなによろしく頼む。
アイミ:おっけー。んじゃ、またねー。
アイミ:…うーん、じゃー、大和庵行っちゃう?
ベニコ:いきなり本丸中の本丸じゃないですか。早いなあ…。
ナツ:大盛パフェ!食べたい!です!
アイミ:自腹でね。
ナツ:…コーヒーが名物のところだし…やっぱコーヒーにしようかな…。
そんなやり取りをしながら、ナツたちは大和庵に入店する。ここは小太刀が経営するカフェであり、もともとは小太刀の親世帯の自宅であった。それを十数年前に息子、つまり剣司がセルフリノベ。カフェ大和庵をオープンさせた。
リノベ物件としてはディマーシュはもとより、シャム=ケ州の中でもかなり早い時期にあたる大和庵。ここ自体が人気店であることはもちろん、特に小太刀本人がリノベーションや独立志望のある若者を育成することにも熱心であることから、彼本人も「ディマーシュの仕掛人」として話題となっていた、という背景がある。
―――――(大和庵店内)―――――
店員:いらっしゃいませー。
アイミ:わー!相変わらずおしゃれー!
ベニコ:いい雰囲気ですねー。(アイミさん絶対仕事だってこと忘れてそう)
ナツ:ここにうちのフライヤー置いてもらえば結構持ってってもらえそう。
ベニコ:ナツもたまにはいいこと言うな
ナツ:優秀なデザイナーですので
店員:ご案内します。こちらへどうぞ。
アイミたちは店内の奥の席へと案内される。店内内部は、北欧風のインテリアで統一され、古材の木目がふんだんに活かされた雰囲気となっていた。松と思しき曲がりのある梁から下げられた流木のシャンデリアが輝く奥の部屋。案内された空間はまさにそんな空間だった。
と、そこには先客がいた。いや、客ではなく…。
小太刀剣司:いらっしゃいませ。はるばるリルモンテからありがとうございますー。
アイミ:小太刀さーん!ごぶさたしてますー!!
小太刀:安良岡さんは熱心だから多分お昼前から来るだろうなー、と読んでました。…そろそろ二人も来ますよ。
と、ちょうどアイミたちのオーダーの品を持ったヨルとミチルが厨房からやってきた。
ヨル:いらっしゃいませー。ようこそディマーシュへー。
ミチル:今日はお世話になりますー!
アイミ:山野井さんと奈良部さーん!ちゃんとカフェの店員さんだー!
ベニコ:山野井さん、ナチュラルな雰囲気も似合いますねー。
ヨル:ありがとうございますー。初対面で黒ずくめだったから、今思うとちょっと威圧感感じさせちゃったかなーと思ってます…。
ベニコ:いえいえー。
そして、アイミたちはヨルたちのこれまで、首都に上京して仕事でうまくいかなかった話、ディマーシュに戻ってきてから大和庵で修行した話などを一通り聞きだした。
ミチル:びっくりしたんですけど、わたしとヨル、会社辞めた日が全く同じ日なんですよ!
ヨル:と、いうわけなんです…。正直行き当たり場っ当りで恥ずかしいですけども、地元でこうやってお店をやれることになったのはうれしいな。と思うわけです。
小太刀:ヨルちゃん、ミチルちゃん。当然だけど、本番はこれからだよ。独立するわけなんだから。
ヨル:もちろんです。
ミチル:はい。
小太刀:じゃあ、そういうわけでさ、安良岡さんたちに現調してもらいましょう。
ヨル、ミチル:そうしましょう。
アイミ:んじゃ、よろしくねー!
―――――(「ナラノイ」リノベーション現場)―――――
こうして、アイミたちはヨルたちに連れられ「ナラノイ」の前に到着した。その物件は、木造二階建ての切妻屋根の店舗建築…こういうと見世蔵のような伝統的建造物のようだが、そうではなく、下界でいえば戦後の復興期に間に合わせで建てたようなものであった。
表にある二階窓の雨戸の戸袋の表面の合板は抜け落ちて枠だけになり、そこからみえる二階の障子も穴だらけ。「リノベ候補物件」といえば聞こえはいいものの、「廃墟」といってしまった方が現状に即しているといえるだろう。
特に、アイミは「女子二人がコツコツとリノベしている」という可愛らしい情報との落差で完全にフリーズしてしまっていた。
アイミ:…………。
ベニコ:…30年くらいは放置されてそうですね…。
ナツ:やりがいありそう…!
アイミ:…………!
ナツ:アイミさん、覚醒の模様。
ベニコ:これをどこまで手伝えるかですね…。
ヨル:見た目でドン引きされがちなんですが、中は結構綺麗なんですよ。
ミチル:こっちでーす!
ミチル、アイミたちを中に案内する。
アイミ:あ!たしかにー。中はいうほどボロボロじゃないねー。
ベニコ:おお。中はそうでもないですね。家財道具は片づけたんですか?
ヨル:使えそうなもので要るものは別のところに置いておいて、使えるけど要らないものは綺麗にして、ナラノイの前で即席フリマを何回かやってさばきました。
ナツ:あ!ちょっと前に見かけたフライヤーの「臨時開催!黒猫のみの市 番外編」の古民家の小道具ってこれのことだったんですね…!
ベニコ:あーなんか見かけた気がする。そのチラシ…。
アイミ:んで、傾いてるっていうのはここですか?
アイミ、表の庇の真下に立つ。
ミチル:そこです!さすが本職…!
ヨル:そこから東側…道路側に落ちるように傾いてるんですよね…。
アイミ:基本的に構造に釘とか使ってないちゃんとした日本建築だと、木のしなやかさでかなり持ちこたえられるように出来てるの。ここまで傾きが出てるってことは、どこかの柱が腐ってるか白アリに喰われてるか、あるいは束石が外れっちゃってるか、不同沈下を起こしてめり込んでるか…みたいな感じかなー。
ナツ:おおー魔界が舞台のラノベとは思えないセリフ回し…!
ベニコ:アンタこないだもそれ言ってたよな?
アイミ、傾きの見られる東側の柱に注目する。そして、柱の近くでしゃがみ込み、土間側から柱の床下に隠れた部分を覗き込む。
アイミ:あ!みっけー。束石が外れてコケちゃってるー…。
ミチル:え?…あ、ホントだこれ外れてる!
ヨル:あ、これまずい状態だったんだ…。
アイミ:最優先なのは、もちろんジャッキかなんかですぐそばの梁を持ち上げて柱を上げた状態で束石をちゃんとした位置にはめ込むことかなー。
ミチル:コケてるのは気づきませんでした…。上ばっかり見てました…。
ヨル:なるほどですね…。束石から落ちて5~10センチ分落ちてるとしたら…現状にも納得いきますね…。
ナツ、何かをひらめいたような顔をする。
ナツ:これを直す作業、ワークショップかなんかにできないですかね?講師はスワジュン先生で。
ベニコ:あー…スワジュンさんなら大学院で建築専攻だったし、いい意味で濃い目なイベントにできそう。
ミチル:ワークショップ!『束石の上に柱を戻すだけの大切なお仕事です(仮)』…いいですね!
ベニコ:ナツ今日冴えてんな。
ナツ:建設的破壊神谷田貝夏にかかればブレイクスルーもチョチョイのチョイですぞ。
ヨル:スワジュンさん、でしたっけ?面白い職人さんなんですか?
アイミ:弊社の開発部に所属してる社員で、大学院で建築専攻だったガチ勢です。
ミチル:楽しそうー!ワークショップでやる方向で打ち合わせさせてください…!
アイミ:やりましょうー!諏訪にも伝えて巻き込んでおきますー!
こうして、「ナラノイ」の本格リノベーションに向けた第一歩が始まろうとしていた。ずっこけた柱を束石の上に戻す。それは、街内で見捨てられていた建物を見つめ直し、もう一度価値を吹き込んでいく。まさにその過程を象徴するようなイベントともいえるだろう。
ナツ:ベニコー。
ベニコ:あ?どしたー?
ナツ:この作品、魔界って設定必要あるー?
ベニコ:私に訊くなよそんなこと…。