第3話「グラン・エスポワール」(作戦会議編)
ベニコとナツ、新入社員二人が魔物に不法占拠された廃ビルのクリーンアップを一発成功した。そんな目と耳を疑う成功劇は、こうして生まれたのだった。
リルモンテで一番楽しいブラックなホワイト企業、リルモンテ・リノベーション・アライアンスのオフィスは今日も平和だった。…その話が舞い込むまでは。
アイミ、電話を取る。
アイミ(安良岡愛美):はい。リルモンテ・リノベーション・アライアンスです。
テレアポ営業:お世話になります。まるごと納得!マルトク興業のスズキと申しますー。常務のアラオカ様、いらっしゃいますかー?
アイミ:そんな人いませーん。失礼しまーす。
アイミ、電話を切る。
ベニコ(末柄紅子):ほぼほぼガチャ切りじゃないですか…。いいんですか?そんな切り方して…。
アイミ:うちの常務はアラオカじゃありませーん。人の名前もまともに調べずに電凸してくる業者なんか出てあげるだけでも菩薩対応だと思うけどー?
ベニコ:ま、そうですね…。
アイミ:それにこいつら、一週間置きぐらいに営業してくんの。だから番号覚えちゃってさ…。電話取ってた時も私名乗ってなかったでしょ?そういうこと。
ベニコ:おおう…。
スワジュン(諏訪順子):…あ、そうだ。末柄。
ベニコ:はい。
スワジュン:こないだ取引先に私のフルネーム「すわじゅんこ」って伝えたろ?
ベニコ:え、スワジュンさんって「すわじゅんこ」さんじゃないんですか?
スワジュン:…おい。「よりこ」だ。「すわよりこ」。スワジュンはあくまであだ名。
ベニコ:「よりこ」さんなんですね…。
スワジュン、ベニコに名刺を見せる。
ベニコ:あ…。
スワジュン:まあ、初対面のとき「諏訪です。よろしく。」としか言ってないし、周りはみんな揃ってスワジュンスワジュン呼んでたら無理もねえか…。
ベニコ:そういう略せる名前っていいですよね。
スワジュン:そういやどこ行ってもあだ名スワジュンだったな。
ナツ(谷田貝夏):おーい!スーベニ子ー!電話ー!3番で本社の松浦さん!
ベニコ:だーからスーベニ子はやめろっつーの。
ベニコ、ナツを適当にいなしつつ受話器を取り内線3番のボタンを押す。
ベニコ:お電話変わりました。末柄です。…ああ、はい。一昨日のあれですね。了解しました。私宛てで大丈夫ですよ。はい。よろしくお願いします。あ、はーい。ありがとうございまーす。失礼しまーす。
ベニコ、受話器受けのポチ部分を押しながら受話器を下ろす。
スワジュン:なんか来んのか?
ベニコ:壁紙の新作のサンプルを送ってくれるそうです。
スワジュン:お、いいな。…そりゃそうとあんたも略せる名前じゃんか。
ベニコ:あ、まあ、そういえば。ただ…「おみやげ子」は勘弁してほしいんですよね…。
スワジュン、不意な「おみやげ子」なる単語に鼻から笑いがこぼれる。
スワジュン:谷田貝みたいな小うるせえイヤゲモノ女よりいいだろ。
ベニコ:小うるさいイヤゲモノ女…
ベニコはスワジュンから跳ね返ってきたパワーワードに思わず腹筋を鷲掴みにされる。そして、スワジュンはこう続けた。
スワジュン:まあ、つっても谷田貝のぶっ飛んでる主張の強さを上役三人が気に入ってるってことでもあるんだがな。
ベニコ:あー。納得ですね…私はどういうところが気に入られてるんですかね?
スワジュン:機転の利く常識人。マニアックでぶっ飛んでるやつと組ませたら強えーぞ。
ベニコ:それ私じゃなくてもいいような…。
スワジュン:何言ってんだ。相性が良くて初めて成り立つ組み合わせだろうがよ。会社入ってはじめて出会ったやつら同士でうまくいくようなもんじゃーない。
ベニコ:腐れ縁が就活に役立つとは…。
スワジュン:何事も縁は大切にしとけ。武力権力で強引に事を進める自己中連中なんざ弱り目にフクロにされておしまいだ。
と、そこにミノリが寄ってくる。
ミノリ(大出実乃里):スワジュン、ベニちゃん、その自己中連中さんたちと闘うことになるみたい。
スワジュン:ミノリさん、詳しくお願いします。
ミノリ:今度の物件、ヤバい魔物に不法占拠されたヤバい物件らしいよ。オーナーは遠方の人だから占拠されてたの知らなかったってさ。
スワジュン:チンピラ魔物で不法占拠な連中っすか。ボッコボコにしてやれますね~。
ベニコ:武力で強引に事を進めるのは良くないんじゃ…。
スワジュン:あ?反社会的な連中は別だ別。礼のない連中に払う敬意なんぞあってたまるか。
ミノリ:スワジュンの武闘派女子なところだーい好き!とりあえずY班は11時に会議室集合でヨロ!
スワジュン・ベニコ:はい。
ミノリ:ねー、ベニちゃん。
ミノリ、ベニコに耳打ちをする。
ミノリ:(スワジュン怒らせないほうがいーよ。いつも安全靴履いてるLRAきっての武闘派女子で社内最強の娘だし。)
ベニコ:(ガチのヤンキーじゃないですかそれ…。)
スワジュン:誰がガチのヤンキーだ。常在戦場の心がけだっつーの。カチコまれたときに成す術なくなったら困んだろ。
ベニコ、スワジュンの靴に目を落とす。
ベニコ:(安全靴…!)やっぱりヤンキーだ…!
スワジュン:るせーぞ。あんたの大好きな6-70年代風ファッションに合うアンクルブーツっぽい安全靴もあるから買っとけ。
ミノリ、後輩同士の漫才のようなやり取りに思わず噴き出す。
――――その日の11時、会議室―――――
会議室には“Y班”のメンバーが顔を揃えていた。“Y班”とは常務兼監査役のアイミ(安良岡愛美)をリーダーとするチームで、正式には「開発部」という名称。とはいえ、社内ではもっぱら“Y班”で通用している。ちなみにもう一つのマドカ(静井麻土華)をリーダーとするチームは正式名称「設計部」で通称は“S班”という。
アイミ(安良岡愛美):んで、ミーちゃん。今度の物件はいわくつきなんだってー?
ミノリ:そーなんです。ちょっと説明しますと…。
ここで、ミノリに代わって事の顛末を説明しよう。リルモンテの北東はずれにある小高い山を中心にしたエリア、「モンカストル」。このエリアの片隅には一般の女子は近づかないような猖獗を極めたエリアが存在する。それこそ、ライトノベルにふさわしいような表現をすれば「サキュバスの巣」とでも表現できようか。
そして、下界・魔界の別を問わず、人間の脳の性欲と暴力を司る箇所は非常に近いという。それを証明するように、猖獗を極めたそのエリアにほど近い場所に今回の物件は存在する。――「グラン・エスポワール」。その物件名、フランス語で「大いなる希望」に似つかわしくないゴロツキの魔物たちに物件を占領され、多大なる絶望に苛まれたオーナーから連絡があったのはこの半月前だ。
アイミ:なるほど。…んで、その物件はどんなスペックー?
ミノリ:築41年、鉄筋コンクリート造の陸屋根で6階建てです。
アイミ:雑居ビル?
ミノリ:オフィスビルとして建てられて、20年くらい前まではそう使ってたようですが、現状は場末のカオスな雑居ビルのなれの果てとみて問題ないです。
アイミ:ふーん…。
スワジュン:私も現地を観察してきました。連中のアジトというかリビング的な場所は5階の一番奥の部屋みたいっすね。
スワジュン、図面を広げる。
アイミ:スワジュンちゃん仕事早ーい!
スワジュン:オーナーから図面借りてきて、一部不鮮明な箇所やオーナーからヒアリングした情報を反映してサキさんに起こしなおしてもらいました。
アイミ:へー!…6階建てなのに6階使ってないんだ。
スワジュン:外から見える範囲ですが、6階の天井材が脱落してたり雨染みの形にカビてたりしてたんで、あれ多分雨漏りしてますね。
アイミ:雨漏りかあ。ちょっとめんどくさいかもね…。そういえばスーちゃん。
ベニコ:はい。
アイミ:さっきモンカストルの場末エリアの説明してた時になんか「あっ!」って顔してたけど、なんか知ってるの?
ベニコ:あ、いや…その…。サキュバスの巣…ということはですよ…?
ミノリ:うんうん。
ベニコが重い口を開く。
ベニコ:私たち、18禁小説の登場人物になっちゃうんですか?
ミノリ、後輩社員の唐突かつ斜め上な懸念に思わず吹き出す。
ミノリ:ベニちゃーん!何考えてんのちょっと…!
スワジュン:そっちにはカチコまねーから安心しろ。あくまで物件の近所にそういう場所があるって話。
ベニコ:よかったー…。
アイミ:やだもー!スーちゃんったらー。私も18禁の登場人物なんかなりたくなーい!
スワジュン:ったく…谷田貝はしょっちゅうだが末柄はときたまそれ以上にぶっ飛んでること言うからなあ…。
ベニコ:すみません…。
スワジュン:何言ってんだよ。面白いってことだ。一般人にこの会社の社員が務まると思うか?
ベニコ:思いません!
そして昼休み。ベニコとナツは行きづまった戦略会議から気分転換すべく、携帯ゲーム機を取り出してプレイを始めた。…とその時である。
ベニコ:ナツ!
ナツ:ベニコ!
ベニコ、ナツ:埋めちゃえばいいんだ!
スワジュン:…は?
ベニコ:空間転移の呪文あるじゃないですか?
スワジュン:え?ああ、ル●ラやテレ●的なやつか。
ベニコ:んで、転送先を地層深くに設定しといて相手をそこに飛ばしちゃえばいいんですよ!
ナツ:それな!おおっと!土の中にいる!山奥の地中に飛ばせばまさに「山地直葬」ですよスワジュン先輩!
スワジュン:おまえら新卒どころかカタギじゃねーよ発想が…。
そして、仕切り直しになった作戦会議。
ナツ:と、いうわけで私と末柄で考えた作戦、「山地直葬」です。
アイミ:へ?何それー。これ道の駅か直売所かなんかの会議じゃないでしょー?
ベニコ、ホワイトボードに「山地直葬」と大書きする。
ミノリ:げえ…。
ベニコ:作戦名はいま谷田貝が言った通りですが、詳細は、あらかじめ山奥の地層深くに座標を設定、空間転移の呪文を使ってビルを不法占拠してる連中を地中に直接飛ばしてガンガン埋めます。
アイミ:スーちゃん雑!詳細雑!…いきなり山奥に埋めるとかコンプライアンスガン無視の自称産廃屋みたいなこと言われても困るんだけど。
ナツ:ガンガン埋めます。
アイミ:埋めてどーすんの?
ナツ:奴らはビビッて私もビビります!
アイミ:そうじゃない!てか平気でそんなことしてる会社だなんて思われたくないんだけど。「人の口に戸は立てられぬ」ってことわざ知らないの?
ナツ:ここは魔界です!相手は魔物ですし問題ありません!それに「死人に口なし」ってことわざもありますよ!
アイミ:あのねえ!会社の業務で●して口封じするとか何考えてんのあんたは!
スワジュン、アイミとナツの間に割って入る。
スワジュン:まあまあ…つーか谷田貝、余計なこと言い過ぎ。上司煽ってどうすんだ。…んで、アイミさん。行き詰まってる現状を鑑みると、かなり乱暴ですがブレイクスルーとしてはこれが一番有力です…。
アイミ:…えー…。…舘野と静井呼んでいい?
アイミ、受話器を取り内線番号315を押してミチコを呼び出す。
アイミ:あ、もしもしー。舘野ー?なんかスーちゃんとなっちゃんがヤ●ザみたいな作戦しようとしててドン引きしてるんだけどー、結構現実味があって判断に困ってるからこっちの会議に混ざってもらっていい?あ、静井も呼んで。うん。よろしくー。
ほどなくしてミチコがやってくる。しかし、一向にマドカが現れない。
アイミ:ねー、舘野-。静井はー?
ミチコ(舘野美智子):あー、仮眠取ってたから起こしたんだが…また寝てるかもな。
アイミ:もー。静井ったらー…。
ナツ:アイミさん!起こしに行きましょ!
アイミ:うん。
―――――休憩室―――――
アイミ:静井ー。もう会議はじまってんだけどー。
マドカ(静井麻土華):もうちょっとだけ寝かして…。
アイミ:みんな待ってるし五分過ぎてるよ!
ナツ、ソファーで仮眠をとるマドカの横に立ち、謎のポーズをキメる。
ナツ:俺、静井丸タクオ!略したらー?
アイミ:シズタクー!
マドカ:うるさいよ起きればいいんでしょ起きれば!…!
マドカ、時間差で噴き出す。
そして、会議室にマドカを引き連れたアイミたちが戻ってくる。
ナツ:シズタクさんにはカカオビターな睡眠時間で済ませてもらいました。
マドカ:もう笑わせないで。…てかその「山地直葬」ってなに?すっごい当て字…噴きそう…。
ミチコ:魔物を山に埋めるってことだよなあ…。思った以上にヤ●ザだな。
ベニコ:そうです。
ミチコ:おい!そこは否定してくれよ…。
ベニコ:もっと詳しく説明しますと…。
ベニコ、ミチコとマドカに「山地直葬」の説明をする。アイミの見立て通り、二人とも猛反対をするのかと思いきや…。
マドカ:何それウケる!…んだけど実際、一番効率よさそうっていうのがもうね…。
ミチコ:ベニコ、ナツコ。…いいぞ!ドンドン埋めちまえ!
アイミ:ねえ舘野ー!静井ー!あんたら本気ー?
ミチコ:じゃあ他にどうしろってんだ?不法占拠してる魔物連中なんだからこんぐらいで丁度いいだろ。
マドカ:そうだよ!ここにいるようなのは居なくなっても誰も気にしないような連中だから大丈夫だって!
ベニコ:ここ、下界だったら間違いなくブラック企業だな…
ミノリ:ベニちゃん!メタ発言乙!
ナツ:そうだよ(便乗)
ベニコ:谷田貝お前に突っ込まれたくねーよ