第2話「ソシノダンススクール」
ダンススクールの生徒達二人がLRAの外ガラスのマジックミラーで練習していた。その二人は一通り練習を終えると、なんとLRAに来店。
その二人、熊倉と寺内に話を聞いてみたら鏡が鏡の役割を果たしていないやらレッスン室の扉もドアノブが取れる、天井から冷気や音が漏れるなどなど問題だらけとのことで…。
そして、春のリルモンテ。街内には新しい環境に胸を躍らせる、ないしは不安や疲れを抱えている人々が行き交っていた。
と、ヒップホップなファッションをしたストリート系女子が二人、LRAのオフィスのガラス越しにこちらを見て立ち止まり、カバンを下ろし何かを探し始めた。
ベニコ(末柄紅子):…ん?
ナツ(谷田貝夏):お。なんか始めんのかな。
怪訝そうにガラスの向こうの女子二人を見るベニコとナツにスワジュンが話しかける。
スワジュン(諏訪順子):おい。末柄、谷田貝。サボんなー。
ベニコ:あ、えーと…あの子らなにしてんのかなーって…。
スワジュン:ん?…ああ、向かいのダンススクールの生徒だろうよ。たぶん練習場所がないからそこでやろうとしてんだろ。
ベニコ:わざわざここで…。
スワジュン:大きい鏡のある場所って意外とないからなー…つってもマジックミラーだからこっちから丸見えなんだよな。てかあんたらもあそこで髪型直したりしてんだろ?丸見えだぞ。
ベニコ・ナツ:!…そういえば!!
スワジュン:おいおい…気づかなかったのかよ…。あ、そうだ。末柄。
ベニコ:はい。
スワジュン:先週の木曜の夕方そこでコンタクト直してたろ。あんな埃っぽいとこでメンタマいじってたら結膜炎になんぞ。やめとけ。
ベニコ:すみません…。
ナツ:スワジュン先輩!ベニコ!ホントにここでやるっぽいっすよ~
ベニコ:あ。
スワジュン:お。
窓の向こうのヒップホップ女子二人は、大きなバッグからラジカセを取り出しセッティングを始めた。
スワジュン:おっぱじめるみたいだな…。
ベニコ:これ完全に気づいてないですよね…。
ベニコたちの会話に面白そうな匂いを嗅ぎつけた常務のアイミがやってくる。
アイミ(安良岡愛美):なになにー?なんか面白そうなこと話してんじゃーん。
ナツ:アイミさん!ストリート系のファッションした女子がうちのマジックミラー使ってダンスの練習始めるみたいです。
アイミ:みんなこっちからガッツリ見られてることに気づかないんだよねー。友達と自撮りしてるJKとか生え際気にしてる男の人とか結構見るし。
ベニコ:生え際…。
アイミ:生え際男子の悲壮感あふれる表情に静井がツボってレモンティー噴いてたよ。
ベニコ:沸点低いなあ…。
アイミ:そういえばスーちゃん。前そこでコンタクトいじってたでしょ?ちゃんとしたところでやんなきゃだめでしょー。
ベニコ:あ、はい…。
ナツ:(同じことを二度ツッコまれる末柄紅子であった。)
…と、そこに曲が流れ始める。巷で噂となっていそうな、ブリキがダンスするようなガチャガチャとしたロックミュージックにあわせて女子二人が踊り出す。
ベニコ:あ、これ…。
ナツ:世代ですな。
アイミ:え?ホントに踊るの?
ミノリ(大出実乃里):なんか始まった!
マドカ(静井麻土華):え!すごい!
ガラスの向こうの女子二人が踊り出し、LRAのメンツは食い入るように彼女らを見る。そして、いつの間にか曲に合わせて手拍子やらでノリはじめていた。…こんなにノっていてもマジックミラーになっている関係上、彼女らは全く気付かないのだが。
そして、そのあとも彼女らは数曲練習し、20分ほど後にはラジカセをしまいどこかに行ってしまった。…と思いきや。
ストリート系女子A:こんにちはー。ちょっといいですかー?
ナツ:わ!入ってきた!…じゃなかった。いらっしゃいませー。
ベニコ:(え?お客さんだったの!?つーか何の用事?)
なんと、彼女らがLRAの正面から入店してきたのだ。
ストリート系女子B:ねえリョウー、やっぱやめようよー。校長の許可もらってからの方がいいってー…。
ストリート系女子A:実はなんですけどー、うちのダンススクールめちゃくちゃボロくて…その…なんていうか…やる気出ないていうか…。
スワジュン:…ほう。どんなところに支障が出てますか。
ストリート系女子A:ミラーが古すぎてぼやけた像しか映らないし、天井が穴だらけで冷房も暖房も効いてるのかどうかわからないし、そもそもレッスン室のドアも取っ手がゆるくてたまに外れるし…。
スワジュン:なるほど。学校側では直してくれないのですか?
ス系A:私も校長先生に何回も言ってるんですけど…。先生たちへの月謝とインフラだけで手一杯らしくて…
ベニコ:(どーでもいいけど「ス系A」って略しすぎじゃね?)
スワジュン:学校経営も厳しい時代ですからね。仕方がないことも多いでしょう。…レッスン室のミラーは金属鏡ですか?
ス系A:割れないようにステンレスのミラーを付けたって言ってました。
スワジュン:…よし。わかりました。フルネームと連絡先教えてもらっていい?
ス系A:熊倉嶺です。…山の下に領土の領です。ケー番は…です。
ス系B:お寺の内側、自由で美しいで寺内由美です。番号は…。
スワジュン、熊倉と寺内の連絡先をメモし二人に自分の名刺を渡す。
熊倉:じゅんこさん・・・
スワジュン:それで「よりこ」って読むんだ。
熊倉・寺内:苗字は何て読むんですか?
スワジュン:…
スワジュン:そもそもこの名前「すわ」以外に読み方ある?
熊倉・寺内:あー…!すわさんて読むんだー!
スワジュン:(マジかよ…「諏訪」が読めないのか…)
スワジュン、心の中で頭を抱え込む。
スワジュン:まあ、その、あれだ。…できる限り頑張ってみます。
熊倉:ホントですか!やったー!ありがとうございます!
ベニコ:スワジュンさん、どうみても生徒の暴走っぽいですけど…できるんですか?
スワジュン:まあ、策はある。
ナツ:さすがスワジュン先輩…!男前…!
そして、翌週月曜日の朝。LRAからほど近いソシノダンススクールにはスワジュン、ベニコ、ナツの三人の姿があった。
熊倉:あー…!
寺内:あー…!
寺内:(ねねねね…!ほら、あの…苗字難しい人…!)
熊倉:(黒金半分こツートンのイケメン女子さん名前なんて読むんだっけ?)
熊倉と寺内、お互い見つめ合ったままアタフタし始める。
スワジュン:「すわ」だよ「すわ」!
熊倉・寺内:すわさーん!じゅんこさーん!待ってましたー!
スワジュン:「よりこ」だ!!待ってた人間の名前の読み方くらい覚えなって!社会に出たらもっと難しい苗字や覚えにくい会社の名前なんてごまんとあるんだからさ…。…つーか信州の諏訪とか知らんの?
熊倉:うーん興味ないかな…って。
スワジュン:一般教養だ。興味の範囲じゃないから。
寺内:牛にひかれて善光寺!の信州ですよね?
スワジュン:善光寺知ってて諏訪知んねーのっておかしいから。逆ならまだわかるけどさ・・・。
ナツ:だが、それを進化の過程として歓迎する者もいた。
熊倉・寺内:あ!なっちゃん先輩だ!
スワジュン:進化かそれ?つーかいつの間にこの子らと仲良くなったんだ…。
ナツ:スワジュン先輩、忘れ物です。
スワジュン:え、ああ、わりいな。ありがとう。
ベニコ:しっかしほぼ無予算の案件なのによくゴーサイン出ましたね…。
スワジュン:簡単簡単。末柄、谷田貝。今日はお前らの新人研修だ。その新人研修の場をソシノダンススクールさんが提供してくださると。そういう流れ。
ベニコ:なるほど…。その手がありましたか…。
スワジュン:さて、もうじき約束の時間だ。行くぞー。
―――――ソシノダンススクール 職員室前―――――
スワジュン、ドアをノックする。
スワジュン:失礼しまーす。
???:おお、お待ちしてました。今日はお世話になります。ささ、こちらへ。
LRA一行、熊倉と寺内、応接スペースに通され名刺交換が始まる。
???:あ、申し遅れました。わたくし、当スクールの校長をしております曽篠政彦と申します。
スワジュン:リルモンテ・リノベーション・アライアンス、諏訪順子と申します。
ベニコ:同じく末柄紅子です。
ナツ:谷田貝夏でございます。
スワジュン:早速なんですが、貴校の熊倉嶺様、寺内由美様から頂いた情報によりますと…。
スワジュン、熊倉と寺内から寄せられた情報を整理し始める。
曽篠校長:あー…そんな情報まで…お恥ずかしい…。
スワジュン:今回は弊社の社員教育を兼ね、特別にソシノダンススクール様へご奉仕できる運びとなりまして。
曽篠校長:ええ。もちろんです。ここは学校ですし、ご縁のありましたLRAさんの新人さんのご教育にも役立てるとあらば教育者として本望です。
スワジュン:恐縮です。こちらこそ新人二人ともどもお世話になります。…それで、早速なんですが、現場検証に移らせていただいてもいいですか。
曽篠校長:ええ。ご案内いたしますね。
曽篠校長、スワジュン達LRA一行をレッスン室に案内する。
スワジュン:…これがよくもげるドアノブですね。
曽篠校長:ええ。…早速もげてしまいました。
ベニコ:(あの二人もそうだがホントこの学校シュールだな)
スワジュン:よーし…谷田貝。
ナツ:はい。
スワジュンはナツを指名すると、荷物の中から頭陀袋を取り出す。その中には、程度の良い中古品のドアノブが大量に入っていた。少々の補修の際に使うために保管しておいたものだ。
スワジュン:ドアノブが色々ある。今嵌まってるヤツを外して、合うヤツを自分で探して取り付けて。
ナツ:はい!
スワジュン:んーで、末柄は…と。
ベニコ:はい。
スワジュン:脚立とブルーシート持ってきて。
ベニコ:持ってきます。
そして、脚立とブルーシートを持ってベニコが戻ってきた。
ナツ:あ!ベニコ!ドアノブ付いたよー!
ベニコ:お、やるじゃん。
スワジュン:おーし。マスクとメットしてあそこの点検口から天井裏覗いてみるぞ。まず末柄から。
ベニコ:はーい。
ベニコがブルーシートで養生された床に立つ脚立に登り、点検口から天井裏を覗く。そこには天井材に等間隔に開けられた穴からレッスン室の光が漏れてくる空間が広がっていた。分厚く積もった埃の厚みは、そのままソシノダンススクールの歴史の長さなのだろう。…と、ベニコがあることに気づく。
ベニコ:これ見てくれは吸音ボードっぽいですけど、吸音ボードっぽく等間隔の穴が開いてるだけのただの合板ですね。
スワジュン:ご名答。次は谷田貝。
ナツ:はい!
脚立からベニコが降り、ナツが脚立を上り天井裏を覗く。すると、ナツは何かカウントをはじめた。
ナツ:一つ……二つ………あれは違うな…
スワジュン:何カウントしてんだ?
ナツ:ゴキブリの死骸です!
スワジュン:んなもんカウントしなくていい!
ナツ:あ!半分だけのやつもいます!
スワジュン:新人研修だぞ。まじめにやれ。…あ、そうだ。末柄。掃除機と断熱材持ってくるから一緒に来てくれ。
ベニコ:はい。
そして、スワジュンとベニコが掃除機と断熱材を持って戻ってくる。掃除機は天井裏の埃を除去するために使うのはもちろんだが、いくら新人研修とはいえ断熱材までソシノダンススクールに奉仕するのはいくら何でも大盤振舞いすぎるだろう。ベニコもどうやら同じことを思ったらしく…。
ベニコ:スワジュンさん。断熱材まで振る舞って、ちょっとサービス良すぎないですか?
スワジュン:先週他の現場でリビングと台所の間の壁を壊したんだが、その壊した壁に入ってた断熱材がこれだ。
ベニコ:あー。なるほど…。
ベニコとナツがこうして新人研修をこなしている間、スワジュンは指導役にのみ徹していたわけではない。それは、熊倉と寺内はじめ、このレッスン室を使う生徒達の「金属鏡がくすんでぼけた像しか映らず使いづらい」という問題の解決だ。これは金属鏡であることが幸いし、スワジュンによるバフ掛けの鏡面仕上げによって鏡は大幅にその透明度を取り戻していた。
スワジュン:あー…こんだけの面積をバフ掛けするってきっつ…。
と、こぼしながらもバフ掛けが終わったようである。
スワジュン:こっち終わったぞー。末柄ー、谷田貝ー、天井裏の断熱材は敷き終わったかー?
ベニコ:今、最後の隅っこ部分の浮いてる部分を角材で押し込んでます。
ナツ:谷田貝、今終わりましたー!
ベニコ:こっちも終わりましたー。
スワジュンが脚立に乗り、天井裏の様子を見る。
スワジュン:おし……合格!
ベニコ・ナツ:やったー!
スワジュンが脚立から降り、ついで、天井裏にいたベニコとナツも降りてくる。…と、そこに熊倉と寺内が様子を見にやってきた。
熊倉:すわさーん。
スワジュン:おう。どした?
寺内:なんで魔界が舞台なのに魔法使わないんですかー?
熊倉:そうですよー。超つまんないですー。
スワジュン:うるせえな。モブのくせにメタ発言してくんじゃねえ。
ベニコ:スワジュンさん。この二人お客さんですよ。
スワジュン:…わりい。ただメタ発言はやっぱ許せん。
ベニコ:気持ちはわかりますけど…。
スワジュンはまさかの斜め上なクライアントの発言に若干達成感をそがれながらも、ベニコとナツの新人研修を兼ねたソシノダンススクールのリノベーション作業は何事もなく終了した。と、そこに曽篠校長もやってきたようだ。
曽篠校長:おおおお!鏡がこんなにきれいに!あ、そういえばドアノブもしっかりくっついてました!本当になんとお礼を申し上げればいいのか…。
スワジュン:いえいえ。こちらこそ、新人研修の場をご提供いただきありがとうございます。
曽篠校長:いえいえ。ホントに今日はありがとうございました。またなにか直すところがありましたら、今度はきちんとLRAさんにお願いしたいと思います。
スワジュン:恐れ入ります。
そして、数日後…。
アイミ:スワジュンちゃーん。お手紙ー。ダンススクールの曽篠さんからー。
スワジュン:あ、はい。
――――――――――――――――――――
リルモンテ・リノベーション・アライアンス 開発部 御中
諏訪順子 様
末柄紅子 様
谷田貝夏 様
葉桜も新緑から夏の緑に移り変わる今日この頃、いかがお過ごしでしょうか。
先日はお忙しい中、弊校の改修を快く引き受けていただき、誠にありがとうございました。
ほんの気持ちばかりのものですが、ご査収いただければ幸いです。
ソシノダンススクール 校長
曽篠 政彦
――――――――――――――――――――
手紙の末尾には、熊倉と寺内がそれぞれ直筆したと思われる追伸も書かれていた。
ベニコ:なんというか、…嬉しいですよね。
スワジュン:な。
ナツ:こういうの弱いんだ。
ナツ、なぜか目に涙を浮かべている。
スワジュン:泣くなよ!お前マスカラ濃いからパンダになっちまうぞ。
アイミ:あ、みんなー!と、いうわけで校長の曽篠さんからお土産が届いてまーす!なんと…。
ミチコ:海月庵のデーツ最中!お互い近所だから気使ってあっちまで行ったんだな…。
アイミ:ロアデーツの和菓子屋さんの最中でしたー!舘野ー。
ミチコ:なんだ。
アイミ:和菓子屋さんってロアデーツにはいっぱいあるのー?
ミチコ:ああ。たらふくあるぞ。したっけれハマったら丸くなるかもなー。
アイミ:もー!そういう言い方しないのー。気になるでしょー!
ミノリ:あ、ねーねー、ベニちゃん。
ミノリがパンダ目になりつつあるナツを見て何かを思い出したようだ。
ベニコ:はい。
ミノリ:外のマジックミラーでコンタクト直すの、やめといたほうがいいと思うよー。
ベニコ:あ…はい…。
ナツ:二度あることは三度あるぞ末柄
ベニコ:やかましいわ涙腺タレパ●ダ