第1話「末柄ビル5階」
主人公・ベニコの自宅。なんとベニコは大学生時代にビルの一室をリノベし、自宅としていたのだった。
そして、時は4月。年度替わり初日のこの日はもちろん、新入社員たちにとっては初出社の日でもあった。朝の出社ラッシュを迎えたリルモンテの街、リルモンテ・リノベーション・アライアンス(LRA)最寄りのバス停にはベニコとナツの姿があった。
ベニコ(末柄紅子):んでさー、四月一日からってのも珍しいよね。
ナツ(谷田貝夏):まー、きょう平日だし。
ベニコ:あー。一日が日曜ならよかったのになー。
ナツ:何を言う。
ベニコ:だって月の変わり目からいきなり社会人ってのもさー…ちょっとインターバルみたいな感じで休みたいじゃん。
ナツ:一日が土曜なら二日も休めて三日まで延ばせるぞ。
ベニコ:ぶっ…。ナツってそういうところは頭の回転早いよなー…。
ちなみにLRAの入居するビル「リラジト」もリノベーション物件であり、もともとは一棟丸々空きビルだったものを舘野はじめLRAの上役たちがツテを使いつつリノベーション。1階の大通り側には、副社長の静井がマルシェイベントでナンパしてきた出店者と一緒にリノベーションし開業したカフェがある…という地域系や地方都市中心部に「あるある」な物件の一つであった。
…と、そんな魔界感ゼロな話をしている間にベニコとナツがオフィスに到着したようだ。
ベニコ:おはようございますー。
ナツ:はざまーす。
ミチコ(舘野美智子):お、来たか。ようこそLRAへ。…みんなー。新入りが来たぞー。自己紹介タイムー。…んじゃ、末柄さんからー。
ベニコ:(え?いきなり?)…末柄紅子と申します。首都の哲学大出身で、今住んでる自宅は叔父が持ってるビルの五階を自分でリノベしました。趣味は昭和レトロなものを集めること、えーっと…好きなお酒はギンミヤ焼酎で、ロックで飲むのが好きです。よろしくお願いします。
ナツ:谷田貝夏です!ロアデーツ魔道科高校を出た後、デザイン系の専門学校に進学してフリーターを二年間やってましたが、ぶっ飛んだ正社員になりたくなったので御社でお世話になることにしました!ちなみに末柄とは中高全部同じクラスの腐れ縁でした!よろしく!お願いします!!
ミチコ:末柄さん…もう身内だからベニコでいいよね。ベニコには開発部に入ってもらいます。んじゃ、開発部ー、スワジュンからー。
スワジュン(諏訪順子):(噂には聞いてたがすげえ強烈な奴らだな…)あ、諏訪です。よろしく。教育担当なんで色々聞いてくれな。
ミノリ(大出実乃里):大出の片方、大出実乃里です!ベニちゃん!なっちゃん!ふたりともよろしくねー!
スワジュンは長いサラサラヘアーの向かって右半分が金髪、左半分が黒髪の縦半分ツートンの姉御肌な雰囲気の人物だ。スワジュンと呼ばれてはいるものの、本人は名乗ってないが下の名は「じゅんこ」ではなく「よりこ」と読む。
そして、ミノリは黒のメッシュがところどころに入る赤いボブヘアー。服装は他のLRA社員から「厨二コーデ」や「会社勤めのヴァンパイア」と呼ばれている黒を基調にところどころ赤が差し色で入るオフィスカジュアル。
アイミ:スーちゃん!なっちゃん!ようこそLRAへ!改めまして、常務兼監査で開発部リーダーの安良岡愛美です!よろしくねー。
そして、先日の最終面接という名のトラップの仕掛人で開発部リーダーのアイミ。「カラスの濡れ羽色」という形容がしっくりくるような長い髪の妖艶な美人だが、その実は雑食系なヌルヲタ。見た目で人を判断してはいけないという戒めがこうも当てはまる人物も少ないだろう。
ミチコ:んで、ナツコ。
ナツ:余計な子がついてますがだいじですか?
ミチコ:ナツ、だけだと据わりが悪い。リノベ会社なんだから据わりが悪い存在をほったらかすわけにいかんだろ。
ベニコ:(そもそも谷田貝の据わりなんてあってないようなモンですけどそれは…)
ミチコ:んで、設計部。こっちはナツコに入ってもらう。んじゃ、サキからー。
サキ(大出咲):もう片方の大出、こと大出咲ですー。ちなみにミノリとは苗字がかぶってるだけで姉妹でも双子でも何でもないです。よろしくー。
マドカ(静井麻土華):改めまして、副社長の静井麻土華です。選考突破お疲れさまでした。そして、おめでとう!ようこそLRAへ!今年の新入社員二人にはめちゃくちゃ期待してます!
そして、設計部のもう片方の大出ことサキ。ネコミミがトレードマークのスーパー製図ガールで、彼女のつくる図面は「C_Dより見やすい」と評判。副社長のマドカは深いブルーのショートヘア。彼女もどことなく近寄りがたい美人ではあるものの、笑いの沸点が低くよくわからないところで延々とツボっていたりとこちらも一筋縄ではいかない人物。ちなみにガーデナーでもあり、園芸部長なる通称もある。
ミチコ:あ、ちなみに今紹介した通り正式な部署名は開発部と設計部だけど、それぞれのリーダーの頭文字をとって”Y班”と”S班”っていうのが普段使いの名前なんでよろしく。…んでさ、ベニコ。
ベニコ:はい。
ミチコ:うちの社員ミーティングで大多数が視察に行きたいって挙げたところがあるんだが。
ベニコ:え?どこですか?
ミチコ:末柄ビル。
ベニコ:…え?
末柄ビル、その名から読者の大多数の方には見当がつくと思うが、ベニコの自宅のあるビルの名である。…といっても、彼女の実家ではなく、叔父の敬三が持っているビルの5階をベニコが借り、学生時代にセルフリノベしたものである。
なお、このビルはもともとベニコの祖父が経営していた洋品店が一階にあり、二階から四階は貸しテナントが入居していた。しかし、都市のスプロール化によって入居していたテナントが徐々に撤退、そしてベニコの祖父も跡継ぎのいない洋品店を廃業し、その数年後に他界。その後、叔父の敬三が相続したものの、ベニコが手を入れるまではずっと放置されていた。
ベニコ:うちですか?
ミチコ:ん。履歴書の自己PRであんだけ書かれてたらそりゃ気になるぞ。
ナツ:いいですよ!是非来てください。
ベニコ:お前んちじゃねーよ。私の家だっての。…どうぞ。
ミチコ:よし。全社員に告ぐ!家主の許可が取れたので午前いっぱいで巻きで仕事片づけて。午後は末柄ビル視察!
一同:はーい!
アイミ:舘野ー、留守番はどーするー?
ベニコ:谷田貝置いてってください。
ナツ:照れてる照れてる
ベニコ:ちげーよ
―――――(その日の午後、末柄ビル前)―――――
ミチコ:おお。ここか。六十年代っぽい感じのいい雰囲気のビルだな。
アイミ:あー!ここ洋品屋さん…末柄洋品店ってあったよね?スーちゃんちだったの?
ベニコ:そうです。祖父が経営してました。
アイミ:小学生のころ赤白帽買いに来たことあるー!懐かしいー!
ナツ:何回かうま●棒買い占めてました
ベニコ:やってたなそんな迷惑行為。爺ちゃん超迷惑してたぞ。
ナツ:大口取引先なのに…!
ベニコ:他の子が買えなくなっちゃうだろ。
ミチコ:洋品屋なのにうま●棒置いてたのか?
ベニコ:児童生徒が主要顧客でしたし、来店してくれる子どもに喜んでほしかったんだと思います。…そういえば、結局マドカさんとスワジュンさんに留守番してもらっちゃいましたね…。
ミチコ:上役三人はこういう時ローテーションで留守番してる。この間は安良岡だったから、今回は静井で次は私。つーかスワジュンはこういう時に真っ先に買って出るんだよ。男気あるんだあの娘。
ベニコ:かっこいい…。…んじゃ、中入りますか?
ベニコは店舗部分だったところの向かって左の隅にある階段ホールの玄関、昭和中期頃の針金入りのすりガラスがはまった鉄枠のドアを開ける。そして、LRAの一行はベニコに率いられる形で五階まで階段を上る。
ミノリ:雰囲気あるねー。エントランスの20Wの蛍光灯三発入ってるカットガラス風のセードの照明いいよね。
サキ:わかるー。あれの中身電球色のLEDに換装したら絶対かっこいい。
アイミ:わかるー!カットガラスだと光にも抑揚付くからいいよねー…!
ベニコ:(さすがリノベ屋…まあ、私もその一員になったわけだけど。)
そんなことをダベりながら、ベニコたちは五階へと到着したようである。
ベニコ:んじゃ、開けますー(散らかる前でよかったー…)。
ワクワクテカテカ…これはネットスラングだが、ベニコ以外のLRA一行はまさにこんな表情でベニコがセルフリノベした物件を待ち望んでいた。そして、「団地の玄関ドア」の通称でおなじみの鉄扉がベニコによって開けられる。
つづいて、ベニコが鉄扉のすぐ内側にあるトグルスイッチを入れる。…そこに広がっていたのはベージュ色の壁に天井を抜いた配管むき出しのブルックリンスタイル、リビングの天井の中央には小ぶりなシャンデリア、そこから放射状に電球色に輝くH型器具の蛍光灯が六つ下げられていた。
さらに、窓際にはカウンターのような長テーブルが設けられ、リルモンテの大通りを五階から見下ろしながらお茶することもできる。
ミチコ:おー…これホントに学生のころにやったのか?
アイミ:わー!スーちゃん頑張ってるー!!すごーい!!!!!
ナツ:ほほう。上出来じゃないか末柄君。
ミノリ:即戦力じゃん!うちに来てくれてありがとう!
ベニコ:雑誌見たりネサフしたりして参考にしました。…谷田貝ちょっと黙ってろ。
一行は室内をなめ回すように見学しながらリビングへと進む。
ベニコ:中央のソファーへどうぞ。お茶入れますねー。
アイミ:ありがとー。
ミノリ:失礼しまーす。
一行はリビング中央に置かれたファブリック地のソファーに腰掛ける。そして、ベニコはお茶の準備をし、一行に振る舞う。…と、突然ミチコがベニコとナツに話題を振り始める。
ミチコ:んーで、ベニコ。ナツコ。リルモンテ辺境伯は知ってるか?
ベニコ:ええ、もちろん。
ナツ:リルモンテ市のドン、ですよね?
ミチコ:あのおじちゃんのアレな功績の数々はいろんな人から見聞きしてると思うが…。リルモンテをリノベーションで立て直すなら、まずあのおじちゃんをどうにかしないとなんだよな。
ベニコ:いいんですか?うちリルモンテの会社なのにそんなこと言っちゃって…。
ミチコ:うちは出自的にはロアデーツの会社だが。時野谷っていう企業グループ知ってる?
ベニコ:…時野谷財閥ですか?ロアデーツの大御所ですよね?
ミチコ:あれ私の実家。
ベニコ:!?…え、でも社長て時野谷さんじゃなくないですか…?
ミチコ:舘野は私の旦那の名字。旧姓は時野谷で、時野谷美智子。たまに名簿で枠から見切れてるフルネーム六文字。
ベニコ:特に学校の名簿だとハミ出がちですよね…。
ナツ:なんでまたリルモンテにオフィス構えたんですか?それならロアデーツの方が都合よくないですか?
ベニコ:(ナツもたまにはいい質問するな)
ミチコ:うちは私と静井・安良岡の三人で立ち上げて時野谷本社に親会社になってもらったんだ。んで静井と安良岡の二人はリルモンテの出身だし、私もリルモンテはわからなくはないからここにしようってなったわけ。それに、本社もリノベ関係のことやってる部署はなくはないから自社競合になってもしょうがないし。
ナツ:へー…。時野谷財閥ってすごいんですか?
ベニコ:なんだよそのもっさりした質問…業界研究してねーんか…。
ミチコ:ベニコ、うちが時野谷系列だってこと知らなかったアンタが言えることじゃないぞ。
ベニコ:すみません…。
ミチコ:…フィダーチャだと結構顔がきく存在だが、州境跨いでシャム=ケに来ちゃうと途端に知名度落ちるんだよなあ…。
ナツ:LRAを足掛かりにシャム=ケ進出すればいいじゃないですか!
ミチコ:ナツコって意外と痛いトコついてくるな
ベニコ:遠慮がないだけです
ナツ:そういえばさ、なんかブーンて音しません?
ミチコ:ん?
ベニコ:?
ベニコたち、耳を澄ます。
ナツ:古ビルや 安定器うなる 蛍光灯
ベニコ:芭蕉か。
ナツ:爆ぜて散るのは PCBか
ベニコ:下の句!継がなくていい!ていうかこの蛍光灯もうLED専用器具に直してあるし、元からPCB入ってねーよ!
ナツ:ふーん。そっか。
ベニコ:うん、まあ。だってそこは大切でしょ。
ちなみに、これはあくまで魔界の物語。下界の皆さんは自分で違法な電気工事をせずに、電気工事士に依頼することを重ね重ね申し上げたい。
ナツ:お!栗原が日和って保身に走ったぞ!
ベニコ:唐突にメタ発言すんじゃねーよ。
ミチコ:安定器抜いてんのか。んじゃ、この音一体なんなんだ?
ベニコ:なんですかね…?
ミノリ:…この音だと…お風呂場かなんかの換気扇だと思う。グリスが抜けちゃうと途端にうるさくなるヤツあるよね。
ベニコ:あー…ちょっと見てきます。
ベニコは換気扇の様子を見に浴室へと向かう。浴室の折れ戸を開けたその瞬間…!
/ブォウォウォウォウォウォウォウォウォ\
/ブォウォウォウォウォウォウォウォウォ\
ベニコ:うっさ!なんだこれ!朝は何ともなかったのに!
アイミ:あー!これ多分ベアリングがヘタっちゃって中心がブレブレになっちゃってるねー。
ミノリ:モーター交換する?…いや、アッシーで換気扇ごと替えちゃった方がいいかも。
ナツ:メッシーしてくれたら谷田貝がやりますよ!
ベニコ:自分でやれるからいいよ。つーかそのアッシーじゃねーからそれ。アッセンブリの略だって。
ベニコ、不本意な気持ちを抱えつつ換気扇のスイッチを落とす。
ミチコ:それにしてもカウンター席の眺めいいな。夜景結構綺麗なんじゃないか?
ベニコ:周りも空洞化が進んでるので言うほどキラキラしてないんですよね。…ただ、冬場は星が綺麗でギンミヤ飲みながら星を眺めるのも素敵です。
ミチコ:ん。いーじゃん。
ベニコ:五階なので街灯の光もそこまで妨げになんないんですよ。
ミチコ:だろうな。
アイミ:スーちゃん家落ち着くー。素敵ー。
ミノリ:事例としても素敵ですし、クライアントへの提案にも活用できそうですね!
ナツ:魔界が舞台のラノベとは思えないセリフ回しの数々。
ベニコ:やかましい
ミチコ:おし、そろそろ帰社するか。みんなー。そろそろ帰るぞー。…ベニコ、今日はいきなりだったのにホントありがとな。
ベニコ:いえいえ!まさかここまで褒めてもらえるとは思ってなかったので正直背中がむず痒いです…。
そして、LRA一行はオフィスへと戻る。
ミチコ:戻ったぞー。
ナツ:アイゥビーバッ!
ベニコ:それだと「これから戻る」ってニュアンスだぞ。あ、戻りました。
マドカ:みんなお帰りー。スーさんちどうだったー?
アイミ:ブルックリンスタイルを巧みに取り入れたいい物件だったよー!真ん中にシャンデリア吊って、電球色の球付けた吊り蛍光灯を放射状に取り付けてるところとか諸々素敵だったー!
ミノリ:エントランスはありそうで意外とない感じの六十年代スタイルな感じでしたー。竣工年そのくらいでもリフォームしちゃってる所が多いからああいう雰囲気って意外と残ってないんですよねー。
マドカ:え!それ絶対いいやつじゃん!見に行きたかった…。
ベニコ:都合付けばいつでも見に来ていいですよー。
マドカ:行きたい!今度よろしく!
こうして、ベニコとナツの社会人生活は始まりを迎えたのだ。彼女らの戦いは、まさに、これからなのだ…!
ナツ:おい!打ち切りかよ!
ベニコ:世の中に自分の厨二ぶちまけたい奴なんだから打ち切ろうとしても勝手に続けるだろ。ややこしい〆なのには違いないけどさ…。