序章「わが社に合法的にインパクトを与えてください」
魔界の首都から特急列車で一時間ほど北上した先にある街・リルモンテ。この街の朝焼けと夕焼けは赤黒く、日中の空はコバルトブルーというよりも薄い青紫のような妙な色彩を呈することで知られている。
3月も過ぎ去ろうとしていたこの日、首都から走ってきた特急列車がリルモンテの駅に着く。気だるそうな蒸気機関仕掛けの扉が開き、乗客たちが降りてくる。その中の一人に20代前半の女子…こんなことを言ってしまえばまるで現実世界のようで興ざめかもしれないが、まさに大学に通いながら就職活動をし、地元で内定を獲得した彼女が大学を卒業して地元に帰ってきた瞬間であった。
彼女の名は末柄紅子。そして、駅のエントランスホールではベニコを待ちわびていた同い年くらいの女子、いや同級生の姿があった。
??:おーい!スーベニ子!おつかれ!久しぶりー!
ベニコ(末柄紅子):だーからスーベニ子言うなって…。お土産じゃないんだから…ってナツ、相変わらず全然久しぶり感ないな……。
ナツ(谷田貝夏):腐れ縁だもんね!一時期ベニコとあたしに(ピー)疑惑出てたよ!
ベニコ:…は?
ベニコの幼馴染み、谷田貝夏――実は彼女もベニコと同じ会社に内定していた。彼女らは中学・高校の6年間全てを同じクラスで過ごした絵に描いたような腐れ縁同士であったが、その腐れ縁は成人した後も続くようであった。
ナツ:たまげたなぁ。
ベニコ:…それマジ?
ナツ:気にしない気にしない!とにかく、こんな話は立ち話じゃなんだから場所変えよっか。
ベニコ:人目をはばかる話題を吹っかけてきたのはどっちなんだか…。
ナツはここまでのベニコとのやり取りからもわかるように、とにもかくにも自由奔放である。…と、ベニコたちは駅から徒歩3分くらいの隠れ家的なカフェへと場所を移すこととした。
―――――(リルモンテ駅から徒歩3分の隠れ家的なカフェ)―――――
店員:いらっしゃいませ。2名様ですか?
ベニコ:あ、はい。
店員:素敵なワンピースですね。
ナツ:彼女、昭和レトロをこよなく愛するダウナー系女子ですから。
ベニコ:店員さん、私に話してるからね。ついでにそれ言ってるのナツだけだからね。
ナツ:間違ってないでしょ?
ベニコ:まあ…昭和レトロ好きだけど、どっちかっていうとナツがアッパーすぎるだけだよ…。
腐れ縁コントに店員の失笑を買いながら、ベニコたちはカフェの窓際席に案内される。
ベニコ:しっかし、まさか会社の最終選考でナツに出くわすとは思ってなかったなあ…。
ナツ:ああ、「我が社に合法的にインパクトを与えてください」のこと?
ベニコ:うん。それ。
ここで補足を加えようと思う。ナツのいう「我が社に合法的にインパクトを与えてください」とは、彼女たちが内定した会社“リルモンテ・リノベーション・アライアンス(LRA)”の最終選考の課題である。
実はこの最終選考に到達した時点で残っていたのはベニコとナツだけであり、この時点で社長の舘野、副社長の静井、常務兼監査の安良岡の三人はベニコとナツに内定を出すつもりでいた。
しかし、安良岡が「この二人すっごい面白いし、無茶ぶりしたらどんなことしてくれるか見てみたーい!」というふざけた提案をし始めたことから事は始まる。これに舘野と静井も悪ノリで応じ、出来たのが「最終選考」とは名ばかりの新入社員イジリ「我が社に合法的にインパクトを与えてください」だった。
その面接の様子はというと…。
―――――(半年前・最終選考会場)―――――
――――(ベニコの場合)――――
ベニコ、会場のドアをノックする。
静井:どうぞ。
ベニコ:失礼します。
そして、ベニコは面接会場に設えられたイスの横に立ち、着座を促される。…ここからしばらくは一般的な面接が続くが、いよいよ「わが社に合法的にインパクトを与えてください」のベニコの回答が始まるようだ。
ベニコ:そういうわけで、裏に「面接時まで絶対に開けないでください」と朱書きしてある封筒は届いてますか?
舘野:ええ、届いてますよ。…安良岡。
安良岡:はーい。これね。…末柄さん、これ結構分厚いけどなに入ってんのー?
安良岡、舘野に封筒を渡す。
ベニコ:お開けいただければ、御社に合法的にインパクトを与えることができます。
静井:えー?なになに?舘野ー。早く開けちゃってよー。
舘野:ん。
舘野は封筒を開封し、中身を引き上げる。そして出てきたものは…!
舘野:あっ…。
静井:…まじか!
安良岡:やられたー!
ベニコが会社に送った封筒の中身は、インパクトドライバーのカタログだった。
ベニコ:つまり、合法的にインパクト(ドライバーのカタログ)を与える、というわけです。あと、お仕事にも使えるものがいいかなと思いまして。
安良岡:念のため確認。これ合法?
舘野:インパクトドライバーのカタログを郵送することのどの辺に違法要素があるんだ
安良岡:うん。ない。
静井:そういえばミノリがそろそろインパクト更新したいって言ってたから渡しといていい?
舘野:ん。
安良岡:いいよー。
静井:ありがとね末柄さん。ありがたく頂戴します。
ベニコ:あ、はい!
――――(ナツの場合)――――
ナツ、会場のドアをノックする。
静井:どうぞ。
ナツ:失礼!します!
ナツは、なんと●来日記の我●由乃のコスプレ姿で会場に現れた。
舘野:ぬぉ!?
静井:でぇ!
安良岡:わー!元祖ヤンデレ!!!
舘野:…もしかして、安良岡。あんた元ネタ知ってんの?
安良岡:うん。だって有名だよ。ねえ静井。
静井:え、知らない。
安良岡:えっ…。
ナツ:どうですか!皆様のご反応から見て、御社に合法的にインパクトをお与えできたと思うのですが!
ナツ、舘野たちににじり寄る。
舘野:わかった!わかったから!近い!近いって出オチ女!!
静井:ごめん笑いが…。
静井はどうやら状況が面白すぎてツボにはまってしまったようだ。
舘野:おい!静井!笑ってる場合か!!
安良岡:採用!
舘野:なんでだよ!監査が「採用!」とかおかしいから!人事権持ってんの私!!
安良岡:ほら、あれ話してあげないと。
舘野:まだ早いって!
安良岡:もう雰囲気完全にぶっ壊れちゃってるしいいんじゃない?
舘野:まあ、そうだな…。と、いうわけで…谷田貝さん。控室に末柄さんがいるからちょっと呼んできてほしいんだけど。
ナツ:末柄さんって、もしかして末柄紅子ですか?
舘野:うん。…ってやっぱり知り合いか…。って、笑いすぎだから!!!
舘野、机に伏せたまま笑いを押し殺し続ける静井にツッコミを入れる。
ナツ:中高同級生で6年間全部同じクラスでした!
静井:え!クラスもずっと同じだったの!?ごめん…なんかまた笑いが…
ナツ:(ピー)疑惑まで出てました!
安良岡:そういうことは面接で言わないほうがいいと思うよ!…ちなみにどっちが(ピー)でどっちが(ピー)?
舘野:安良岡!面接中だ!面接中!
安良岡:もう面接の空気感には修正できないと思うけどね。
舘野:………。
ナツ:じゃ、呼びに行ってきます!
ナツ、コスプレ姿のままベニコを呼びに控室へ向かう。
――――(控室)――――
ナツ:失礼しまーす。
ベニコ:うっ…。
ナツ:末柄さんですよね?ね?ね!
ベニコ:ナツ?やっぱりナツなの?すっごい似てるとは思ってたけど…。
ナツ:久しぶりだなベニコ!とりあえず面接会場まで来てもらおうか。
ベニコ:やっぱりかあ…会社の面接に堂々とコスプレしてくるような(ピー)は谷田貝夏しかいないよ…
ナツ:おい。誰が(ピー)だおい。
ベニコとナツ、面接会場に戻る。
ナツ:失礼しまーす!末柄さん連れてきましたー。
舘野:お、来た来た。…カモン静井!
静井、奥の部屋からプラカードを持って入室する。
三人:ドッキリ!大成功!
静井:いぇーい!入社おめでとう!!
舘野:実はこの最終選考に残ってたの君たち二人だけだったし、二人ともその時点で内定決まってたんだよね。
安良岡:ただ、二人とも個性派で超面白い子だからどんなことしてくれるかが見たくて舘野と静井に頼んでドッキリ仕掛けました!ごめんね!
ベニコ:ええええええ!ホントですかー…。
ナツ:おー!!さすが魔界!ぶっ飛んでるっすねー!
ベニコ:内定早々メタ発言か。
舘野:最初は「最終選考を装ったドッキリとか安良岡のヤツ何考えてんだ…」としか思わなかったが…蓋を開けてみたら二人の個性がよーくわかる非常に有意義な会になった。まず末柄さん。
ベニコ:はい。
舘野:堅実に面接の作法に則ってて、「これインパクト与えられんのか?大丈夫か?」とちょっと心配してた。だがその実、作法バッチリでドヤ顔で小道具使った親父ギャグで乗り切るというよくよく考えたらかなりカオスな方法で突破した。これは非常に評価したい。
ベニコ:ありがとうございます!
舘野:そして、谷田貝さん。
ナツ:はい!…はい!
舘野:応募してきた履歴書の自己PR欄からして君は別格だった。「デザイン力には自信があります!とにかく、ぶっ飛んだ正社員になりたいです!」こんな文言思いつかないし、万が一に思いついても、そもそもフツーの就活生ならまず書けないしそんなもん書いた履歴書を会社に送りつけない。
ベニコ:ナツ、お前ホントに谷田貝夏だな。
ナツ:もちろん。
舘野:んーで、経歴を見たらデ魔高を出た後にデザイン系の専門学校に進学して、そのあとフリーターを二年間やったあとにあの自己PR欄の内容だろ…とりあえずその時に思いました。「こいつは絶対に取りたい」って。
舘野のいう「デ魔高」とは「ロアデーツ魔道科高等学校」の略で、ここリルモンテから約20キロ東にあるフィダーチャ州のロアデーツ市にある名門進学校のことだ。ここはいわばその地域のエリート校にあたり、生徒の大学進学率はほぼ100%で、「ほぼ」から漏れた生徒達数名も浪人生がほとんど。つまり、その意味でも谷田貝夏という存在は異質中の異質なのだ。
―――――(以上、ベニコとナツの回想)―――――
ベニコ:うん。アレだな。振り返ってみると猶のことブッ飛んでんな。
ナツ:だってさ、せっかく就職すんなら楽しい方がいーじゃん。
ベニコ:そりゃそうだけどさ…。今だからぶっちゃけるけどさ、ナツがコスプレ姿で呼びに来た時「あ、これ私谷田貝の巻き添え喰らって落とされたな」って本気で腹くくったから。
ナツ:そこまで言うか。
ベニコ:就活だぞ。グループワークで不出来なヤツや地雷が同じチームにいたら巻き添え喰らって落とされんのなんてフツーだから。
ナツ:いるよねーそういう迷惑なヤツ。
ベニコ:お前のことだっつーの。
ナツ:いーじゃん。もう受かったんだし。
ベニコ:まあな。
ナツ:よろしくね!
こうして、ベニコとナツは再び地元・リルモンテで腐れ縁を温めながら社会人への第一歩を踏み出したのである。
ナツ:…そろそろ出よっか。…お会計お願いしますー。
ベニコとナツ、レジへと移動する。
店員:お会計はご一緒で大丈夫ですか?
ナツ:あ、はい。領収書もお願いします。
店員:お宛名は?
ナツ:末広がりで大手柄の末と柄で末柄、紅色の子供で「末柄紅子」でお願いします。
ベニコ:待てコラ