本編1(仮)
異世界へと降り立って、勇斗がまず最初に感じたのは強い草木の香りだった。
次に、太陽の光の暖かさ。
老人と話していた空間にはなかったこのふたつの要素が、勇斗にここは異世界なのだと強烈に印象づける。
どうやら、いまは朝で、勇斗がいるのは森のなかのようだった。
人の手などまるで入っていない伸び放題の草木が、勇斗に祖父母の住む田舎を思い出させる。
左手には湖。右手には、木々の切れ間から町が見えた。
勇斗は町に向かおうとして、その足を踏み出そうとする。
(痛っ……!)
踏み出そうとして、勇斗は自分が素足であることに気づいた。
無造作に生えている足元の草が、勇斗の肌と擦れる。
自分の服装に違和感を覚えた勇斗が視線を下ろすと、彼が身につけているのはボロボロの衣服だった。
(これが勇者の初期装備ってことか?)
素足でこの森のなかを歩こうとすれば、痛みを伴うことだろう。
しかし、ここで永遠に立ち止まっているわけにもいかなかった。
勇斗は、意を決して町へと一歩を踏み出した。
――ザザッ。
そんな勇斗の後方から、物音が聞こえた。
鼻をつく獣じみた臭いに、勇斗は恐る恐る振り返る。
そこにいたのは、緑色の肌をした子供だった。
手にはナイフを持っており、友好的とは決して言えない雰囲気だ。
(追いはぎ……!? 山賊……!?)
いきなりの事態に混乱した勇斗だったが、神様から授けられた能力のことを思い出して気を取り直す。
能力をどう使えばよいかわからなかったので、勇斗はとりあえず手のひらを子供のほうに向けて念じてみることにした。
―――『存在改変』
その瞬間、勇斗の脳裏にふたつのメッセージが浮かんだ。
・対象のレベルは2です。使用者よりレベルが上の対象には、この効果は使用できません。
・この効果を使用するには、対象と接触している必要があります。
(なんだと……!?)
想像もしていなかった事態に、勇斗は狼狽えて硬直してしまう。
その隙をついて、緑色の子供は一気に勇斗に近づくと短剣を振るった。
後退ろうとした勇斗だったが、わき起こる恐怖に足を奪われ尻餅をついてしまう。
結果的に、それが勇斗を助けることになった。
人体の急所である首を狙って振るわれた短剣は、勇斗の予想外の挙動によって、勇斗の頬を掠める程度に留まっていた。
(い、嫌だ。こんなところで死にたくねえ!)
これまで明確な殺意など受けたこともなかった勇斗は、酷く狼狽していた。
立ち上がることも忘れ、尻餅をついた姿勢のままで後ろに下がろうとする。
そんな勇斗の醜い姿を見て、子供は笑っていた。
いやに不愉快なその笑い声に、相手には自分を逃がす気など毛頭ないのだと勇斗は実感する。
(は、反撃をしないと。なにか武器、武器は……!)
凶刃を煌めかせる子供から視線を反らす勇気は、勇斗にはなかった。
視線を正面に向けたまま、後ろについた手だけを左右に動かして、武器になりそうななにかを探す。
その指先に、硬い感触が当たった。
それは、石でできたナイフだった。
(どうして、こんなものが―――)
驚きつつも、勇斗はナイフを必死に握り込み、自分を鼓舞する。
刃の先端を相手へと向け、震える足に力を込め、心のなかで強く叫んだ。
―――『存在改変』