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1.栄光と挫折


昔から比べられることが多かった。

出来のいい妹は勉強も運動神経も愛嬌も容姿も全て私より上だった。

別に妹を憎んでいたわけでもないがあからさまな贔屓を受けて子供の時は辛かった。

かといってそれを恨むこともできず、もやもやした気持ちを18年抱えて生きてきた。


そんな邪な気持ちがいけなかったのかな。

私はいつの間にか死んでいて、そして新しい世界で生まれ変わっていた。



◇◆◇




「第20回レース・ノワエジュニア大会の優勝者は蓮城ツバキ!!」


紙吹雪が散るスタジアム。

見渡しても見渡しきれないような大きな会場に人がぎっしりと詰まっている光景に圧倒される。

私はその中央で体に合わない優勝トロフィーをテディベアを幼児が抱えるように持ち、微笑んだ。


――この世界はレース・ノワエというゲームで世界が回っている。

レース・ノワエというのはカードの名前でそのカードから仮想空間に行って戦う競技のことだ。

手持ちの手札のモンスターや魔法を具現化し相手のカードと戦い自身のHPを削り合い『戦闘不能』や『棄権』になったら負けだ。


そのゲームが強いだけで世界では敬われヒーロになれる。


まるでアニメみたいな世界で、魔法科学という言葉に私は心が踊った。

両親も教育に熱心でカードを私に買い与え、知識を与え必死に研究して、勉強した。



レース・ノワエは所持しているカードの強さは勿論戦略など頭の使うゲームだ。

勿論普通の子供ではない私はメキメキと力をつけて最年少のジュニアの世界チャンピオンになった。

父も母も私を褒めてくれ、私はこうして自分の自尊心を埋めることができた。


だが同時に私は焦燥を感じるようになった。


「すごいわ!ソウビは天才よ…!」


両親に弟が生まれたのだ。

弟は可愛い、だけれど前世の妹のように天然の才能があることは明白だった。

私とは違う、私には終わりがある。


『十で神童十五で才子二十過ぎれば只の人』


誰かがそう言っているのが聞こえた。

いや、自分の心の声だったのかもしれない。



…そんなことない『私は』そうじゃない…!!!

私は前世の私みたいに比べられる方の下じゃない!



そこから寝る時間も惜しんでレース・ノワエに打ち込んだ。

恐しい焦躁と不安に地に足がついていない感覚があり、その当時のことはあまり思い出せない。

震える手で朝までレース・ノワエの戦略をノートに書き留めたり、カードを育てるために1日に試合をいくつもこなした。

毎日毎日レース・ノワエのことだけを中心に考えて生活した。


試合に勝つたびに自分は天才だと

自分はレース・ノワエの才能があるのだと思い込ませて


――でも、私はやっぱりただの凡人だ。

強烈に自覚したのは11歳のチャンピオン戦だ。


「神楽咲レン選手!蓮城ツバキを追い込む―――がうまく避けカウンター!!

今回も優勝は蓮城ツバキだぁぁ!!!惜しいところだが女王の不敗は破れない!!!」


レース・ノワエ特有のHPを削られた感覚は思っている以上に疲労感が残る。

岩場のフィールドからデジタルな青い光が私を包み、現実世界に戻った。


肩で息をして生唾を飲み込んだ。

そんな私とは対照的に神楽咲レンという少年は悔しそうな顔をしつつも息は乱れていない。

どこかにヒビが入る音がした。


――これじゃあどっちが勝者か分からない…


悔しさで唇を噛み締めて血が滲むほど拳を握った。



実際私は飛び抜けた才能はない。

ただ子供の中に18歳の知能というアドバンテージがあっただけ。

いくら月日を与えられても年齢以上になることはない。


だけれどこの目の前の少年はちがう。非凡な私でだって――わかるのだ。

遠くない未来にこの少年は私を倒し本物のチャンピオンになる。


両親も私を見限り弟の教育に熱心になった。



――そうしてこれが私の最後の試合になった。



◇◆◇


最後の試合から5年経った。

高校生になった私は入学式が終わり、部活勧誘の花道ができている道を歩く。

だが校舎から校門までは長く、しかも生徒達でごった返しているため中々歩けない。


「サッカー部!サッカー部マネージャー募集してます!どう?やってみない?」

「ごめんなさい、興味ないです~!」


笑顔で断ると相手は少しがっかりした様子だがすぐ他の人へと移っていく。


この世界は魔法科学があるファンタジーな世界だけれど普通にサッカー部やバスケ部もあるへんてこな世界だ。

私は特に部活に入るつもりはないのでただただ人をかき分けて前へと進む。


――ドンッと横から衝撃があり、足元が少しよろめく。

何事かと思って横に顔を向けると華奢な男の子が尻餅をついていた。


「いてて…!」

「ごめんなさい…!大丈夫ですか…?」


手を差し伸べると彼の周りにはレース・ノワエのモンスターカードが散らばっていた。

私は差し伸べた手を引っ込めて慌てて膝をついてそのカードを拾い集める。


例えデジタルの存在だとしてもレース・ノワエを嗜んでいる人にとって

モンスターは大切なパートナーであり、自分の分身だ。

粗雑な――地面にばらまくなんて扱いはしてはいけない。


「はい」


「あ、ありがとうございますっ…!!」


いくつかのカードに砂埃がついていたので息で払い、彼に手渡す。

彼も自分で拾った分を息を吹きかけ綺麗にすると大切そうにカードフォルダーにしまった。


そのまま去ろうと、立ち上がり膝についた土を手で払っていると


「―――君!レース・ノワエ部に興味ない!?」


大声で話しかけてきた彼は茶色の髪の毛をぴょこぴょことはねさせ、男の子にしては可愛らしい顔を赤らめた。

その表情はキラキラとしていて期待に満ちた顔をしている。


「―――興味ないわ」


思っている以上に冷たい声を出した自分に驚きつつ口を手で塞ぐ。

男の子は泣きそうな顔をして、そっか…ごめんなさい…といってトボトボと人ごみに紛れていった。


「なんだったんだろう…」


ま、いっかと出口へと足を進めた。



◇◆◇


入学から数週間経ってあの小さい男の子が同じクラスにいることに気づいた。

漏れ聴こえてくる噂だとレース・ノワエ部を作ろうとしているようだが人数が足りないようだ。


――そりゃあそうだ。

だってここは進学校で、近くにレース・ノワエが強い学校はいくつもあるから。

それにレース・ノワエが強い子は院生に所属して学校の部活でやる必要はない。


部活で必要な人数は5人で今4人集まっているので

そろそろ誰か入るだろうと、胸ポケットに軽く触れてチラシを配っている彼を眺めた。



◇◆◇


帰り道に突然雨が降ってきてしまったので近くのお店へと駆け込んだ。

駅から家が遠いのでここで一旦雨宿りをしなきゃ…と店の内装を見た瞬間固まった。


レース・ノワエのカードショップだ。

勿論バトルも楽しめる仕様になっており、いくつか魔法陣が設置され実況用のテレビまで複数ある。

昔は毎日のように通いつめていたところだが、今も昔もそう変わらない。


「はじめてのお客さんかな?すごい雨ですよね、どうぞ雨宿りしていってください。」


店員が近づき私にタオルを手渡してくれた。

今にも逃げ出したい気持ちを抑えつつそのタオルを受け取り、あたりを見渡す。


周りにはまだ平日の夕方だからか人は少なめだが何人か中高生がカードを物色している。

まさか知り合いはいないだろうな…と思うがあれから5年も経っているのだから私のことなど皆忘れているだろう。


「ん…あれは?」


実況用のテレビモニターをよくよくみると同じ学校のあの小さい男の子がいた。

同じ学校の人と勝負をしているようだが相手の攻めに苦戦している様子がわかった。


手札の選びは悪くないがなにせ相手のカードが昇格している中彼のは格が低い。


レース・ノワエのカードはモンスターを試合の中で昇格させて強く出来る。

格が低くても効果がいいモンスターはいるが格が上がるたびに攻撃力が上がるものが多い。


「ありゃ…あれはカードの強さでもう勝負が決まっちゃってますね…」


隣にいた店員が同じモニターを見ながら呟いた。

周りにいた観戦者は口々にそういいつつ勝負はついたといって他のモニターへと移っていく。


――とは、私は思わない。


レース・ノワエにこの時点で『詰み』はほぼありえない。

それにバトルフィールドはあの少年のユニットの炎属性に有利な火山フィールドだ。

彼は今のところ致命傷になるような攻撃をできていないけれど

あとあと効果のあるカードをフィールド内に繰り出し、うまい具合に致命傷を負わないでいた。

多分狙っているわけではないのだろうが、うまい具合に相手の行動をみて判断している。


ゲームも中盤になり、このあとのゲームの流れが確信ができた。

…とはいえ私の描いたゲームの流れはとあるカードがないと成り立たない。


「赤き焔、生まれ変わるために焼き尽くせ! 昇格!!(アンプリウス)炎騎士イグナイテッド!!」


無意識のうちに口角が上がった口元を手で押させて隠した。

後の展開は見なくもて大丈夫、きっと彼が勝つ。

視線を窓に向けると湿った空気だが、雨は上がり青い空に虹がかかっていた。


店の人にお礼をいってタオルを返すとそのまま振り返らずドアへと向かった。

その時ふと気になったことがあった。



あの男の子の名前はなんだっけ――と。


息抜きにかきました。

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