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黒田先輩は勝負弱い

学園コメディです。

 けたたましい警報が部室棟に鳴り(ひび)く。

 それは部室棟2階に部室を構える、この「勝部(しょうぶ)」にも当然届いていた。


「先輩、警報なってますけど」

「どうせ避難訓練かなんかでしょ。放っときなさい」

 長机を挟んで対面に座る先輩は真剣な眼差しだ。

「放課後に避難訓練っていうのは聞いたことありませんけど……」

「今そんなことはどうでも良いわ。次のブロックさえ抜けば一気に私の勝ちが近くなる……!」

 先輩は机上の、そろそろ崩れそうなジェンガタワーとにらめっこしている。


 はたして放っておいて良いのだろうかと考えていると校内放送が流れる。


「火事です。火事です。部室棟1階、黒魔術部より火災発生!部室棟の生徒は東側、非常階段から速やかに逃げてください!繰り返します――」


 先生の声は緊迫(きんぱく)していて明らかにいつもの様子と(ちが)う。

「先輩、どうやら本当に火事みたいですよ。逃げましょう」

「何言ってるの?この部を創設してから初めて樋口(ひぐち)君に勝てそうなこの時に、はいそうですかと中断(ちゅうだん)するわけにはいかないわ」


 先輩はプルプル震える手でジェンガのブロックを()まもうとしている。

 始まったよ先輩の負けず嫌い。

 この「勝部(しょうぶ)」は端的)に言うと部員同士が様々な事柄で「勝負」をする部活だ。

 ちなみに部員は向かいに座っている黒田(くろだ)先輩と俺だけだ。

 勝負事の好きな先輩が、より多くの「勝利」を集めるために設立した。


 しかし部を立てた彼女は病的に勝負弱い。

 将棋(しょうぎ)囲碁(いご)、オセロなどメジャーなボードゲームから大食い、早食い、あみだくじ、果ては一発ギャグまでありとあらゆる分野で戦った。

 今回のジェンガに至っては15回目の勝負だ。


 結果、俺の99勝0敗である。

 黒田先輩は勝利を集めるどころか完全に敗北コレクターと化していた。



 黒田先輩はやたらと勝負したがるクセに負けるとすぐ涙目になる。

 それは可愛(かわい)いのだが毎回見ていると可哀(かわい)そうになってくる。

 かといってワザと負けようとすると猛烈な(いきお)いで怒ってきて

 その勝負は無効にされてしまう。

 どうやら黒田先輩は八百長(やおちょう)をかぎ分ける能力があるらしい。


 気が付くと()(くさ)(にお)いが漂っていることに気づく。

 悠長(ゆうちょう)に構えていた俺だがさすがに焦り始める。


「先輩、なんか焦げ臭いんですけど。これ本当に(あぶ)ないかもしれないですよ」

「どうせ料理研究会のアホがまたパンでも()がしてるんでしょう、心配ないわ」

「いや、この(にお)いは完全に食べ物の焦げる(にお)いじゃないですよ。なんか刺激臭(しげきしゅう)というか」

「どうせ黒魔術部が死体でも燃やしてるのよ。心配ないわ」

「いやそれはダメだろ!」


「うるさいわね、そんなに心配なら1階に行って確かめてくればいいでしょ」

 先輩はいったんジェンガのブロックから手を放し、不満げに俺を見ている。

「はあ……」

 俺が立ち上がって部室のドアまで行ったところ、なにか(みょう)気配(けはい)を感じる。

 危険な(にお)いを察知(さっち)した俺は試しにほんの少しだけドアをずらしてみた。

 にわかに今までに見たことのないような黒さの(けむり)が押し流されるように部室に入ってくる。


「うわ!」

 俺は反射的にドアを閉める。

 完全に大火事だ。退路(たいろ)(ふさ)がれている。


「先輩! 駄目(だめ)だ! もう駄目だ! 逃げましょう!」


 完全に取り乱した俺は先輩の肩を(つか)んでゆすった。


「何するの!ジェンガが(たお)れちゃうでしょ!」

 先輩は立ち上がってすごい剣幕(けんまく)(せま)ってきた。


 いやそれどころじゃないんだって!


「分かりました! 降参します! 俺の負けで良いですから早く逃げましょう!」

 先輩は俺の言葉などお構いなしだ。


「駄目よ! そんなの認めないわ! 私の一度目の『勝利』は何の疑いもないほど完全なものでなくてはならないの! そう、(たと)えば樋口君が私の足を()めながら『黒田先輩には(かな)いませんブヒー!』って言うくらい完膚(かんぷ)なきまでに(たた)きのめさないといけないの!」

「あんた(ゆが)んでんな!」

「そういうわけだから邪魔(じゃま)しないで!」

 先輩は再び椅子にドカリと座り、ジェンガタワーとにらめっこを始めた。

 このアホを待っている暇はない。

 とりあえず逃げる準備だけは整えておかねば。

 俺は部室のカーテンを2つ引きちぎり、その2つを(むす)んで(まど)(わく)(くく)り付けた。

 ()らしてみたところ地面までは届かないものの、なんとか()()りてもケガしない程度(ていど)の長さは確保(かくほ)できていた。


「さあ先輩、早く逃げますよ……」

 窓側から先輩の方に振り返った俺は生まれて初めて「死」を間近に感じた。


 部室の入り口のドアは半透明(はんとうめい)なガラスなのだが、そのドアが(ほのお)の色を(とも)していたからだ。

 その燃え方は尋常(じんじょう)ではない。

 黒煙(こくえん)()き上げるその赤は悪魔(あくま)降臨(こうりん)を感じさせた。


 そして当の先輩は相変わらず、どのブロックを抜こうか手を迷わせている。

 俺は我を失いそうだった。


「先輩! 火! 火! ドアの外に火が!」

「ねえ樋口君」

「な、なんですか!?」

「何かこげ(くさ)くない?」

「さっき言った! 俺それさっき言った! 逃げようって言ったし!」

 ジェンガをズラす前に会話のズレをどうにかして欲しい。


「どうやら本当に火事みたいだけど、この勝負は放棄(ほうき)しないわ」

 先輩はジェンガのブロックを(つか)んだまま制止(せいし)している。


「待て待て! 死んだら勝負どころじゃないでしょ! 早く逃げないと!」

「ねえ樋口君」

「なんですか!」

「ここで勝負を放棄(ほうき)したら、私は一生あなたに勝つ機会(きかい)(うしな)うかもしれない。もしあなたに勝てないまま何十年と年を(かさ)ねるくらいなら、ここで一度でも勝って死ぬ方がマシだって私思うの」


 どんだけ勝ちたいんだこのアホ。


「そして樋口君に、『黒田先輩の初勝利を記念(きねん)してジェンガを僕のお尻に()()んでくださいブヒー!』って言わせたいの」

「最低か!」


 先輩はこれと決めたジェンガを引き抜き始めた。

 こんな時に限って素晴(すば)らしい集中力を発揮(はっき)する先輩。

 まるでジェンガと彼女は一つの物体と化しているかのようだ。

 先輩は(たお)れないという確信を持っているかのように、スッとブロックを抜き取った。

 ジェンガのタワーは危険な水域(すいいき)()れている。

 だが倒れない。


 見事な引き抜きに、俺も状況(じょうきょう)を忘れて「おお」と感嘆(かんたん)の声を出してしまう。

 がその時、炎の熱さで部室のドアに亀裂(きれつ)が入った。


 亀裂から入ってきた熱風(ねっぷう)無情(むじょう)にもジェンガのタワーを揺らし、一瞬で崩壊(ほうかい)させてしまった。

 悲鳴(ひめい)を上げる先輩。

 動揺する俺。もちろん火の手が迫っていることに対してだ。


「先輩! 早くしないと俺一人で逃げますよ! 良いんですか!」

 先輩は返事すらしない。

 あろうことか机にふせって泣いている。

「もうやだ! もう少しで勝てそうだったのに!」


 本当に俺一人で逃げようかと思っていたところ、(ひらめ)いた。

 迷っている(ひま)はない。


「先輩! 新しい勝負をしましょう! 先に1階に()りたほうが勝ちですよ!」

 勝負という言葉に反応した先輩は(なみだ)で赤くなった目を大きく見開(みひら)いて立ち上がる。

「今度こそ負けないわよ!」

 笑顔を取り戻した先輩は勢いよく窓の方へ走ってきた。

 俺はカーテンを(つか)むように(うなが)す。

 彼女は走る勢いを(ゆる)めない。

 まさか飛び降りるつもりなのかと思っていると

 見事に窓の手前で()み切り外に跳躍(ちょうやく)していった。


 同時(どうじ)に割れる部室のドア。

 死神のように(せま)る黒煙と炎。


 (ほほ)()がすかのような熱風(ねっぷう)にあせった俺はカーテンを使わずそのまま1階に向かって飛び降りてしまった。



 ***



 部室棟を全焼させる火事は奇跡的に死人0人、軽症者1人で終わった。

 ちなみに軽症者の1人とは足をひねった俺のことだ。


「全く、2階から落ちたくらいで足をひねるなんて軟弱(なんじゃく)ね」

 黒田先輩に(かた)()してもらいながら歩く俺は力なく笑った。

 俺がこれから病院(びょういん)に行くと言ったら心配して付いて来てくれたのだ。

「そうは言いますけど先輩、2階から飛び降りて平然としているあなたもどうかと思いますよ」

「私は生まれながらの勝者ですもの、当然よ」

 先輩は得意(とくい)げにフンフン(はな)を鳴らす。

「そうそう樋口君! これは完璧(かんぺき)なる私の勝利よ! 初めてにして完璧なる勝利よね!?」

 先輩は目を(かがや)かせて俺を見る。

「そうですね。今回ばかりは俺の負け、完全な敗北(はいぼく)です」

「やったわ! これでやっと()まわしき連敗記録に終止符が打たれるのと同時に私の連勝記録が始まるのね!今日のこの日は歴史の教科書に記述されるべきだわ!」

 無邪気にはしゃぐ先輩を見ていると足の痛みも忘れられそうだ。



 たまには負けてみるもんだなあ、と俺は思った。


 終わり


今日もお読みいただきありがとうございました。

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