望の喜劇
何のとりえもない主人公のもとに可愛い女の子がやってくるというのは、よくある漫画の展開である。だが僕はそういった物語が大嫌いだ。
何故なら何のとりえもない男が、何の努力もせずにキャワイイ女の子と仲良くなれるなんてある訳が無いし、なんとも妬ましい思いに駆られるからだ。
女の子は突如空から主人公の家に降ってきたり、ある日訪ねてきていきなり同棲を迫ったり、呪いのビデオから元気よく這い出してきたりするわけだが、だいたいすぐ恋愛関係に発展する。いったい主人公の何に惹かれて恋に落ちたりするんだろうか。そういう物語の主人公は決まって女性に縁がなく、気配を消すのが得意そうな顔をしている。
もしかして冴えない所に惹かれたとでも言うのだろうか。
それなら先ず僕の家に女の子が降って来ないのはおかしい。星の数ほどの美少女が僕の家に降り注がなければならない。僕は日本で1,2位を争う冴えない男だと自負している。
いや、この話は止めよう。ありもしないことにニヒリズムを感じるなんて虚しくなるだけだ。実際に空から女の子が降ってくるなんて、あるわけが無いのだ。
僕は一つ大きなため息をつき、部屋の明かりを消してベッドに横たわった。
*
部屋の天井をボーっと見つめる。暗い天井には円い蛍光灯が一つ付いているだけだ。
「明日、学校行きたくないなー」
突如けたたましい爆音が鳴り響いた。咄嗟に耳を塞いで布団をかぶる。全く何が起こったか分からなかった。何だ?トラックが家に衝突したのか?1分ほど布団の中で丸くなっていたが、何の音もしないようだ。もう、出て行っても安全なのだろうか。おそるおそる外に顔を出してみる。
天井に視線をやると、まん丸な月がのぞいていた。どうして天井から月が見えるんだろう?
天井には窓なんて無かったハズだ。ましてやガラス戸の無い天井窓などという乱暴な雨水需給システムが我が家に導入されるわけが無い。
ん?ということはさっきの爆音は何かが天井を突き破って、僕の部屋に降ってきた音なのか?
そのとき僕は先ほど寝る前に考えていた他愛も無い思考に立ち還っていた。
まさか、本当に美少女が降って来たのか?やった!願えば叶うんだ。救いの無い乾ききった僕の人生にもこれで潤いが!一緒に学校に行ったり、一緒に弁当食べたり一緒にお風呂に入ったり…。
僕は希望と妄想で胸をはちきれんばかり膨らませながら、月光で照らし出されている床に目をやった。さぞかし僕の顔はニヤついていたに違いない。
何かが床にめり込んでいるようだ。
「何だろう?」
僕はベッドを立って床にあるそれに近づいてみた。
その瞬間、今までの期待が風速80メートルで一気に吹き飛ばされた。
一番に連想されたワードは
『犬 神 家』
それは、それはそれは逞しい男の下半身だった。海パンのようなものは履いている以外は何も身に着けていない。
引き締まったケツ、太くボコボコしたモモ、ヒザ。
そして脚をクワガタのように開脚させている。
まるで洗練された彫刻だ。しかも癪なことに、月の影を従わせ白く輝き、少々煌煌しさまで漂わせていた。
僕はしばらく立ち尽くしていたが、取り敢えず親にこの面白いくらいに不可解な状況を報告しに行くことにした。
僕がベッドから立ち上がったそのとき、突然生えていた脚がバタバタと動き始めた。
これはキモい。さながらひっくり返ったゴキブリが起き上がらんとするべく機敏にもがいている様だ。情けないことだが、僕は腰を抜かしてその場にへたり込んでしまった。
「んーーー!んーーー!!」
エビバディパッション?古いか。
床の下からうめき声が響いている。だめだ、早く逃げないと。腰を抜かしたので這ったまま移動を試みようとしていると、床に生えている脚の稼動が止まった。そしてダラリと床に垂れ下がる。
何だ、死んだのか?その瞬間、脚に力が入れられたと見え、足指がグッと床を噛み、脚全体が踏ん張り始めた。僕は今にも尻から恐るべき茶色い物質が捻出されるのではないかと気が気ではなかった。
「んんんんんんんんんんんんん」
バイクの排気音のような凄まじいうなり声と共に、ソイツの上半身は姿を現した。
それは下半身と同じく鍛え抜かれた肢体だった。いくつにも割れた腹筋、cカップくらいあるんじゃないかと思われるほど巨大な胸筋、丸太のように太い腕、そして、ヒゲを蓄えた顔は天を仰いでいる。暗いのに慣れたのか、月の光だけでだいたい男の身体の部分が見えた。
僕がただ呆然と半裸の男を眺めていると、そいつはゆっくり僕の方を向いた。目を細めて虚空を見つめていた目は僕の顔を見ると大きく見開かれた
恐怖で目がそらせない。殺されるのか。掘られるのか。どちらかというと後者のほうが嫌だ。これで僕の人生終わりなのか。ああ。やっぱり僕の人生、何にもいいこと無かったな。せっかく生まれたのに、やりたいことも見つからないまま、ただなんとなく生きて終わるのか。僕が死んだら誰か悲しんでくれるかな。僕なんてしょせんこの世に必要とされていなかったって事か。
全力でネガっていると、ヒゲ面はキョロキョロと辺りを見回し、天井から垂れ下がっている蛍光灯のスイッチを見つけて引いた。一気に部屋が明度を増す。眩しくて目が痛かった。というか蛍光灯は無事だったのか。
「君は……。もしかして吉野 望くん?」
ヒゲ面はこっちの顔を見たまま低い声で言った。確かにそれは、僕の名前だった。
僕は声に出すことが出来ず、コクコクとうなずいた。するとヒゲ面は一気に顔を綻ばせ、ズイッと僕のほうに寄ってきた。異様な恐怖と圧迫感を感じた。ヒゲ面は僕の肩を掴むと
「やっぱりそうだ!いやあ、モスラの幼虫みたいな顔をしていると聞いてたんだけど本当だったのね!」
失礼な。せめて成虫って言えよ。
「あなた、誰なんですか?」
僕に危害を加える様子が無さそうで安心したのか、質問することが出来た。
「うふふ。わ・た・し?」
良くない意味で鳥肌が立った。何でそんなボディビルダ―みたいな身体してそんな女々(めめ)しいしゃべり方なんだよ、おぞましいわ。ヒゲ面は満面の笑みで続ける。
「私は妖精。自分の事を何のとりえもないゴミクズで蛆虫のようだと思っているあなたを助けに来たの」
YOUSEI?要請?養成?幼生?陽性?夭逝?まさか、一番当てはまりそうに無い、妖精?
「あの、妖精って、フェアリーの方の?」
「そうよ!これからよろしくね望くん!」
ヒゲ面は両手で俺の手を包んだ。手汗が凄くてベタベタだった。水溶性なのかあんたは。
いや待て、あんたを妖精と呼ぶくらいだったらポメラニアンに向かって「これはライオンです」って言う方がいくらか説得力があるわ。あとよろしくって何だよ。しかもこれから?え?何これ強制的に同居開始ですか?僕は、その場で気を失った。
そしてこれが僕と妖精との出会いだった。
おわり
お読みいただきありがとうございました。




