あの子の爪先
あの子の爪はいつも綺麗。
特別可愛らしい色が乗っているわけではないけれど、綺麗な自然なピンク色。
丸く丸く丁寧にヤスリを掛けられ、整えられた爪の形はとても滑らかな半円を描いている。
高校を卒業してからのあの子の爪は、自然なピンクに、艶やかな透明が加わった。
いつだって綺麗に丁寧に手入れをしていた指先だけれど、あの子の爪は弱くて脆い。
パチリパチリとパソコンのキーボードを叩き続ければ、二枚に割ることもあった。
そうして高校の間には出来なかった、爪の保護剤を使うようになったのだ。
「保護と言うよりは、強化剤かな」
シンナーの匂いが部屋に充満しているのを感じて、窓を開けると、そんな言葉が投げられた。
鈍く蛍光灯の光を反射する爪に、ふぅ、と息を吹き掛ける姿を見ながら首を傾ける。
きょうかざい、舌っ足らずに言えば、こちらに向けられた目が僅かに細くなった。
そうして置いてあったマニキュアの容器を持ち上げ、ゆらゆらと左右に振る。
呼び寄せられるように、隣に座り込めば、膝の上にその容器が乗せられた。
透明の容器に乳白色の液体が入っており、外側のブランド名や説明書きは全て英語だ。
「保護剤は爪が割れたりするのを防ぐものだよ。野球選手とか、特に投手の人とかは必須だよね」
ふぅ、と爪に息を吹き掛けながらの言葉に、そうなんだ、というように頷く。
普段からスポーツをするために体を鍛えている男の人達が、ちまちまと指先の手入れをしている姿というのは、どうにも想像しにくい。
「で、その強化剤は爪に栄養を与えるものだよ。プロテインとカルシウムが入ってる」
「はぁぁ、便利、だねぇ……」
感嘆の息を吐き出しながら言えば、少し液体が乾いたのか、指先を揺らしながら笑うあの子。
蛍光灯の光をチラチラと反射させている。
保護剤、ではなく強化剤を塗ったあの子の爪は、何を塗っても自然だった。
目の前の机に、持っていた容器を置けば、ひらひらと揺れていた指先が止まり、あの子の視線が私の指先に止まる。
自然体になれない、目が痛くなる真っ赤。
蛍光灯の光を反射させて、もっともっと目に刺激を与えようとしている。
「可愛いよ」
すくい上げるように私の手を取ったあの子。
自然なピンクと目に痛い赤。
視線を上げた先では、薄い笑みを浮かべるあの子がいて、私の指先を自身の唇に当てた。
柔らかなふっくらとした肌を感じる。
爪切りで切るだけ切って、引っ掛からないように数回ヤスリを動かすだけ。
ほんの少しはみ出した赤。
あの子の綺麗な爪にはなれない。
「凄く可愛い」
三日月の形になった目元を見ながら、力なく笑ってみせる。
嘘は言っていないのだろう。
指先にキスするあの子の言葉は、柔らかく私の胸に居座るのだ。
爪と同じくらい真っ赤な舌が、爪をなぞる。
「ありがとう」
あの子の方がずっと可愛くて綺麗。