2ー1ー3
燃え盛る炎が屋根を食いつくし、足りぬと家まで包み込む.逃げ惑う人々の阿鼻叫喚.まるで地獄、現実に近づけるならテレビでみた戦争やテロのようだった.
それらをレンズ越しに見る私の顔は、きっと恍惚としているにちがいない.
ついていけないと仲間たちに言われて全く反省も懲りもしていない.自分に嫌気が指していた筈なのに、撮影している.
[おい]
いまだってさっさと逃げれば喉元に剣をつきつけられる事も無かっただろうに.怒りの形相でこちらを見ているエリオットをフレームに収めて喜んでいる.
エリオットは今にも私を切りつけそうだ.
怒りで歪んだ顔に影が差した.
真上からの突風に私たちは身構える.
見覚えのある蝙蝠のような大きな翼、
城壁にめりこんだ鋭い爪、
獰猛さと狡猾さが潜む、猛禽のような鋭い眼光.
ごおおおおおおお
吼えた.
後ろに飛ばされ、
のけぞり、
転げ回った.
半身を起こして、カメラの無事を確認.そして構える.真っ赤な鱗におおわれた凶悪な顔を、フレームに収めて恍惚する.こりもせず.
ドラゴンは大きな体に見あわない素早い動きで身を翻し、城壁から跳んで風に任せて滑空した.
無論撮る.
城壁を抉った鋭い爪で逃げ惑う人々をつまみあげて、大きな家の屋根に落ち着く様を撮った.
罪深く業のつきない、この状況で悔しいのは望遠レンズが手元に無いこと.鞄は没収された.
仕方ない.
私は縛られたままドラゴンのもとへ駆け出した.面食らっていたエリオットは遅れて私を追いかける.
焦げ臭い、家が燃える.
鉄臭い、瓦礫の下から指が生えている.
血はやがて黒い染みになるだろう.
石畳の坂を駆け降りながら、惨状を目にする.
目を背けたくなる.
カメラは回していない.
不謹慎だからという理由ではない.
こうしている間にもドラゴンは食事を終えてしまう.他のものを撮っている余裕はない.セッテイングの余裕もないのだから、他のものに目うつりしてはいけない.
距離が近づくにつれ体温は下がっていくのがわかる.興奮しているはずなのに、やはり死の恐怖は拭えないのか.
だが撮り損ねた意地もあって今度こそばっちし納めたい.
ドラゴンのほうばかり見ていたせいか、子供とぶつかってしまった.こんな時もカメラの心配をかかさず、確認してすぐ頭を下げた.
目があった子供の耳は尖っていて、
纏っている服が高くない身分を暗に語っていた.
音がした.子供の足元に金色のゴブレットが転がっていた.
この子が落としたものに違いないが、顔色を見るにこの子のものではなかった.
正義感はともかく、善悪が何かくらいの判別はある.だが怯える少年に火事場泥棒の罪を責めるより、ドラゴンを優先すべきと、いるであろう建物の屋根に目を向けた.屋根は窪んでいて、鮮血が滴り落ちているもののドラゴンの姿形は見えない.
いるべき場所にいるべきものがいない.
私は恐怖すべきところで悔しがった.
真後ろで音が聴こえた.大きな物が落ちる音だ.それに水滴の滴る音と咀嚼音が混じりあう.
前にいる子供の恐怖に歪んだ顔を見るまでもなく、気圧というか気配というか、何かが変わった.カメラを構えて振り返った.
それはいま噛んでいるものだけでは満足していない様子で、私たちを見ていた.
恐ろしい顔、だがカメラを通して見ると後ろで輝く太陽のおかげで逆光で見映えがなくなっていた.逆光に私が気をとられていると子供が駆けていく音がした.動くものに反応してかドラゴンは口の中の物を飲み込んで、後ろ脚で瓦を蹴ると、子どものまえに着地した.
牙に付着した生々しい食べ残しを舌で拭き取るドラゴン.次の獲物に標的を絞って視線を離さない.
子供が右に逃げようとしたが、火球に阻まれる.ドラゴンの口から出たもので、驚きのあまり今度こそ子どもは腰を抜かしてしまった.
ドラゴンは私に気づいていなかった.
私は先ほど子供が落としたゴブレットを拾い上げて、ハンマー投げの要領で投げた.
ドラゴンの鼻先に当たったが、攻撃としての効果は薄いようで、注意を引いただけだった.
おまけにシャッターチャンスを逃してしまった.なんで自分がこんな事をしたのか検討もつかない.
ごおおおおっっ
威嚇ではなく殺意を籠めた咆哮.怒らせてしまった.そして身構えたのでなく動けなかった.
蛇に睨まれた蛙のように動けない私.
ドラゴンは口を大きく開いて、食べられるかと思ったその時、恐らく尻尾からかけ上がってきたエリオットが剥き出しの剣をドラゴンの右目に差しこんだ.
真っ赤な血を吹き出して、もがき苦しむドラゴンにエリオットは振り落とされた.
私は腰を抜かした子供の手を引き、のたうち回るドラゴンの尻尾にやられないよう後ろに下がった.ドラゴンは起き上がると翼を広げて、空へと飛び去っていった.
[待って]
カメラを構えるとカチャと嫌な音がした.
レンズが割れていた.おそらくドラゴンの声にやられたに違いない.今までの疲れが急にきて、地面が傾いた.目の前が暗くなった.