2ー1ー1
最悪だ.
カメラを奪われた.
鞄も奪われた.
おまけに両腕を縛られた.
いつか時代劇で見た、刑場にひったてられる罪人のように歩かされた.
こういう時に助かっただけでも儲けものだ、とポジティブな人は言う.そんなものただの気休めだ.
なんとなく予想はついていた.恐らくこの世界にカメラはない.さっきから私の隣でカメラを吟味している者たちは、自分達がどれほど繊細な機械を扱っているのか恐らく理解していない、一人を除いては.
身長の低い、ずんぐりむっくりとした男の人だ.
モジャモジャの髭に覆われた顔に、どんぐりみたいな丸い瞳の男の人.
無論この手つきはカメラ素人そのもので、知識は全くないと思われる.けど精密器機の扱いには手慣れている印象も受ける.その上丁寧にも私にどうすればいい?これはなんだと興味深そうに指示を仰いでいる.縛られて大事なカメラを奪われたので、気が気ではないし、腹もたつが状況が状況なのでなるべく懇切丁寧に教える.周囲の人にもたぶん聞こえるが、髭もじゃの人以外きっと理解出来ていない.
その証拠に馬上からの咳払い.
[メイヴィル、それでその装置は一体なんなのだ?私にはいまだに何なのかわからん]
金髪碧眼の男が訪ねた相手は髭もじゃさんだから、カメラを持っている男の人は恐らくメイヴィルと呼んでいい.
メイヴィルさんはルービックキューブでも解いているように注意深くカメラを見る.
[これは光景を絵として記録する事が出来る機械のようです]
そう言ってメイヴィルさんはこちらに目配せするので私は頷いた.理解が早いメイヴィルさんと比べるとやはり金髪の男は理解できていないようだ.メイヴィルさんは慣れた手つきでカメラを操作して、先程私が撮影したものを再生する.
小さな半人半馬がこちらに矢を打つ姿が映る.
小さな射手が中にいるとでも思ったのか金髪の男は驚いた.メイヴィルさんも目を大きくして感嘆の声をあげたが、技術に驚いているだけのようだ.
情けない声をあげて気恥ずかしくなったのか、金髪の男は咳き込んで尋ねた.
[大丈夫なのか]
[記録された絵ですので、危害は無いと思われます、それにしてもこの技術は素晴らしい]
[ド、ドワーフでも珍しいか]
[こんな技術ははじめてでございます]
だとしたらお前は尚のこと何者だ.
馬上から私を苦々しく見下ろす金髪の男の心の声が耳を澄ませなくても聞こえてくる.
耳を澄ませると後方から聞こえるヒソヒソ声.
[なんてこった、あのメイヴィル殿ですら見たことのないとは、やはり魔女では?]
[いや、この女、小さい割に腕力もそれなりにある......やはりドワーフだろう]
確かに撮影のおかげで腕力はそれなりに自信がある(人間の平均女性と比べて).だが言いたい放題言われればイライラしないわけじゃない.私は後ろで縄を持つ従者たち二人を睨んだ.
二人は情けない声をあげたが、むなしいので溜め息をついた.
既に私の家への扉(窓)からは遠い.
[見えてきたぞ]
西洋風の石造りの城塞らしき建物へと近づく.馬上から金髪の男は言った.
[怪しい女よ、お前が魔女にせよなにものにせよ、身柄は王都に引き渡す......先のような抵抗は為にならんぞ]
胸のうちに吸い込んだ息と共に渦巻く憂鬱を溜め息と一緒に吐き出した.隣ではメイヴィルさんがカメラで私の顔を撮影していた.