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1ー1ー2



まぶたの裏に映るお父さんの顔.思えば殆どの時間を私たちはブラウン管の前で過ごした気がする.


お父さんは若い頃から既に身体が丈夫ではなく、おまけに海外旅行が今みたいに容易にできる時代ではなかったそうで、映画の主人公に自分を投影させる青春を送っていたそうな.

[映画は僕にとって友達だ]

かつてビデオが棚一杯に敷き詰められた部屋でお父さんは私に言った.お父さんは映画が好きだった.そして先で説明したように私もお父さんと一緒に映画を見るのが好きだった.


フェドーラ帽を被った冒険家、自転車の篭に宇宙人を乗せた少年、宇宙戦争の英雄たち......私たち親子の瞳はきっとブラウン管の前で輝いていたに違いない.


けどそれだけじゃなかった.私の人生を決定付けたそれは押し入れから発掘された.埃を被ったビデオカメラを持って色々なものを撮影した.

塀の上で邪悪な惰眠を貪るデブ猫、

佇む真っ赤な郵便ポスト、

様々な絵を日が暮れるまで撮りつづけて、父さんに見せた。撫でてもらった頭の感触は今でも忘れない。


「自分勝手だ」

「未来なんてない」

「勝手にやってろ」

完成が見えない撮影に焦りがあったのかも知れない.バイトで貯めたお金もほとんど生活費用と撮影機材に消えてカツカツだった.


あの時現場で妥協していれば、クルーたちとも喧嘩別れせずに済んだだろうか.四畳半の上で布団も敷かず、胎児のように丸まっていた.


お父さんは50歳でこの世を去って、私ももう25にだ.暗い四畳半はまるで殻のようで、どんどん憂鬱になっていくのがわかった.眠れないうえに憂鬱なのだから最悪だ.


目尻の露を指で払い、灰皿と煙草を携えて窓際にたった.窓を開けて愕然とした.

手から滑り落ちる灰皿.灰をぶち撒けるつもりはなかった、が見間違いじゃないとしたら、窓の外には木の生い茂った黒い森が広がっていた.


記憶違いでなければ私の部屋は小さなアパートの二階にあるはず......

頬つねるまでもなく、風に運ばれてくる臭いはヨーロッパの森の香りである.ソースはトイレの芳香剤だけれど、予想外の場所で嗅ぐとは思わなんだ.敷居の向こうには手の届くところに地面がある.


ひょっとしたら私は既に寝ているのかもしれない.ふかふかの土を手で触れて望みは消えた.

夢でなければ怪奇現象だ.映画じゃあるまいしこんな事がありえる訳がない.

しばらく考えた.結論は早かった.私は押し入れを漁る.人間の眼ほど信用できないものはない.だがカメラは違う.

私は覚悟を決めて撮影道具の入った鞄と、動きやすい服装に着替えた.


二階の窓枠を跨いで、土を踏んでもにわかには信じられなかった.カメラは既にまわしている.無論予備のバッテリーとメモリは二つずつ準備した.だが無駄に出来ない.いける所まで行くつもりはない.ただ少しだけ、前へ前へと進む.そして振り返る.


やはりこれは夢かも知れない.振り返った先の岩肌には窓がはりついている.窓枠の向こうは別空間のように私の部屋が存在していてちぐはぐさが不気味で、思わず後ずさりしながらも、遠くなる私の部屋を撮った.

もし引き返しても窓は繋がったままか?

或いはこのまま行けば窓は消えて帰れなくなるのでは?


そんな不安は、目がいった先にまだ新しい馬の足跡のようなものを見つけてうやむやになる.

何かの映画に使う......というより、撮影しなければという謎の義務が、足跡を尾行させた.

それから角笛の音、いななきと雄叫び、風を切る矢.......


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