1ー1ー1
まずい!
まずい!まずい!
これまで経験したどのまずいよりまずい!
風を切る音.幾本もの矢は運良く私の横を通過して、適当な木々に刺さっていく.命の危険に晒されて、心臓が高鳴っている.矢は間違いなく私を狙った.恐怖、ないわけではない.それよりも両手の中にあるカメラ、全速力で走ってなお20万円の重量感を意識させる.止まれば殺される.けどもしカメラがダメになればなおのこと私は死ぬ.
駆けて、
駆けて、
駆けて、
そして遮蔽物となる木に背を預ける.
容赦なく矢が木に刺さる音.
まだ走れば或いは、身を隠せばなんとかなるかもしれない.
いや、覚悟はきめた.カメラのレンズを木を盾に覗かせた.
黒い木々の向こう.群れをなす馬蹄の音が遠くから、着実に近付いてきている.手振れを堪える.
やがて影を捉える.騎馬武者の一団にも見える.もう少し辛抱する.
そして遂に見えた彼らの馬でもなく、人でもない実体.
半人半馬のスタンピート.
先頭の男が弦を絞る.木を盾に身を隠すと、矢は容赦なくカメラのあった場所を通過した.身を隠すのがコンマ一秒遅れていたら?
最悪の結果を想像して肝が一瞬冷える.
だがカメラは無事だ.おまけに怪物も撮れた.
興奮して勢いのまま、走り出した.
木と木の間を縫う様に、急な方向転換を交えて走る.
奴等は私に多少手こずりながらも、馬力と人力じゃ分が悪く.
確実に近づいてくる.だがアドレナリンのせいか不思議と疲れない.
無事帰れるだろうか?
映像を持って帰れなければ意味がない.
森をこのまま出ていいのか?
などなど、
色々考えているといつのまにか、森の出口は目の前だった.
ぶぅううううん
そのとき物凄い突風が吹いて、樹々が波のように揺れた.
勢いに負けず走る.そして通りすぎたそれを目で追う.
飛行機ほどの大きな何かがすごい早さで滑空した.
心臓の高鳴りと純粋な驚き.もう限界と諦めていた脚がまだスピードを出せる.風に背中を押されたのか?或いは......
思考を止めて森を抜けて、広大な草原に出た.
蝙蝠のような大きな翼、
風に乗ってあっという間に高いところへと浮かび上がる、
真っ赤な鱗に覆われている.
以前そいつを眼で見たことはない.実際どんな名前なのかは知らないが、頭の中にあるこいつの名前.私以外の人に聞いても恐らく同じ名前が返ってくると思う.
[ドラゴン......]
見えなくなる前にカメラを空に向ける.追跡者の存在も忘れて.
興奮は腕に痛みが走り冷めた.かすった矢につられて勢いづいた脚は止まらずもつれた.
転倒、カメラを抱え込むように.そして確認して安堵した.
腕と倒れた痛みはアドレナリンか何かで消えた.
草と土を枕に空を見た.
ごおおおおおっ
ドラゴンは既に小さくなっていたが、咆哮は耳にはっきりと届いた.撮り損ねた悔しさが一層沸き上がる.
歯噛みした私の顔に影が差す.
弓を構えた騎馬武者のようなシルエットに囲まれている.
まさか自分が弓矢で死ぬとは思いもしなかった.
無論、まだまだやりたいことはあるし、死にたくはない.
だが逆光の黒いシルエットの中でギラつく瞳は、この上ない絶体絶命を感じさせる.
なぜこんな事になったのか.
走馬灯のように記憶のリールが回りだした.