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4 二人は食事する

<第3層・第3都市、勇敢の国 ムート>2570年 南東の年


時刻は正午。場所は煉瓦造り二階建て学生寮の屋根上。芽吹きの季節を思わせる風が土の香りを運び、騒がしい街の一角であるにもかかわらず、自然に包まれているようで心地よい。


「これで太陽が出ていればなあ」


最高だったのに。とヴェークは寝そべった体勢で愚痴を漏らす。

学生服に薄手のコート。3年前まで新品さながらだったコートは今や相当くたびれてしまっている。

長い前髪から覗く双眸はブラウン。何かに燃える力強さもなく、無気力に色褪せていることもない。

それが見つめる先には鉄の大地。

ムートの中でも内円壁に近いこの街では、毎年この時期になると一層上、第2階層の都市が太陽の影になってしまい、暗く陰鬱な雰囲気になってしまいそうだ。

しかしそれも今週限り。

来週夕刻過ぎから、第3階層の回転が始まる。

このムートは現在南東。次は約72度の移動をもって、南西へ辿り着く。

南西の気候は良好。日差しは緩やか。雨もちらほら降って、森の緑がより深みを増す。

空気が澄んで、温かく、教室の窓から眠気が運ばれてくること間違い無しだ。


「またどうしてこんな所にいるんだよヴェーク」


唐突に。柔らかい声。

振り向くとそこには義理の弟の姿があった。


「じゃあお前はどうしてこんな所にいるんだよ。アムルト」

「そりゃあ不良のような行動をする兄を放っておけないからさ」


危なげもなく屋根の上を駆けてくる。

因みにヴェークの場合、定位置につくのに5分少々掛かっていることはヴェークだけの秘密だ。


「いいじゃないか。学校は昼休みだし、どうせ」

「どうせ次の授業が剣の稽古だから?」

「次のじゅ・・・・・・そうだよ」

「剣に自信のある国だからね、ここ。授業だって3年前からやってることじゃないか」

「お前は剣が上手だから・・・いいや、全てにおいて卓越してるから何とも思わないだけだよ。お前剣で頬打たれたことあるか?ひっきりなしに涙がでてくるんだぞ」


午前の授業を思い出して、ヴェークは頬をさする。木で出来ているとはいえ大変痛い。刃がある場合なぞ考えたくもなかった。


「それに剣に伝統があるとはいえ、他国と交流なんてほぼ無いじゃないか。どこでその誇り、見せつけるんだよ・・・」


ちらりとヴェークは『内円』の壁を見る。黒く緩やかな凸面をこちらに向けた壁。この大地を構成している種類と同じ金属で造り上げられたそれは、国同士の交易・交流を著しく下げている原因の大元だ。花のような形をしたこの世界は、花弁同士に接続部はない。花粉部分である『内円』を通ることでしか、同じ層の行き来は不可能だ。『内円』は未知の部分が多いがそれでも、気候が安定せず、化け物のような生物がいることは知れ渡っている。

それにこの国は交易無しでも特に支障はない。世界が一定のペースで回転しているからだろうか。育たない作物は無く、生活に困るような自然現象もない。

そんな中わざわざ『内円』を通って別の国に行く者はごく少数だ。

ヴェーク自身も一人しか知らない。


稽古の際教師が口酸っぱく言う言葉。「剣に誇りを」。

(他の『外弁』の国がムートより剣に秀でていたら・・・あの禿頭(とくとう)のご老人はどのような顔をするのだろうか)


「伝統はね、ヴェーク。国の支えだよ。それを誇りにするかは個人の自由だけど、国を司る根本的な信念は守った方が国にも将来的にも良いと思うよ」


アムルトは胸の校章を撫でる。真ん中に大剣、左右には割れた魂が描かれている。


「あんまり大人びたこと言わないでくれ、アムルト。ただの愚痴だよ、悪かった」

「そっか、じゃあ正直な兄にはこれを授けよう」


先程からヴェークも少し気にしていた。手元のバスケット。

差し出された中身には、冷えた炭酸水とまだほんのり温かいブドウパンが詰め込まれていた。


「角のパン屋さんでまけてもらったんだ。娘さんとも仲良くしているしね」


屈託無く笑うアムルトを見て、ヴェークは落ち込む。


「弟は武術座学に優れ、コミュニケーション・交友関係共に良好・・・か」


義理の兄弟とはいえ、比べられることは多い。生まれは違えど、育ってきた環境が同じなのだから当然だろう。

だが劣等感はあまりない。むしろ誇らしいぐらいだが、不甲斐なさは感じる。

兄として、家族として守ってやりたいと感じているのに、どうも守られてしまっている気がする。

今だって、授業を放棄しようとした兄をたしなめ昼飯も調達してくれる。

バスケットを自身と兄の間に置き、アムルト自身はパンを引き抜く。地面にしっかりと神への感謝を記す。

ヴェークも同様の肯定を踏みながら思う。


(甲斐性が・・・なさすぎる。兄も姉も今はもうほとんど会えないんだから・・・俺がしっかりしていないといけないのになぁ)


大勢の孤児達と一緒に暮らしていた教会には、今やもう誰も住んでおらず廃屋と化している。ヴェークとアムルトを除く兄弟達は、父リーデンのツテで養子として引き取られていった。

リーデンはヴェーク達にも家族を紹介してやるつもりだったのだろうが、志半ばで他界してしまった。


国の方針で16才までは教育を受ける権利がある。

国の補助を受け、現在は寮で暮らしている。食事は各自調達。部屋ごとで何か作っているところが多いようだ。

ヴェーク達の場合、料理は交代制。腕前も十分。これに関してはアムルトに負けるつもりはないが、勝てる自信もない。

勉学、剣術に関してはアムルトがはるかに上。歴史・算術に加え美術まで優秀。剣術武術は同年代だけでなくそこらの剣士にも勝る。負けている側が認めるのだから相当だ。


頬を緩ませながらパンを食べる姿はどこか幼いが、それでも見た目は整っている。


ヴェークもパンを口元へ運ぶ。

できたての甘い香りがぬくもりと共に運ばれてきて、思わずがっついてしまう。


炭酸水を飲み口元を拭う。


「それで?午後の授業はどうする?」

「・・・がんばるよ」


弟に恥をかかせないよう努力しようと誓う。


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