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3 二人は夢を見る

ヴェークは一通り興奮を父に伝え終わると、大の字になって寝転がる。

コートが絨毯のようになって温かく柔らかい。

ふと、コートを汚してしまっては怒られてしまうのではないかと気兼ねしたが、父・リーデンがこちらを気にした様子はない。ずっと空を見上げている。

鼻をくすぶる乾いた土の香り。

手に残る草の尖った感触。


「流れ星、流れないかなぁ」


少し前、姉の一人が誕生日にプレゼントされた絵本で見たことがある。

流れ星が流れるのは、大好きな女性に会いに行くため。流れ星は遠い場所に行ってしまったお姫様を救うために駆けるのだ。

たくさんの困難に立ち向かい。お姫様を救う。

流れ星はその瞬間大きく光を放ち、そして消える。

とても儚い最後だが、ヴェークはこの物語が好きだった。


一度や二度なら流れる星を見たことがある。

ただ、ヴェークはこの最高の星空の中でそれを見てみたかった。


「父さんは流れ星、見たくない?」

「そうだなぁ、今は見たいかな」

「今は?じゃあ前は?」


父は上を見たままだ。


「父さんはね、昔流れ星になりたかったんだ」

「流れ星になるの?見るんじゃなくて」

「ああ、なりたかったんだ」

「大好きなお姫様がいたの?」

「まあ、そんなところだな。たいそうなお転婆姫だったが」

「それって父さんが旅してた時の話?」

「ああ」


リーデンは元々この国の生まれではない。

15年ほど前に別の国から『内円』を経由してこのムートにやってきたらしい。

過去にも何度か聞いたことがある旅の話。

多くは語らなかったリーデンに、兄弟達でどうにか根掘り葉掘り聞き出そうとしたことがある。

それでも聞けた話は、仲間と一緒に色んな国に行ってみたこと、この国に来たこと。そして『内円』の中の恐ろしい化け物のこと。そのくらいだ。

大抵、化け物の話を聞くと、ヴェークを含めみんなで竦み上がって、そこで話が終わってしまう。

だから、好きな人がいたことは初耳だった。


「俺はね・・・父さんはね、夢を見たんだ」

「夢って・・・夜に見る夢?」

「ああ、その夢だ」


「美しい夢でな。そうだな・・・この星空ぐらい幻想的だった」


雲ひとつなく澄んだ黒。

ヴェークは、ここまで純麗な光景を夢の中ですら見たことがなかった。


「その夢でな、お姫様を救いなさいっていわれている気がしたんだ」

「すごい!流れ星と一緒だ!父さんはそれで旅をしたの?」

「そうなるかな」

「いいなあ。僕も冒険してみたい!」

「それはやめておいた方が良いなあ」


リーデンの拒絶に少しむっとして言い返す。


「なんでさ」

「そうだな・・・ヴェーク、お前に好きなものはあるか」

「好きなもの?」

「そうだ」


身を起こして少し考える。

指を折っては立て、折っては立てを繰り返し、困った顔で問う。


「・・・何個までいいの?」

「やっぱりお前は優しい子だ」


「何個でもいいぞ」と言いながら、大きな(いわお)のような手で頭をぐりぐりと撫でられる。


「いっぱいある」

「じゃあその中に、この国の外にあるものはあったか?」

「・・・無かった」


兄弟達も好き。父も好き。ご飯も好きだし、遊びも好き。野ウサギも可愛いし、村の友達も大事だ。

でもこれら全てはこの国の中にあるものだ。


「ならお前はこの国でそれを守れるよう頑張るんだ。全部好きで全部大事なんだろ?」

「・・・そっか、うん」


決意のような返事を聞き入れると、もう一度頭を撫でる。

空では重厚な音が鳴り渡るが、気にならない。



「お父さん?」


そこに弟、アムルトがやってきた。

今し方起きたばかりでなのだろう。まぶたの重たそうな目をこすって裸足で歩いてくる。手には毛布だ。



「どうした?怖い夢でも見たか」


リーデンは立ち上がり、自身が羽織っていたコートを被せてやる。


「ゆめ・・・うん、見た・・・夢、おっきいいきものがいてね・・・空がね水色で、ちっちゃくなってね、でもきれいだったから・・・」


脈絡のない寝言のような話が続く。実際寝言なのかもしれない。力ない人形のように頭を揺らしている。

そんなアムルトを見ていた父は、何かを感じたのか口を開く。


「お前は・・・」


しかしその言葉は、へぷちっというヴェークのくしゃみによって遮られる。

考えれば長い間外にいた。寒いはずだ。


「もう帰るか」

「・・・うん」


少し名残惜しいが、肌寒く、更には睡魔もやってきた。

最後にもう一度空を仰ぐ。

薄紫の雲が星を隠してしまっていた。



その夜ヴェークは、空に浮かぶ紅い心臓の夢を見た。

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