門前の小象
インドの山奥に、大きな寺院があった。その寺の前に、親とはぐれたのか、いつの間にか小象がうろうろと歩き回っていた。まだ小さな象とはいえ、人間の大人よりは大きい。そんな小象は人間が思っているよりもたくさん食べなくては生きていけない。寺の僧侶たちは母親象からはぐれた小象を可哀想に思い、野菜や果物を与えていた。
それを見ていた近くの村の人たちも、寺にやって来ては小象に果物をあげていた。
おかげで小象はすくすくと大きくなった。
小象は人間を恐れず、また襲うこともせず、いつの間にかとても仲良しになっていた。母親がいなくとも、小象は寂しくなかった。人間たちがとても親切にしてくれたからだ。
小象は非常に頭の良い象だった。いつもたくさんの食べ物をくれる人間に、感謝していたのだ。それは、寺の前に住んでいるせいかもしれない。小象なりに「生きること」や「感謝する気持ち」などを寺の僧侶たちから学んでいたのだ。
小象が寺院の門前に住み始めて1年が経とうとしていた。その頃にはもう、小象は寺の僧侶が普段何をしているのかを真剣に考えていた。
どうやら彼らは「仏」というものを拝んでいるようだった。仏とは死んだ者のようだ。非常に立派なことをしたので、死んでもこうしてあがめられているのだろう。また、その仏の言葉を覚え、教えに従っているということも分かった。だからこの寺の僧侶たちはみんな親切で良い人間ばかりなのだろう。小象はココに住んで良かったと心から思っていた。
それから、人が死ぬと盛大な葬儀があり、そこで僧侶たちがお経を唱えている。どうやら、仏と人の死は非常に強いつながりがあるということもわかった。
ある日のことだった。村に一人の人間がやってきた。この人間は村で寺院にある金の仏像のことを聞きまわっていた。その時、寺院には賢い象がいるという情報も得た。
人間は夜になると寺院に忍び込んだ。金の仏像を盗もうとしているのだ。寺院の外門は閉まっていたが、閂はかかっておらず押せば容易に開いた。盗人は敷地に入りウロウロと金の仏像を探した。村人に聞いたところによると、それは建物にはなく、外にあるというのだ。それで広い敷地内を探し回っていた。
小象は眠っていたが、ふと目を覚ました。気が付くと夜だと言うのに寺院の外門が開かれている。小象はのっそりと立ち上がり、門の中に入って行った。
中はひっそりと静まり返っている。向こうからひたひたと足音が聞こえた。小象が足音の方へ行ってみると、見た事のない人間がウロウロと何かを探しているようだった。
小象の大きな身体を見つけ、その人間が小象に寄ってきた。
「やあ、象さん。こんばんは。」
人間は怖がりもせず挨拶をした。それから背負っていた大きな布から果物を取り出して、象にあげた。
「これをお食べ。ところでお前さん、金の仏像がどこにあるか知らないかい?」
小象が果物を食べていると、人間は小象を撫でながら親しげに聞いてきた。
ははあ、なるほど。
小象はわかった。この寺院にある金の仏像は大変に価値があるらしい。きっとこの人間はそれを拝みに来たのだろう。小象が頷くと、人間は聞いた。
「案内してくれるかい?」
小象は金の仏像のある洞へ人間を案内してあげた。人間は喜んで小象を撫でて、また果物をくれた。
「ここで見張っていてくれよ。」
そう言うと、盗人は洞へ入って行った。奥の奥へ行くと、それは見事な金の仏像があった。持って帰るにはちょっと重たいが、持てないことはない。盗む価値のあるものだ。
「賢いと言っても、しょせん動物。」
盗人はほくそえみながら仏像を担ぎ、洞から出ようとした。
ところが、洞の入口にはどっかりと小象の尻が詰まっていた。押しても引いてもそんなものどけられるはずがない。
「おおーい、もう良いぞ!そこをどいてくれ!」
盗人は小象に見張りを頼んだことを思い出し、小象に声をかけた。だが小象の尻はどかなかった。それどころか、なぜかお経が聞こえてきた。
小象は知っていた。
仏と人の死があるところに、お経があることを。
そして、この洞に仏像を拝みに来た僧侶は、数日間ここでお経を唱えることを。
小象は非常に賢い象であったため、いつもいる門前で朝に晩に僧侶たちのお経を唱える声を聞いて覚えてしまっていた。
それで、この金の仏像を拝みに来た人間のために、小象もお経を唱えてあげていたのだ。
盗人は小象の心からのお経を聞きながら、暗闇で金の仏像にすがり涙を流した。数日後にはすっかり悟りを開き、仏の道を歩み始めたということだ。