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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

黒炎の復讐者

作者: 井村六郎

中二!!中二!!中二ぃぃぃィィィ!!!中二病最高ぉぉぉぉ!!!!

球磨川恭介は、目の前で起きていることが理解できなかった。学校から帰ってきたら、父と母が殺されていたのだ。




鮮血が撒き散らされたリビングに、その男は立っていた。荘厳な鎧を着て、血がべっとりと付いている剣を持っている。あれで二人を殺したに違いない。




しかし、それよりも目に付いたのは、男が背中から純白の翼を二枚、生やしていたこと。背中から翼が生えている人間など、あり得ない。そう、その姿はまるで、天使。


「お前が……」


気付けば、恭介は呆然と呟いていた。


「お前が殺したのか!!親父とお袋を!!」


呟きは、怒りを含んだ慟哭となる。しかし、その怒りを真正面から受け止めてなお、男の声は冷たく平淡だった。


「私は天よりの使い。汝の両親は、許されぬ罪を犯した。故に、私は神に代わって彼らを裁いたのだ。」


天よりの使い?やっぱりこいつは天使なのか?罪?何のことだ?俺の両親は何をした?そんな天使に殺されるようなことをしたのか?様々な思いが、恭介の中を駆け巡る。


「その息子である汝もまた同罪なり。よって私は、汝にも同様の裁きを下す。」


そして考えがまだまとまってないにも関わらず、天使と名乗った男は行動を起こした。剣で恭介の胸を刺したのだ。


「……あ?」


剣は恭介の心臓を貫いていた。剣を引き抜く天使。致命傷だ。もう助からない。


「罪深き者よ。地獄へ堕ちるがよい」


最後にその言葉を聞きながら、恭介は呆気なく、死んでしまった。











目を覚ましたのは、何もない真っ暗闇の空間。何も見えず、そして凍り付きそうになるほど寒い。



だが次の瞬間に、その寒さは溢れ出る感情によって吹き飛んでいた。



恭介の魂から溢れ出したのは、憎悪。自分と両親を、何の説明もなく殺した天使への怒り。そして、その命令を下した神とやらへの怒り。憎悪、憎悪、憎悪。憎い、憎い、憎い。天使が憎い。神が憎い。そうひたすら思い続けた。




その時だった。




「ああ……いいぞ、素晴らしい。強く心地良い憎悪だ……神を恨む、私と同じ憎悪。やはりお前を見込んだのは間違いではなかった」




闇の中から声がした。


「誰だ?」


恭介が声がした方向を見つめると、段々目が慣れてきて、その全貌がわかった。




黒い肌に、黒い十二枚の翼を持つ、悪魔としか呼べない存在が、氷の中に閉じ込められていたのだ。しかしこの怪物、とてもなく大きい。恭介の二十倍はある。


「あんたが俺に話し掛けたのか?」


恭介が問うと、それは答えた。


「そうだ。私の名は、ルシファー。かつて天使だった者であり、今は穢れた名を与えられ、この地獄の最下層に封印された者だ。」


「ルシファー!?」


恭介は驚いた。ルシファーと言えば、様々なゲームや漫画に出てくる、悪魔の王である。そんなとてつもない存在が、彼の目の前にいるのだ。夢ではないだろうかと思った時、自分が天使に刺された時を思い出した。それから、ルシファーがここは地獄だと言っていたことも、思い出した。


「地獄ってことは、俺、死んだのか?」


「ああ、死んだ。天使に心臓を一突きされ、お前は死んだのだ。そして地獄に堕ちたお前の魂を、私がここに引き寄せた。」


「あんたが?」


そこまで言ってから、今度はルシファーが問い掛けてきた。


「お前、生き返りたくはないか?生き返って、神に復讐したくはないか?」


「!?い、生き返れるのか!?」


「ああ。私と契約すればな」


「……契約?」


「私もお前と同じく、神への憎悪を抱く者。だが見ての通り、私は神から封印を施された身だ。あれから千年以上の時が経ち、封印も老朽化したが、それでも死した者の魂を私の前まで引き寄せるのが限界だ。破れるようになるにはまだまだ時間が掛かるだろう」


ルシファーは元々、ルシフェルという名の天使だった。神に最も近いと言われた彼は自らが神に取って代わるべく神に戦いを挑み、ルシファーという穢れた名前を与えられ、地獄の最下層コキュートスに封印されたという。


「だが、これ以上封印が老朽化するのを待つつもりはない。そこで私は、人間と契約する方法を思い付いたのだ。お前が契約すれば、私はすぐにお前を蘇生させ、神に復讐する力をやろう。」


契約の力は強く、一度契約すれば神の封印すら越えて、相手に自分の力を与えることができるのだという。


「もし断ったら?」


しかし、これはとても大事なことだ。慎重に選択しなければならないので、恭介はまず契約しなかった場合どうなるかを訊いた。


「先程も言ったがお前は死んだ。そして、ここは地獄だ。私は封印を施された身であるため何もされることはないが、お前は獄卒共から長く苦痛の責めを受けなければならない。」


「!!」


冗談じゃない。あんな風に殺された挙げ句、まだ苦しまなければならないなど。


「嫌だろう?無念のうちに息絶えたというのに、苦しまねばならないなどというのは。」


恭介の心中を見透かしたように言うルシファー。


「だが死ななければいいのだ。私と契約すればお前は生き返り、また人生を謳歌できるようになる。契約するか否か、この二択のどちらがいいかは比べるまでもないだろう?」


「……」


選択の余地はない。あんな惨めな死に方をしたのに、地獄に堕ちて苦しむなんてどう考えても納得できないし、それに何より、自分達を殺した天使が許せない。復讐の力を与えてくれるというのなら、願ったり叶ったりだ。


「……わかった。あんたと契約する」


「そうか。契約してくれるか」


「けど一つ教えてくれ。親父とお袋も地獄にいるのか?もしいるなら、二人も生き返らせて欲しい。」


「……確かに地獄にいる。だが、生き返らせることはできん。契約するのは、あくまでも私とお前だけだ。その場合契約とはいえ、生き返らせられる相手はお前一人のみとなる。」


「……そうか……」


「だが神を滅ぼした暁には、必ず両親の魂を救い出すと約束しよう。」


「……わかった。じゃあ早速契約しよう」


本当は今すぐ生き返らせて欲しかったが、順番があるというのなら仕方ない。


「では契約内容の確認をさせてもらうぞ?一応大切な儀式だからな。まず、契約すれば、私はお前を蘇生させ、神に復讐する力を与える。それから、契約の代償だが……」


契約には代償がいる。ルシファーは恭介が払わなければならない代償を告げた。


「お前が払わなければならない代償は一つ。己の生涯を懸けて、神とその眷属を殲滅することだ。」


これもまた、願ったり叶ったりな代償だった。奴らを許しはしない。一人残らず、皆殺しにしてやる。


「構わない。」


「よし、ではお前の名を教えよ。」


確認は終わった。あとは恭介が自分の名前を教えれば、契約は結ばれる。


「球磨川、恭介だ!」


「我が名はルシファー。今この場において、球磨川恭介と契約を結ぶ。」


「……がっ!?」


ルシファーが言った瞬間、恭介の全身を激痛が襲った。痛みが引いてから見てみると、恭介の両腕に炎のような紋様が刻まれている。確認してみると、両足にも、腹にも、胸にも、同じ紋様が刻まれていた。見えないのでわからないが、紋様が刻まれた場所は熱を持っており、顔も熱っぽいので、顔にも刻まれているだろう。ルシファーにも異変が起きる。彼が封印されている氷に大きな亀裂が入り、砕け散ったのだ。


「約束通り、私はお前に力を与えよう。さぁ、目覚めの時だ。」


自由になったルシファーは、恭介に右手をかざす。ルシファーの右手が光り、恭介の意識が遠くなっていく。


「私は常にお前と共に在る。神に復讐を誓う者はお前一人ではないということ、ゆめゆめ忘れるな。」


それが、恭介が地獄の底で聞いた、ルシファーの最後の言葉だった。











「恭介!!恭介!!」


恭介は自分を呼ぶ声で目が覚めた。一人の少女が身を乗り出して恭介の両肩を掴み、力一杯揺すっている。


「……七海?」


恭介は彼女に見覚えがあった。幼なじみの藍原七海。家族全員で、何年も前から親しい間柄になっている。よく見てみると、ここは病院のようだ。七海の後ろで二人の医者と看護婦が腰を抜かしている。


「……よかった……あんたとあんたのお父さんとお母さんが病院に運ばれたって聞いたから、あたし急いで飛んできたのよ?」


七海の話によると、回覧板を届けに来た近所の老人が、血まみれになって倒れている球磨川一家を発見し、急いで警察と病院に通報。数分後に救急車が到着し、一家は病院に運ばれたそうだ。その情報が七海にも伝わり、心配になった彼女は一家の安否を確かめるため、病院に来たのである。


「お医者さんからあんたが死んだって聞かされて見に来て、そしたら傷が光って治るし、もうわけわかんないわよ……」


傷が光って治った。その現象に心当たりはある。ルシファーとの契約だ。契約を結んだルシファーが、恭介の傷を治して蘇生させたのである。そういえば、と思って恭介は自分の手を見た。しかし、そこにはあの時刻まれたはずの紋様はなかった。


「どうしたの?」


「え?い、いや、何でもない。」


恭介はごまかした。ようやく立ち直った医者と看護婦がやってくる。


「信じられない……完全に心肺停止状態だったのに……」


「……そうだ。あんた誰かに襲われたんでしょ?大きな刃物でブッスリって。犯人の顔とか見てない?」


七海に訊かれて、恭介は考えた。顔はバッチリ見ていたが、犯人は天使などと言ったところで信じてはもらえないだろう。最悪このまま精神病棟行きだ。


「……いや、黒いフード被ってたから、顔は見てない。」


なので、全く違う情報を伝えた。


「……そっか。」


「……親父とお袋は?」


一応、両親の安否を訊いてみる。だが、七海は首を横に振るだけだった。











その後身寄りがなくなった恭介は、七海からの強い希望で、藍原家に住ませてもらうことになった。藍原家は道場があるとても大きな家で、稼ぎがいいため一人くらい増えても問題ないとのことだ。


「強盗殺人事件、か……」


恭介は藍原家の居間で新聞を読みながら呟いた。家の中から何かが持ち出された形跡があったため、警察はこのことを強盗殺人事件として捜査することにしたようだ。相手が本物の天使である以上、人間がどうあがいたところで絶対に捕まえられないだろうが。


(だが、犯人が天使であると教えなかったのは賢明だったぞ)


「!?」


その時、ルシファーの声が聞こえた。しかし、周囲を見回しても、ルシファーはいない。


(私はお前の中にいる)


「……常に共に在るってそういう意味かよ……」


恭介は理解した。恭介と契約したあの時、ルシファーは恭介の肉体に憑依することで、一緒に地獄から抜け出したのだ。


「……しかし、地獄か……」


はたと思う。そういえば、自分もルシファーも地獄にいた。神に逆らったルシファーはともかく、自分や両親も地獄に堕ちるというのは、一体どういうことかと考える。


「俺、そんな悪いことしたのかなぁ……」


とんと覚えがない。少なくとも、天使に殺されて地獄に堕ちるなど、そんな悪事を働いたはずはないのだが。


(恭介、お前に教えてやろう)


と、ルシファーがその疑問に答えた。


(善行を行えば天国に行けるというのはな、嘘だ)


「はぁ!?嘘!?」


(地獄は罪を犯した者が堕ちる場所。罪は善行で消すことができるが、全ての命あるものはどんなに善行を行っても絶対に消すことができない悪事を働いている。それも、日常的にな)


「な、何だよそれ?」


(殺生だ)


「せ、殺生?」


確かに、命あるものを殺すことは大きな罪だろう。しかし、恭介は誰かを殺したことなどない。その疑問にも、ルシファーは答える。


(お前は毎日、米や肉や魚、パンを食うだろう?あれが殺生の罪だ)


「いや、あれが罪って……でも、何も食わなきゃ餓死しちまうだろ!」


(それでも罪だ。生きるためとはいえ、命あるものを殺して食うことは大きな罪。例えお前が殺していなかろうと、それを食えば同じことだ)


「じゃあ、何も食わずに死んだら?」


(その場合は自殺したとみなされる。己の命を軽んじる行為だから、やはり地獄に堕ちるのだ。ちなみに、赤子の流産は産む時の痛みで親を苦しめ、それを償わないまま死んだということで、これも地獄に堕ちる)


「何だよそれ……じゃあみんな地獄に堕ちるってことじゃねぇか!」


ルシファーの言っていることが本当なら、天国に行ける人間など一人もいない。全員地獄行きだ。


(そうだ。誰も助からん。天国とは、神とその眷属のみが住める場所であり、人間が決して立ち入ってはならぬ場所。それが、神の持論だ。信じる者は救われるなどとよく言うが、奴は人間を救うつもりなど最初からない)


ルシファー曰く、神は自分と身内の安寧のみを考えており、人間はせいぜいゴミか遊び道具程度にしか見ていないということだ。


(私は天使だった頃、それに異を唱えた。相手が人間であろうと何であろうと、救いを求める者には救いを与えるべきだとな。しかし、神は鼻で笑ったのだ。我ら以下の者に、救いや安寧を与える必要などないと)


ルシファーは誰もが安寧と救いを得られる世界を造ろうと、神に戦いを挑んだのだ。結果ルシファーは敗北し、二度と逆らえないよう地獄の最下層に封印されてしまった。


(だが、私が再び反逆できるチャンスが、お前というチャンスが訪れた。お前は私にとっての希望なのだ)


そう言われた恭介は、少しくすぐったかった。存在が希望などと、そんなことは言われたことがない。


(とはいえ、お前は天使に殺された。地獄で獄卒に責められる死者達を見て笑い転げるような神とはいえ、天使を動かしてまで死者を増やすような真似はしない。何か理由があるはずだ)


それは恭介も考えていた。いくら神側からすれば罪深い人間とはいえ、天使を遣わせて裁くようなことをするだろうか?きっと何かあるはずだ。


「それを調べながら神を倒さなきゃな。」


(うむ。だが、まだ行くわけにはいかん。今戦っても負けるだろうからな)


神は人間以上に身勝手で性格も最悪だが、力だけは間違いなく全能である。事実、ルシファーは過去に一度神と戦い負けているのだ。次の戦いに必ず勝つためには、もっともっと力を蓄えなければならない。


「どうすりゃいいんだ?」


(天使を倒し、その魂を食らう)


ルシファーは堕天することにより、魂を食らって力を高める悪魔の特性を得た。人間より強い天使を倒して魂を食えば、飛躍的に強くなるのだ。


「けど、天使なんてそう都合よくポンポン出てきてくれるもんなのか?」


(その点は心配いらん。私の予想では、お前の両親は神にとって都合の悪い何かを知ったために殺されたと思う。そして、それを知った可能性がある息子のお前も殺した。神の目的は情報の抹消……となれば次は?)


「……関係者も殺す?」


(そうだ。お前と深い関わりを持つ者のそばにいれば、相手は向こうからやってくる)


「なるほど……ん?ちょっと待てよ?」


ここで恭介はおかしなことに気付く。自分と深い関わりを持つ者など、恭介にはそうたくさんいない。両親の次に深い関わりを持つ者といえば……


「……七海?じゃあここに来るかもしれないってことか!?」


(間違いなく来るな。お前の記憶を少し見せてもらったが、あの七海という女はお前の幼少期からの付き合いなのだろう?普通に考えれば関わりの深い者から優先的に狙う。となれば、ここに来ることは疑いない)


「ちょっと待て!冗談じゃねぇぞ!それってつまり、俺とあんたの復讐に七海を巻き込むってことじゃねぇか!」


(……命ある者である限り、神と無関係ということなどあり得ない。ここは神の庭なのだぞ?奴はその気になれば、誰でもいつでも殺せるのだ)


つまり、全ての生きとし生ける者は等しく、神に命を狙われる可能性を持つこの世界で、今さら天使を派遣された程度のことで騒ぐな。ルシファーはそう言った。


「けど……」


(友を巻き込む可能性を思って戦意が揺らいだか?お前の復讐心はそんな安いものだったのか?友を殺されたくなければ、それより先に神を殺せ。お前の友を神の手から守るのに、それ以外に方法はない)


ルシファーは恭介の中から囁き続ける。殺られる前に殺れと。


(……ふむ。どうやら、悩んでいる暇はないようだぞ?目的の相手が現れた)


そんな時、ルシファーは恭介に敵の来襲を告げた。恭介は思い出す。今七海は道場で素振りをしているため、孤立しているのだ。


「七海が危ねぇ!!」


(私に代われ)


「は?」


次の瞬間、恭介の姿は居間から消えた。











七海は困惑していた。さっきまで素振りをしていたのだが、気付いたらいつの間にか道場の中に見知らぬ男がいたのだ。荘厳な鎧を着込み、背中から白い翼を生やした男が。


(な、何なのこの人?)


こんな目立つ格好をしている男なら、すぐ気付くはずだ。しかし、七海は声を掛けられるまで、男の存在に気付かなかった。気配を全く感じさせなかったのだ。まるで何もない空間から、突然現れたような錯覚さえ覚えた。


「だ、誰ですかあなた?外人さんなんてお招きした覚えないんですけど?」


「藍原七海だな?汝は罪深き者と関わるという罪を犯した。故に天使たるこの私が、神に代わって汝に裁きを下す。」


男が手をかざすと、何もない空間から一本の西洋剣が出現した。その西洋剣を突き付けながら、男はゆっくりと近付いてくる。


「く、来るな!!」


七海も竹刀を突き付け対抗したが、彼女は感じていた。男が持つ剣は、本物だ。竹刀などで対抗できるはずがない。しかし、どうにか隙を突いて気絶でもさせない限り、逃げることは不可能だろう。


(だ、大丈夫よ!あたしこれでも、全国大会準優勝まで行ったんだから!)


七海は剣道部の主将だ。なら行けるはず。そう思って竹刀を振りかぶり、


「はぁぁーっ!!!」


男に挑み掛かった。




「やめておけ。」




だがその時、七海は後ろから何者かに竹刀を掴まれ、おもいっきり引っ張り倒された。


「キャッ!!」


倒れた七海は、竹刀を引っ張った何者かを見た。恭介だった。彼もまたいつの間にか現れており、竹刀を持ち直して弄ぶように振り回している。


「何するのよ!?」


「相手は下級天使か。私からすれば雑魚同然だが、さすがに人間がこのような玩具を使って勝てるほど甘い相手ではない。」


見た目は確かに恭介だ。だが、その口調はとても大人びており、普段の彼からはとても想像できないことになっていた。


「お前、なぜ生きている!?」


天使は狼狽していた。殺したはずの者が生きているというのは、いくら天使でも焦る。


「お前が恭介を殺した天使か。」


「……恭介が……死んだ?嘘!!だって今こうして……っていうかあんた誰よ!?」


恭介が言っていたことを聞き逃さなかった七海は、どういうことかを尋ねる。恭介の姿をしているそれは答えた。


「恭介はこの天使の手に掛かって死に、その魂は地獄の最下層に堕ちた。私はそれと契約し、彼を蘇生させたのだ。その時私も一緒に地獄から出たがね、まだ目立つ行動を起こすわけにはいかんから、こうして身体の中に住まわせてもらっているのだ。」


「地獄の最下層?貴様……ルシファーか!!」


七海はまだ何がどういうことか理解できていなかったようだが、天使は理解できたようで、手にした西洋剣で斬りつけてきた。しかし、恭介の姿した者は、それを片手で防ぐ。


「さすがに知っていたか。まぁ、ルシファーという名はお前達が付けたのだから、忘れたなどとは死んでも言わせんよ。」


ルシファー。神に最も近い力を持つ、天国最悪の大罪人。彼が決行した反逆事件を知らない者は天国において誰もおらず、当然この天使も下級ではあるが知っていた。故にルシファーは地獄の最下層に封印されたが、そのルシファーは恭介と契約し、その身体を宿にした。そして、彼の意思で自由に身体の主導権を交代できる。今ルシファーは恭介と自分の意思を交代しており、恭介の身体を使っているのだ。


「私の目から見てもこれは玩具でしかないが……」


ルシファーは天使の剣を弾くと、竹刀を軽く撫で上げる。すると、竹刀の全てが漆黒に染まった。


「私が少し手を加えれば、天使にも有効な武器に早変わりだ。」


そのまま、天使の剣と打ち合う。ルシファーの力で強化された竹刀は強度を大幅に引き上げられ、天使の剣を受けても斬られず折れず、互角に打ち合っている。そして、ルシファーは天使の剣を弾き飛ばした。


「どうした?私はまだ本気になっていないぞ?私が封印されている間に天国のレベルは落ちたようだな。これなら今天国を攻めても、神に勝てるかもしれん。」


「……舐めるなァッ!!」


ルシファーの物言いに怒りを感じた天使は、今度は剣を二本出現させ、ルシファーと斬り合う。と、


(おいルシファー!!お前何一人で楽しんでんだよ!!)


「む?」


恭介が話し掛けてきた。その隙を突いて天使が突きを放つも、ルシファーは容易くかわして逆に天使の喉を突く。天使は倒れ込んで大きく咳き込んだ。


(俺にもやらせろ!!そいつは俺と、俺の両親を殺したんだからな!!)


「ふむ、いいだろう。」


恭介の言うことも一理ある。そう思ったルシファーは、恭介と意思を交代した。


「ルシファーと交代してやったぜ。ここからは俺の番だ!!」


恭介は竹刀を投げ捨て、未だ咳き込んでいる天使の顔面を蹴り飛ばす。倒れた天使の首を掴んで持ち上げ、顔面を、胸を、腹を殴る。下級とはいえ、本来なら人間が敵う相手ではないのだが、恭介はルシファーと契約することで、その強大な力を使うことができる。その証として、今恭介の全身にはあの紋様が出現していた。恭介がルシファーと契約した証であり、ルシファーの力で強化されたという証。普段は隠密のため消えているが、力を行使すると出現する仕組みだ。この力は、恭介とルシファーの憎悪に呼応して、憎めば憎むほど増していく。おぼろげながらも力の使い方を理解した恭介は、とりあえず怒りに任せて天使を殴りつけていた。一通り殴ってから、恭介は天使に尋ねる。


「お前!!何で親父とお袋を殺した!!」


一番気になっていたこと。最初は調べながら神と戦っていこうと思っていたが、向こうから来てくれたのなら直接聞いた方が早い。


「だ、誰が言うものか」


しかし天使は言わず、怒った恭介は三回、天使の顔面を殴った。


「言え!!」


「こ、断る……」


再度訊いたが、天使は返答を拒否。それに怒った恭介は、今度は倍の六発、天使の顔面を殴った。


「言え!!!」


「う……うぅ……!!」


首を横に振る天使。もう一度、今度はその倍の十二発殴ろうとしたが、ルシファーに止められた。


(待て恭介。下級だろうが天使は天使、神の下僕だ。殺されようと口は割るまい)


「じゃあどうすりゃいいんだよ!?」


(私に任せろ。天使の頭に触れるのだ)


殴る以外の目的で天使の顔になど触りたくなかったが、言われる通り恭介は天使の額に触れる。すると、恭介の頭の中にいくつもの映像が流れ込んできた。恭介は驚き、天使から両手を離す。ルシファーが力を使い、天使の記憶を読み取ったのだ。おかげで、恭介は天使がなぜ自分達を殺したのか知ることができた。


「……天国へ行く方法?」


恭介の両親は、恭介に内緒で天国についての研究をしていた。そして、天国は実在するということを突き止め、生きたまま天国に行く方法を作り出そうとしていたのだ。それを知った神は、恭介の両親が天国に行く方法を作り出す前に、始末することを決意し、そのためにこの天使に球磨川一家の抹殺命令を下したのだ。天国に行く方法について書かれた資料も天使が奪っており、家から持ち出されていたのはそれだったのである。


(天国は神とその眷属のみが踏み込むことを許された世界。故に、神でも、それに縁する者でもないただの人間が、到達することを許せなかったのだ)


「そんな理由で……そんな理由で俺達を殺したのか!?」


「そんな理由だと!?我々にとっては大問題なのだ!!穢らわしい人間共が我らの世界に踏み込むなど、断じて許されん!!故に、この世界に至る方法を知った人間は生かしておけんのだ!!」


天使は激昂した。だが、なんという身勝手。なんという思い上がり。なんという傲慢。ルシファーの言った通りだ。神は誰も救う気などない。己が勝手に思い付いた理、逸話、伝説を広め、人間がそれに忠実に従っているところを見て喜んでいるのだ。本当はいくら従ったところで、幸福になれるはずなどない。神にその気がないのだから。


「……もういい。このクソ野郎、さっさと終わらせてやる。」


天使の怒りも強いだろうが、恭介の怒りはそれ以上だ。知りたいことは全部わかったし、あとは胸くその悪いこの天使を倒すだけだ。


(よし、では唱えろ)


ルシファーは、恭介に自分の力をさらに引き出すための呪文を教え、恭介は唱えた。


「我はかつて明けの明星と呼ばれ、そして地の獄に縛り付けられし者。消えぬ憎悪を抱きし者」


ルシファーは封印から解放された時、地獄の力を吸収した。


「されど我が戒めは解かれ、封印の結晶は砕け散った。既に我を縛るものは何も存在せぬ」


吸収した地獄の力を、己の力と融合させ、


「愚かなる神よ、その眷属よ。復讐の時は今訪れた」


神を討ち滅ぼす力として昇華させた。


「宵の明星へと堕天せし者の憤激を知れ」


その力が今、解き放たれた。


「虚無の(ウルティムム・)獄炎インフェルノ!!!」


それは、黒い炎。闇よりも黒く、見る者全てを恐怖させる漆黒の炎が恭介の全身から溢れ出し、その身体を包み込んだ。


「そ、そのようなこけおどしが、神の使いたる私に通じるものか!!」


七海は何もできずに見つめていたが、天使は恐怖しながらも剣振るう。剣からは、不浄なるもの全てを浄化し、無に還す光の刃が放たれた。しかし、その光は黒炎に触れた瞬間、火の勢いを弱めることもできずに霧散した。


「何!?」


(虚無の(ウルティムム・)獄炎インフェルノ。あらゆるものを消滅させる炎だ。まだ神の力を消し去るまでには至っていないが、お前を消し去るには十分な火力だぞ)


ルシファーはテレパシーを使い、天使に語り掛けた。物質も魂も概念も、触れたあらゆる全てを虚無に還す、憎悪の黒い炎。同じ消滅の技とはいえ、地獄の力と己の憎悪を混ぜ合わせたそれは、天使の光とは格が違う。全能の力を持つ神に打ち勝つための、全能殺しの力だ。


「う、うおおおおおおおおお!!!」


勝敗が明らかでありながら、破れかぶれの突撃を繰り出す天使。それに対して恭介は、


「消滅こそが汝に与える救済である。」


唱えながら炎の右手に集め、放った。天使は断末魔を上げることもできず、塵一つ残らず消滅した。いや、一つだけ、何か光るものが残っている。


(天使の魂だ。あれを食え)


ルシファーの導きに従って、恭介が天使の魂に手をかざすと、魂は引き寄せられ、恭介はそれを食った。力がみなぎるのを感じる。


(これを繰り返していけば、必ず神に勝てる)


「さっさと殺したいんだけどなぁ……ま、順序ってもんがあるか。」


これでまた、恭介とルシファーは力を増した。目指すは神殺しだ。しかし、虚無の獄炎は凄まじい。とんでもない破壊力を持っている上に、望んだものだけを消滅させることができる。その証拠に、天使は消滅したが道場には全く被害が出ていない。と、


「な、何が起こったの?」


七海が震えながら恭介に尋ねた。


「……こいつのことすっかり忘れてた。」


(全てを教えればよかろう。無知のまま襲われるよりは遥かにいい)


「……それもそうか。」


恭介はルシファーの力を借りて、七海に今まで起きた全てを伝えた。


「それじゃ、あたしも天使に狙われるってこと?」


「ああ。悪いな、俺と知り合いだったばっかりに……」


「……そんなの、今さらどうしようもないじゃない。こんなことになるなんて、誰も予想できないわよ。だから、そのことについてはいいわ。」


「七海……」


七海は恭介を許した。普通なら恭介を責めるものだが、確かに恭介を責めてもどうにもならない。


「自分の世界に入り込まれるのが嫌だったからって、殺すことないじゃない。あたしも、神様を許さないわ。」


神に対して怒りを感じていたのは、七海も同じだった。ルシファーのおかげで生き返れたとはいえ、幼なじみとその両親を殺すように天使を遣わせた神を、許しはしない。


「それに、さっき恭介って、ちょっとかっこよかったしね……」


「えっ?」


「何でもないわ!それよりルシファーさん。もう二度と恭介が死んだりしないように、しっかり守ってあげてね。」


七海が何か言った気がしたが、よく聞き取れず、七海はごまかした。


(もちろんだ。私と契約してくれた理解者を、死なせるような真似はしない)


ルシファーもまたテレパシーで、七海に恭介を守ることを誓った。




神を憎みながら死んだ少年は、その身に最強の堕天使を宿して復活した。憎悪の黒炎を纏った二人の復讐者は、天国から下界を見下ろしているはずの神へと告げる。



「(待っていろ、神!必ず殺しに行ってやる!)」



二人の復讐劇は、まだまだ始まったばかりだ。

球磨川恭介


平凡な高校生。両親が天国に行くための研究をしており、それを知った神から派遣された天使に両親ともども殺されたが、地獄の最下層に封印されていたルシファーと契約し、力を与えられて復活する。



ルシファー


かつて世界を変えるために神に戦いを挑み、敗れて地獄の最下層、コキュートスに封印されていた堕天使。恭介と契約し、契約の繋がりの強さを利用して復活した。現在は恭介の体内に宿っており、時折テレパシーや魔術、超能力などで恭介をサポートする。復活する際に地獄の力を吸収したため、封印される前より強くなっている。



藍原七海


恭介の幼なじみ。恭介と深い関わりがあったため、彼女も神に狙われることとなる。剣道部主将で、全国大会準優勝を勝ち取るほどの腕の持ち主だが、天使には敵わないので、基本恭介とルシファーに守ってもらうことになる。

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[気になる点] 地の文がしつこい。戦闘シーンが殆どまとめて地の文に書かれて主人公の強さも相手の強さもわかりにくい。そもそも主人公の、両親が天国行く方法を目指してた理由がわからない。平凡な高校生の親は天…
[一言] いやー、確かに中二ですね~。 かの中二神の生み出した作品の詠唱を彷彿とさせる台詞が特に。 しかしながら、この世界観に合わせると、真剣に神仏を信じてる人たちって……。 というか、一つ思った…
[一言]  というわけでメールを読ませて頂き、黒煙の復讐者、読ませて頂きました。  短編小説で書かれたのですか。辛い過去がある駆逐系主人公。ふむ……進撃の巨人のエレン君や、ベルセルクのガッツさんを連想…
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