7.『ニッポンのアニメ*マンガ*ゲーム展』の感想 前篇
今回ご紹介させて頂きます『ニッポンのアニメ*マンガ*ゲーム展』は現在、東京都六本木にある新国立美術館で、8/31まで開催しております。
また、今年の9月19日~11月23日の間には、兵庫県立美術館でも開催予定だそうです。詳しくはホームページをチェックしてみて下さい。
久しぶりのエッセイということで、さて、何を書こうかと迷うところだが、既にテーマは決まっている。
今、六本木にある新国立美術館で「ニッポンのマンガ*ゲーム*アニメ」展なる展示会が開催されている。
手塚治虫亡き後の1989年~2015年にかけて、日本のアニメ、ゲーム、漫画文化がどのような発展を遂げてきたのかという事を、CG技術の発展や当時の社会情勢を交えて考察する。といった風体の展示会である。先週、興味本位で行ったら思いの外良かったので、今日はそこで得た経験について語りたいと思う。
そもそも、「美術館でオタク文化の展示会?」と首を傾げかけた私であったが、それは浅はかな知見であると内省した。そもそも、『芸術とは何か』について語りだしたら、それはきっと、人が文明発展の過程で生み出した全ての概念や産物を指すのであろう。そう私は考えている。だから、美術館でサブカル文化の特集が組まれていても、何の可笑しさもない。
とはいえ、それほど期待はしていなかった。本展示会に関する事前情報を一片たりとも得ていなかった私は、色眼鏡をかけて美術館まで出かけた訳だが、入って直ぐのところにある看板を見て、直ぐに外さざるを得なくなった。
その看板には、本展示会にあたって資料の提供など、様々な形で携わったクリエイター達の名前が書かれていた。私の敬愛する荒木飛呂彦先生をはじめ、荒川弘先生、大高忍先生、青山剛昌先生、幾原邦彦先生、りんたろう先生など、その道の第一線で活躍し続けている御仁達の名前を見た途端、「あ、これはマジだな。マジの展示会だな」と思った。
事実、その通りであった。
本展示会は全八章の構成から成り立っており、それぞれの章で、日本のアニメ、ゲーム、漫画文化に多大な貢献・影響を与えた作品が展示されていた。
それぞれの章にはテーマがあり、まず最初に来場者が足を運ぶことになる第一章では『現代のヒーロー&ヒロイン』をテーマにした映像展示が為されていた。
柱の様に幾つも立ち並ぶ細長い漆黒の筐体に嵌められたディスプレイの中で踊り狂う、電飾光の煌めきよ。映像展示されていたのは、『NARUTO』、『マギ』、『鋼の錬金術師』、『名探偵コナン』、『Fate/stay night』、『少女革命ウテナ』、『二人はプリキュア』などなど……見たら思わず「おお! こんな作品まで展示されているのか!」と、感動せざるを得ない作品ばかり。
その中で、特に私のテンションをワムウ戦におけるシーザー・ツェペリばりにMAXの領域まで持ってこさせたのが、『キルラキル』と『天元突破グレンラガン』の映像展示だった。
「うっひょおおおおおおお!」と、衝動的に叫びたくなる気持ちをぐっとこらえて、私はこれを食い入る様に眺めた。キタンの命を懸けた特攻から超銀河グレンラガン爆誕までのシーンを、まさか国立新美術館で見れる日がこようとは思わなかった。
キルラキルでは、グレートマッパダガー変形から、流子ちゃんと皐月様の姉妹共闘シーンが流れて、バイブスを上げざるを得ない。しかもこの二つの作品が隣り合わせで展示されていたから、もう熱い事この上ない。
シモンの雄たけびと流子ちゃんの叫びが絶妙な具合で混ざり合い、のっけから来場者のテンションを完成させてくるのだ。ワザマエ! ゴウランガ! まさにここに展示されているのは、時代を切り開いて現実世界に多大な影響を与えてきた、ヒーローとヒロイン達の熱き姿なのだ!
そうして、続く第二章では『テクノロジーが描く「リアリティー」―作品世界と視覚表現』と題して、科学技術の発展と、それに少なからず影響を与えた&与えられてきた作品群が展示されている。
テクノロジーが描くリアリティーというだけあって、展示されていたのはSF作品群が殆ど。今なお根強い人気を誇っている『攻殻機動隊シリーズ』に、『機動警察パトレイバー』、青の六号、電脳コイル、ソードアート・オンライン、BLAME!等の資料展示が為されていた。
とくにびっくりしたのが、攻殻機動隊の背景原画。やや空撮気味に書かれた広大な都市の外観が緻密過ぎるくらいに書き込まれていて、空いた口が塞がらなかった。
パトレイバーにおいては、劇場版1と2の映像展示がされていて、懐かしさに目を細めた。主人公の搭乗するイングラムAV-98式「アルフォンス」のコックピット内が精緻に書かれた資料も合わせて展示されていたが、これも、先に述べた攻殻機動隊の背景シーンに勝るとも劣らない程の書き込み。何の知識も技術も持たない私が、これらの超一流の職人技を見せつけられて、唸らない訳がない。「すげえ、すげえ……」と、内心で呟くばかり。
意外に思ったのは、こういった「SFらしいSF作品」に混じって、ソードアート・オンラインがラインナップされていた事。私の中では、ソードアートオンラインはファンタジー作品なので、こういったSF作品の中に位置付けされているのに若干の違和感を覚えた。
しかしながら、VRMMOの娯楽性を広く知らしめた、あるいは、VRMMOの可能性を大衆に解りやすい形で想起させたという点では、SF作品の一翼を担っている存在と言っておかしくないのかも知れない。
念のために言っておくが、私はクリス・クロスや、クラインの壺の存在を十分に知っている上でこういった発言をしている。これらの偉大な先駆者の影響をソードアート・オンラインも多分に受けているのは間違いないだろう。只、これらのVRMMOをテーマに据えた作品群の中で、今のところはソードアート・オンラインの知名度が高いというだけであって、先に挙げた二作品の娯楽性・芸術性が低いなんてことは、これっぽっちも思っちゃいない。
第三章は『ネット社会が生み出したもの』
ネットワーク技術が現代の人類社会に計り知れない影響力を与えている事など、今更言うまでもないだろう。特にアニメ分野は、良い意味でも悪い意味でも、ネットワーク技術の発展による影響を多大に受けている文化である。今やアニメーション制作は会社組織の十八番ではなくなり、個人製作のアニメーションがインターネット上にアップされるなんてのは、ごく当たり前の事となった。
しかしネットがようやく一般家庭に普及し出した2000年代初期は、『インターネット発のアニメコンテンツ』を迎え入れる土壌が出来たばかりだった様に思う。個人が誰でも自由に作品を公開出来る時代が、ようやく訪れたばかりだったと、記憶している。それゆえに、個人製作の作品のレベルといったら、押して図るべきものが殆どだった。
そんな中で発表された新海誠監督の個人製作アニメーション作品『ほしのこえ』は、とんでもない存在感と影響力をアニメ業界に与えたに違いない。第三章ではまず、個人製作アニメーションの開拓作品とも位置付けられている『ほしのこえ』の映像、絵コンテ展示から始まる。
今でも忘れない。今から十年ほど前の昔。友達の家で、初めて『ほしのこえ』を見たとき、その村上春樹的エッセンスに交えて繰り広げられるセカイ系SF作品を見た私は、人物線画の拙さよりも背景美術の美しさに度肝を抜かれた。「これが個人製作?!」と、心の底から驚いた。あんなに美しい自然風景を、一体いかなる手段で制作したのか、本当に当時は謎だった。
その美しさたるや、神がかり的とも言って良い。田園風景を眩しく照らす、山々の谷間に落ちていく茜色に染まる夕陽の煌めき。雪化粧された侘しい住宅地の脇道。広大過ぎるほど広大な宇宙を包む暗闇と小惑星。敵の異星人と戦う主人公のロボットを照らす恒星の輝き。どれもが美しい。美しいという言葉以外にどう例えれば分からないほど、美しい風景美術だった。今思い返せば、私が本格的なアニメオタクになったのは、あれがきっかけだったのかもしれない。
『ほしのこえ』制作後も、新海誠監督は様々なアニメーション作品を公開しているだけでなく、企業のCM映像にもその手腕を発揮されているのだから、とんでもない才能の持ち主だなと、舌を巻かざるを得ない。
また、第三章では東方紅魔郷の試遊台も置かれていた。弾幕系シューティングゲームの代表作、という位置づけで。私は東方に関してはさっぱりの素人だが、興味本位からやってみた。開始から三十秒で撃墜。ダメだ。やっぱりシューティングゲームは難しい。
Fate/stay nightのキャラクター設定資料も、この第三章のスペースに展示されていた。士郎やセイバー、ギルガメッシュなどの主要キャラの全身像が掲載されている中、何故か言峰神父だけ、麻婆豆腐を食ってるシーンが掲載されていた。いや、確かに神父は麻婆豆腐大好物だけど、何故に? 何故にそのシーンをチョイスしたのか……多分、Fateの展示担当を任された人は、相当なFate好きなんだろう。だからつい、出来心で麻婆豆腐食ってるシーンを入れたんだな。そう納得する事にした。
後編へ続きます。