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6.雨の魔術師~あるいは、彼はいかにして人工降雨を確立させたのかについて~

 世の中には、様々な謎がある。


 丁度一年程前に、忽然と行方を晦ませたマレーシア旅客機は、今何処にあるのか。


 昨年末から続いている、葛飾臨海公園でのマグロ大量死の原因は何なのか。


 こんなに残業しているのに、何故月々の給料に残業代が含まれていないのか。


 謎は、あまりにも多い。


 そんな日常生活に溢れている謎の中でも、今日はとりわけ不思議で怪奇で、現代でもその原因が解決されていない、とある『現象』と、その現象に関わる一人の『気象学者』についてご紹介したいと思う。





 皆さんは『レインメーカー』と言う言葉を聞いて、何を想起するであろうか。


 オカダ・カズチカのフィニッシュ・ホールド?


 確かにそれもあるだろう。


 しかし、今回の話はプロレスとは全く関係がない。


 いや――民衆を湧かせたという点では、ある種共通しているかもしれないが。




 レインメーカーとは、今からおよそ100年前に、とある男が始めた『雨乞い』の商売の事である。


 その男の名は、チャールズ・ハットフィールド。


 生まれは、アメリカ合衆国のカンザス州。


 実家はミシン業を営んでいたのだが、後に農業へ転身する。


 アメリカの農業は、天侯に大変左右されがちな商売である。


 それはハットフィールド家も例外ではなかった。


 折角耕した田んぼはあっという間に干ばつにやられ、敢え無く廃業を余儀なくされてしまうのだ。チャールズ、11歳の頃の出来事である。


 大自然の無慈悲な力の前に、幼きチャールズの心は散々に打ちのめされたに違いない。


 それでも、彼は挫ける事はなかった。


 逆に、或る事を考え始めた。


「何としても、干ばつから農家の人々を守りたい。そのためには、天侯に左右されない、人工的に雨を降らせる技術と装置が不可欠だ」


 だがそうは言っても、一体どうやってそんなものを造れば良いのだ?


 いや、諦めては駄目だ。何か、何か方法があるに違いない。


 彼は寝る間も惜しんで、考えに考えた。




 そんなある日、大人になったチャールズは、不意に昔の事を思いだした。


 幼き頃に読んだ絵本の内容。


 『大砲を撃った後には、雨が降る』という、土埃と降雨に関する内容を。


「これだ……これを応用すれば、人工的に雨を降らせる事が出来るかもしれないぞ!」


 チャールズの頭に、閃きが舞い降りた。


 いてもたってもいられず、彼は直ぐに弟のポールと協力し合い、己の仮説に基づいた幾つもの検証実験を開始した。


 失敗に次ぐ失敗。


 挫折に次ぐ挫折。


 だが、彼は決して諦めなかった。


 干ばつに苦しむ人々を、必ずこの手で救ってやるのだ。


 その日がいつかやってくることを夢見て、終わりの見えない彼の無謀な挑戦は続いた。


 そうして、研究を開始してから4年の月日が経過した頃の、1903年某月。


 ついに血の滲むような彼の努力は実を結び、人工降雨の技術が満を持して完成したのである。


 それは、『人工的に雨を降らせる商売』という、前代未聞の大ビジネスの幕が切って落とされた瞬間でもあった。


 チャールズ・ハットフィールド、27歳の時の出来事である。





 人工降雨技術を引っ提げてチャールズが始めたレインメーカー。


 その商売は、実にギャンブル性に溢れるものだった。


 まず、干ばつに苦しんでいる土地に向かい、降雨実験に取り掛かる。


 雨が降れば報酬を受け取り、雨が降らなかったら無報酬。


 たったそれだけの、シンプルな大博打。


 一か八か。丁か半か。赤か黒か。


 なんと面白い事に、チャールズは人生を賭けたそのギャンブルに、勝って勝って勝ち続けた。


 彼の往く所、干ばつに苦しむ多くの土地で、大量の雨が降り始めたのである。


 チャールズの人工降雨技術は、十分実用性に耐えうるものだったのだ。


「おい聞いたか?この国に、雨を自由自在に降らせる男がいるらしいぜ?」


 噂が噂を呼び、チャールズ・ハットフィールドの名は全米中を駆け巡った。


 西に東に北に南に。


 彼の向かう所で、雨が降った。


 その評判たるや、彼の名を文字った「ハットフィーリング」という造語が、「降雨」を意味する単語として認知される始末である。


 チャールズは26年間の長きに渡ってこの商売を続け、その生涯で500百件を超える雨乞いの依頼を受けた。


 その内、失敗したのはたった『2件だけ』だという。


 考えても見て欲しい。


 彼が最初に人工降雨技術の開発に成功した1903年といえば、彼の有名なライト兄弟が人類初の動力飛行を実現した年でもある。


 人が空を飛ぶなんて、当時は夢物語に近い話だったに違いない。


 ましてや、人工的に雨を降らせるなんて、おとぎ話も良い所だ。


 だが、そのおとぎ話を、チャールズは確かに現実のものとした。


 いやはや、『事実は小説よりも奇なり』とは、まさにこの事である。





 そんな『雨の魔術師』こと、チャールズ・ハットフィールドを突然の悲劇が襲うなどと、一体誰が予想できたであろうか。


 人生は山あり谷ありとは良く言ったものだが、1916年のその日、チャールズは人生の谷底に突き落とされてしまう。


 場所は、アメリカ合衆国・サンディエゴ。


 近年でも稀に無い大干ばつに見舞われたこの土地で、彼は毎度の如く人工降雨の実験に取り掛かっていた。


「ハットフィールドの旦那ぁ。もう頼れるのはアンタしかいねぇんですよ。早い所、街のダムにたらふく雨を飲ませてやってくれよぉ」


 そんな民衆の要請を受けた彼は、何時もの様に、いとも容易く雨を降らせた。


 ああ、やった!


 これでダムに水が貯まるぞ!もう水不足に困らなくて済むんだ!


 歓喜に沸く民衆だったが、しかし、ある事に気が付く。


 雨が一向に止まないのだ。


「ちょ、ちょっと旦那。もうダムは雨で一杯になりやした。もう十分ですから、早い所この雨を止めてください。でないと、ダムが決壊しちまいますよ!」


 雨は一向に振り続ける。止む気配は毛頭ない。


 困惑と焦りの色を浮かべる人々。


 しかし誰よりも困惑していたのは、雨を降らせたチャールズ本人であったに違いない。


 悲しいかな、雨を降らせる事に関してはスペシャリストだった彼の力を以てしても、雨を止ませる技術は持ち合わせていなかったのだ。


 その後も雨は止む事無く、一カ月以上も降り続けた。


 結果、サンディエゴにある三つのダム全てが決壊し、街は大洪水に見舞われた。


 哀れ、チャールズは『雨の魔術師』から一転、『サンディエゴのダムを決壊させた大罪人』として、法廷に引きずりされてしまう。


 だが、世間の予想に反し、陪審員と裁判官はチャールズに無罪を言い渡した。


『サンディエゴを襲った洪水と、彼の人工降雨に科学的因果関係は認められない。洪水はあくまで偶発的に引き起こされた自然災害に過ぎない為、ハットフィールド氏に非は無い』というのが、その理由だった。


 つまり、チャールズの編み出した人工降雨は科学的考証によりもたらされた産物ではなく、オカルトであると断じられたのである。


 判決に衝撃を受けた彼はレインメーカーの看板を下ろし、世間の前から姿を晦ませた。


 自身の発明が科学的ではないと否定された事にショックを受け、人工降雨の技術を永遠に秘匿する事を決意したのである。


 そうして彼は静かに余生を送り、1958年に83歳で生涯を終えた。


 驚天動地のマジックを生み出した雨の魔術師は、そのタネと仕掛けを、文字通り墓場まで持って行ってしまったのだ。





 2015年の現在、チャールズ・ハットフィールドの発明した人工降雨が、如何様な原理で稼働していたのかは、全く明らかにされていない。


 一部には、ヨウ化銀の煙を空中に散布して人工雲を形成させ、雨を降らせていたのではないかと唱える学者もいるが、これはいささか説得力に欠ける。


 何故なら、ヨウ化銀を散布するには航空機等を使って、高所から撒いてやる必要があるのだが、20世紀の初頭にそんな代物がある筈も無い。


 それに、チャールズは『空中』ではなく『地上』で実験を行い、雨を降らせていたのだ。


 ただ唯一、明らかにされている事。


 それは、現代の科学技術を以てしても、チャールズのように驚異的な成功率で人工降雨を実現させることは、不可能に近いという点のみである。





 チャールズ・ハットフィールド。


 20世紀初頭に、若干27歳で人工降雨の技術を確立させた、稀代の天才。


 彼は果たして、何者だったのだろうか。









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