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5.人を喰う山-セロ・リコ銀山について-

毎週日曜日に放送されている「THE 世界遺産」で、興味深い内容が取り上げられていた。


中南米・ボリビアのポトシ市。

標高4000メートルと、人類の生活圏では世界最高地点を記録しているこの街に、それはある。


セロ・リコ銀山。

スペインの占領時代に、大量に次ぐ大量の銀を産出したこの鉱山が世界遺産に登録されたのが、1987年の事である。


16世紀半ばに発見された、この世界最大級の銀山から採掘された莫大な銀塊は、宗主国たるスペインへ矢継ぎ早に輸送された。

結果、ヨーロッパの経済事情が一変するほどの影響力を与えるまでになる。


しかし、銀のもたらす恩恵を受けられたのは一部の富裕層だけで、スペイン庶民らの生活水準は依然として低いままだったというから、なんともいえない気持ちになる。


世界遺産と聞くと、基本的に良いイメージを抱きがちな私。

だが、このセロ・リコ銀山は現在、のっぴきならない状況にあるのだという。


その昔、中南米三大銀山の一角に数えられていたこの山から、既に銀は枯渇している。


銀の採掘が不可能となった後、今度は大量の錫が発見されたらしいが、現在ではそれも全て掘り尽くしてしまったとの事。


にもかかわらず、セロ・リコ銀山に従事する坑夫は未だに多く、就職者が後を絶たない。

何故かと言えば、そこが彼らにとって唯一の飯場だからだ。


ポトシの人々は銀山と共に生き、銀山と共に死んでいった。

ポトシの歴史は、銀山の歴史と言っても過言ではない。





工事中の映像を見て、ちょっとビビる。


てっきり機械を使って坑道を掘り進んでいるのかと思いきや、何と手掘り。

懐中電灯をヘルメットに括りつけ、僅かな灯りだけを頼りに、つるはし一本で丹念に慎重に、時に大胆に、カンカンと岩盤を叩いては、仄暗い坑道を掘り進んでいく、日に焼けた男達。


労働者は皆、銀山へ行く前に市場へ行く。

コカの葉と80℃近いアルコールを購入する為だ。

常に高山病と隣り合わせのこの仕事において、自分の感覚をマヒさせる事が何よりも大事なのだと、ある坑夫は語る。


彼らは作業中、常にアルコールとコカの葉を口に含んで、澱のように体を蝕む疲労感をごまかし、己に鞭打ち、一日八時間に渡る採掘作業を凌ぎきるのだ。

そうでもしなければ、とてもじゃないがやっていられない。

銀山の過酷な労働環境に身も心もボロボロになってしまう。


昔の鉱山事情は、今よりずっと酷かったようだ。

高山病に加え、採掘時に舞い上がる粉塵を吸引したせいで肺が冒され、次々と労働者が倒れていったのだ。

日本でも一時、アスベストによる諸問題がマスコミに取り上げられたことがあったが、セロ・リコ銀山の労働環境はそれ以上に最悪だ。


これまでにおよそ800万人以上の鉱山労働者が、その劣悪な労働環境の為に死んでいったという。

其処までの苦しい思いをしなければ毎日を生活できないほど、今のボリビアには働き口がないのだろうか。


「金だよ」

画面の向こうで、坑夫が言う。

彼の手に握られている石塊の中に、確かに金の欠片がちらほらと見える。

銀山といいつつも、僅かばかりながら金も採掘出来るようだ。


しかし、あれだけの苦労をしてやっと手に入れたその微量な金粒で、果たしてこの人達の生活は成り立っているのだろうかと、首を傾げずにはいられない。






セロ・リコ銀山で採掘をする際、坑夫たちには、必ずやらなければいけない儀式がある。

命の次に大事な事。

坑道内部に安置された『とある石像』に、コカの葉や酒を捧げ、仕事の安全を祈願する儀式。


赤黒い色に覆われ、角のようなものを生やした不気味な石像。

それが、坑夫達にとって唯一無二の守り神。供物と祈りを捧げる相手。

それも一体ではない。

銀山のありとあらゆる場所に、同じ像が何体も置かれているのだ。


『セル・ティオ』の愛称で坑夫たちに親しまれているその恐ろしい風貌をした石像は、中南米の地下世界を統べる悪魔として、ポトシでは非常に有名な存在なのだと言う。


驚いた。


日本でカトリック系の幼稚園に通っていた私の感覚からすれば、祈る相手は仏様かイエス・キリストであろうと決まっていたから。

それがまさか、破壊を司る悪魔相手に祈るとは、一体何を考えての事なのだろうか。


後で調べてみて分かった事だが、ポトシの鉱山労働者は、その大多数がカトリック教徒であるにも関わらず、このセル・ティオなる悪魔を崇拝しているのだという。


神と悪魔。

相反する属性を備えた二者を敬い、畏れる。

その不可思議な慣習は、我々日本人には馴染み薄いものだと思う。






「どうせ、俺達の仕事が如何に過酷で辛いものか。それを取材しにきたんだろう?」

TVの取材クルーに向かって言ってのける、一人の労働者。

脇目も振らず、採掘に没頭しているこの男性は、もともと農業を営んでおり、ジャガイモ栽培で家族を支えてきた。


しかしジャガイモだけでは生活が成り立たなくなり、やむを得ず、人を食う銀山で鉱山労働者として働くことになったのだという。


番組は衝撃的なナレーションで幕を閉じる。


2014年、セロ・リコ銀山は危機遺産リストに登録された。

これまで何百年にも渡って行われてきた無計画で無秩序な採掘が祟り、今やセロ・リコ銀山は崩落の危機にあるのだという。


しっぺ返しを食らったのだ。

なんと自然は非情なのか。

そう断じるのは、余りにも勝手が過ぎるであろう。

人類の醜悪極まる物欲が、銀で一杯に満たされた時には、既に手遅れだったのやもしれぬ。


現在、セロ・リコ銀山では一部地点における採掘が禁止されている。ボリビア政府の見解では、銀山の閉鎖も視野に入れているのだとか。


だが、それに強く反発するのは他でもない。

自らの命を削って労働に勤しむ、坑夫達である。


画面の向こうで、労働者たちは悲痛に顔を歪ませる。


「鉱山が閉鎖したら、俺たちはどうやって家族を養っていけばいいんだ。俺たちが一体何をしたっていうんだ。今までただ銀山を掘っていただけなのに、なんでこんな目に遭わなくちゃいけないんだ」






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