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命を対価にパンを買う

作者: じーた

 身体に電流が流れたかのような鋭い痛みに、深いところに沈んでいた意識はイルカもびっくりの勢いで高く高く跳ね上がる。

 そんな勢いで上げそうになった悲鳴は口に押しつけられた手に阻まれて、せき止められた悲痛な訴えは喉のあたりで渦を巻く。

『黙んなさいって、音響センサーは最低限しか潰してないんだから』

 音のない台詞は、頭の中に直接響く言語意志。一拍遅れて状況を思い出し、こちらも頭の中で語りかける。

『すまない……が、ひとつだけ確認させてくれ。俺の耳はきちんとふたつついてるか? 顎とかにじゃなしに、きちんと頭の両側に』

 月明かりでかろうじて効く視界の先には金髪碧眼の女の顔がある。一週間近くを森の中で寝泊まりしても劣化しないあたり、女ってヤツは不思議なものだとふと思う。

『そのくらい自分で確認しなさい――ったく、この状況で熟睡なんて大したモノよ』

『何を言う、食欲性欲がカケラほども満たせないってのに、その上睡眠までなくしたら人間として終わるぞ』

『アンタの場合、作戦中くらいはヒトとしての尊厳無くしたほうが丁度いいわよ』

 呆れたような台詞の後にわざとらしく肩を落とし、言葉の主はのんびりとした匍匐前進で離れていく。俺も半ば埋まっていた地面から這いだして、そいつの後に続いた。

 あたりは鮮やかな緑の葉が生い茂る広葉樹林だが、未開の場所となるとなかなか侮りがたい。堆積した腐葉土には身体が沈み込むし、毒のある生き物も多い、水の確保も意外と大変だった。ろくな装備もなしに一週間近く潜伏というのはさすがに疲れるものがある。

『ゼイルは起こしてきたわよ。時間は?』

 ついさきほど俺の耳を引きちぎろうとした女は、通信端末を設置しているもうひとりに話し掛ける。

 くすんだ銀髪、横顔がまだ若いのは当然で、俺と同期なのだからまだ二十歳そこそこのはず。

『予定通りであればもうじき連絡が入るはずだ』

 ひょこひょこと動いていたパラボナアンテナはようやく目当ての相手を見つけたらしく、ぴたりと向きを定める。少しして、頭の中に響くのは初めて訊く声だった。

『ハガル1よりソエルユニット、状況はどうだ』

 ハガル――コールサインからすれば今回の全般指揮を努める相手だ。統合作戦軍の現場指揮をするくらいなのだから相当の人間だろうが、なにせ命運を握られている相手。まともであることを願わずにはいられない。

 陸海空とある3軍の中から選抜され、必要に応じて編成されて作戦行動を行うのが俺達統合作戦軍だ。正式な配置はそれぞれの特殊部隊というのがほとんどだが、その実は出向という形でほとんどをこちら側の訓練と任務に費やす。湯水のように予算を消費する実態はあるものの、それに見合うだけの成果を求められ、実績を上げている自負もある。

『ソエル1だ。第一段階は問題なく完了、損失なし。安全圏も予定通りの規模で構築可能、作戦の進行に対する問題も発生はしていない』

『ハガル1了解、作戦開始は定刻とする。他のユニットも問題なしだな?』

『こちらティールユニット、コンディション良好。用意されるレッドカーペットに虫食いがないことを期待する』

『ユル1だ。ティールユニットの800メートル後方で待機中。超人諸君、悪いが俺はせっかちでね、発車時刻に遅れたヤツのために開けるドアは無いぜ』

『ユル2から4も準備万端だ。トナカイはいないが、良い子にしてたら素敵なプレゼントをやるぞ』

 勝手なことを抜かすほかのユニットに、ザレスは小さく肩を落としてから告げた。

『ソエル1より全ユニット。なんでもいいが、スマートに終わらせよう。泣き言を言わせてもらえば、ヒキガエルの生食はもう御免だ』

 一瞬の沈黙は、相手もこちらの状況を察してくれたためだろう。というか、俺達でなかったら間違いなく死んでいる生活だったと思う。

 どことなく悲痛な沈黙を破ったのは、ユル1――輸送ヘリのチームリーダーだった。

『――あー……、なんだ。作戦が終わったらメシを食いに行こう。奢ってやる』

 好中年風味の落ち着いた声に、横で訊いていたリューナがずいと割り込んだ。

『言ったわね、その時は財布を札束でいっぱいにしてからきなさいよ』

『……ビュッフェでいいか?』

 無線の向こうで苦笑するような気配。それが収まってから、ハガル1はわざとらしく咳払いをしてから告げた。

『懇談はそれくらいでいいな? では、ユル1に気持ちよく奢ってもらうためにも円滑な作戦の遂行を要望する。全ユニットは定刻と同時に通信回線をR07へ変更、以後の指揮はそちらで行う』

 そして、その時は訪れる。

 なにひとつとして同じもののない兵士達が、任務の遂行を目的となるために一個の生命体と化す瞬間。あらゆる事象が有機的に絡み合い、その中で明確な形を成せるものだけが今この場に集まっていた。

『ハガル1より全ユニット――遠慮は要らん、食い潰せ』


 号令と同時に、ザレスは握り込んでいた起爆スイッチを押し込む。

 刹那、くぐもった炸裂音と同時に周囲で腐葉土が爆裂して土煙があがった。

 十や二十ではない、森の遙か奥でも起こる似たような現象は、俺達が密林で一週間近く作業を続けた成果――。幅50メートル、距離二キロにわたって埋設されていた1084個の対空地雷が破壊される大合唱だ。

『ソエル1よりティールリーダー、舞台へ上がれ』

 自らも駆け出しながらザレスが告げる。

『確認した。こいつはひどい花道だがな』

 やがて、静まりかえっていた夜の森をターボシャフトエンジンの轟音が支配する。大気を切り裂くローターブレードが樹木に触れんばかりの超低空で迫ってきたのは縦列にならんだ3機の攻撃ヘリ、完全武装したそいつらは、俺達を追い抜いて一直線に目標へと向かっていく。

 俺達が向かうのは森が開けた崖の上。そこから見下ろすことが出来るのは、山間に突如として存在している人工物の密集地帯。俺達がこれから奇襲を掛ける敵の軍事拠点だ。

 けたたましいサイレンが鳴り響き、サーチライトが触角か何かのように動き回る。その中の幾本かが戦闘ヘリを発見した。

 迎撃体勢の整え切れていない基地に殺到した3機の戦闘ヘリは、予定通りハンガーへと機首を向けてロケット弾の斉射を行う。派手なバックブラストと残光を残してハンガーに飛び込んだロケット弾は、着弾と同時にゼリー状の燃料をまき散らし、間髪入れずに吹き上がるのは千度を超える業火。

 撃ち込まれた数十発のナパームロケットは、十秒もかからずに3つの広大なハンガーを炎の海に沈めて見せた。

 ハンガーに格納されているのはこの基地の最大戦力である歩行戦車。地上兵器では間違いなく最強と言っていいソレはナパーム程度では傷すらつかない代物だ。しかし、所詮は機械、操縦兵が搭乗できなければただの鉄屑に過ぎない。限られた火力で行うにしては十分すぎるほどの攻撃だった。

「暗視装置は要らなそうね」

 高熱で早くも原型を失っていくハンガーを眺めてリューナは呟く。第一目標を達成した攻撃ヘリは機首を巡らせ、基地の各所に設置された対空兵器や通信設備にミサイルを撃ち込み始める。

 炎に彩られた基地の中、アラート待機だったのであろう人員が動く様子が見て取れる。建物の中から装甲車が飛び出し、まだ生きている銃座に張り付いた兵士が機関銃の射撃を開始した。

『ティール1よりユル1、初期目標の無力化を確認した。続け』

『ユル1了解』

 新たなローター音は、攻撃ヘリとは異質の軽いもの。背後を見れば、機動力がウリの偵察ヘリがすさまじいスピードで着陸態勢に入っていた。ローターで首をはね飛ばされそうな恐怖の後には、ヘリのパイロットがにやりとする様子が見て取れる。

『派手なドンパチへの片道切符でよけりゃあ乗ってきな』

「奢る約束忘れるんじゃないわよ!?」

 爆音に負けない勢いでリューナががなり立て、俺達は飛びつくようにしてヘリのカーゴスペースに乗り込む。同時にエンジンが出力を上げ、瞬く間に地面が遠のいた。

 主要な対空兵器を潰した戦闘ヘリは、20ミリ弾をまき散らしながら散開する。兵士の注意がそちらに向いた間隙を縫うようにして突っ込んでいく偵察ヘリ、爆音と銃弾が装甲に食い込む音がBGMだ。

 ザレスが降下用のロープを地面に投げ下ろす。常識ならホバリングした状態で行うものだが、俺達はそんな気遣いなど受けられない。ヘリは気持ち減速する程度で、一応降下地点にはRP弾頭のロケットが撃ち込まれて濃い煙幕を発生させる。

 そんな場所に、100キロ近いスピードで飛行するヘリからのカラビナすらない懸垂降下――、

「とんでもない扱いだな……」

 誰の耳にも入らない声で嘆いてから虚空に身を躍らせる。


(身体制御――戦闘レベル起動)

 頭の中に浮かぶのはそんなコマンド。俺の身体を支配する自己進化型のナノマシンが一気に活性化し、肉体のレスポンスが飛躍的に跳ね上がる。

 落下速度のコントロールは両手の握力のみ、煙幕に突っ込んでからの着地は勘に任せるしかないという無茶苦茶振りだ。

 四肢を使って着地の衝撃に耐え、さらに10メート以上を滑走するようにして水平方向の勢いを殺す。

 人体組織を無制限に作り変える、などという、世が世なら研究するだけで犯罪もののナノマシンの実用化に成功した国があった。目的はもちろん軍事分野、定着率60パーセントという無視できない欠陥はあったものの、しかし成功すればたった3ヶ月で歩兵1個小隊と渡り合う超人が誕生するという奇跡の技は、そのリスクを許容しても余りある。

 結果として、所詮は中の下であった軍事国家の独立は戦争末期とされる現在でも保たれていて、そして人間の形をした殺戮兵器は今日も銃を手に戦場を走り回る。

 救いなのはまだ考える能力が残っていること。

 悲劇なのは、よく考えたところで現状を受け入れるしかないということ。

 結局は、すこし能力が高いだけの、思考停止をしたよくいる兵士。

 半機兵と、俺達は呼ばれている。

 音速超過の銃弾が周囲を通過する衝撃波を感じながら、あらかじめ目星を付けておいた遮蔽物を目指して地面をけり出す。

『ソエル2、着地成功。H4に停車してるトラックの陰だ』

『ソエル3も同じく。G5、小さな倉庫の陰よ』

 続いたリューナも無事に着地できたらしく、メインストリートを挟んだ先にある小さな建物に人影が確認できた。

『ソエル1よりユル2。ポイントBおよびEにコンテナ投下。ティールユニットは援護を』

『ユル2了解、20秒待て』

 再び接近してきた戦闘ヘリがロケットをぶっ放す。森の陰に隠れていたタンデムローターの輸送ヘリが姿を現し、後部ハッチを開いた状態で急接近。俺達の降下地点に達したあたりで半弧を描きながら箱状の何かを投下する。

 気持ち程度の落下傘のついたそれは、コンクリートを砕きそうな勢いで地面に落下。一抱えほどのサイズをしたそれは、オリーブ色をした対衝撃構造のコンテナだ。

 すぐさま駆け寄ってそいつを開ける。

 緩衝材に包まれているのは、俺のオーダー通り10ミリ口径のアサルトライフルに諸々の装備。それらを手早く身につけ、最後にライフルのボルトを操作する。

 ひとつ息をつき、試験運用中のものを強引に使用許可を取り付けたというシステムを頭の中で起動する。

(アクセス申請OB-5X――コンタクト。処理域の30パーセントを隔離、リンクの正常確立を確認。モード2よりシステム起動――『神の目』正常動作を確認)

 頭蓋骨を撃ち抜かれたような衝撃のあと、意識そのものに別のものが割り込んでくる。

(003・39・L3/043・45・L5/055・102・123・L4……)

「……ッ、くそ……」

 脳味噌を流れる血液が沸騰したかのような激痛に意識が遠のくが、頭に拳を叩き付けてなんとか意識を保つ。

『ソエルユニットのリンクを確認した、フェイズ2へ移行する。COC及び発電施設への攻撃を開始、ウィルド1の到着は820秒後。ソエル2はグリットD8まで前進、指示があるまで……ティール2、9時方向ッ!』

 せっぱ詰まったハガル1の声に続いて、爆音を押しのけるようにして届いてくるのは大口径のガトリング砲の砲声――さらに一拍、空を仰いで見えたのは、ずたずたになって墜落していく戦闘ヘリの姿だった。

『……ティール2墜落、ハンガー地区にミキサーを確認した。全機高度を下げろ――ティール3、残っているミサイルは使えそうか?』

『無理だ。ランチャーがイカレてる』

『了解。ならば歩行戦車は後回しだ、ティール、ユル両ユニットは歩行戦車の射線を避けて飛行しろ』

 アラート待機か何かか、操縦兵がすでに乗り込んでいた歩行戦車が残っていたのだろう。危惧されていた事態ではあったが、焼け落ちた格納庫の中から空中のヘリを仕留められたのは痛い損失だ。

 状況が状況だけに救出のきの字も出てこない。無理もないかと、ヘリパイロットの安らかな死を祈りながらサプレッサーを着けたライフルの照準器をのぞき込み、手近な監視カメラを片っ端から狙撃する。

『ソエル1よりハガル1。ティール2の救助を行いたい、許可をもらえるか?』

 瞬間、200メートルしか離れていない的をライフルで外した。

『ちょっとザレス、正気?』

 ソエル3――リューナがたまらず声を上げるが、ザレスは応えない。数秒間の沈黙の後、ハガルが応える。

『考えを聞こう』

『撃墜される瞬間を見たが、あれならコックピットブロックは無事だろう。失うには惜しい人材だ、幸い回収できるヘリは4機も飛んでいるし、救助に手を回しても支障なしと判断する』

『――よかろう、救助に関しては任せる。失敗は許容せんぞ』

『素早い決断に感謝する。そういうわけでゼイル、がんばってもらうぞ?』

『……何故そこで俺を呼ぶ』

『俺とリューナでパイロットの救出、その間にオマエが歩行戦車の撃破だ』

『てめっ、無茶も休み休み――』

『命令だ。リューナは適当に10人ほど狙撃して俺に合流、ユル2は積み荷を歩行戦車の周囲に投下してから待機、パイロットを拾ってもらう。ユル1、RP弾は残ってるな? 2、3発ミキサーの足下に撃ち込んでやれ』

『ユル2了解、しっかり頼むぞ』

『こちらユル1、万が一落っこちたら俺のことも頼むぜ?』

『いや、あんたは切り捨てるが恨むなよ』

『…………』

 くだらないやりとりはともかく、いきなりとんでもないことを告げられた俺は嫌が応無く全力ダッシュだ。上空の偵察衛星からのデータリンク――『神の目』の情報に従って射程圏に入った兵士を片っ端から撃ち倒しながら、今なお激しい炎が吹き上がるハンガー地区へ向かう。

 ヘリが墜とされたのはイレギュラーだが、状況は概ね予定通り。そもそも基地施設への攻撃そのものが陽動だ。本当にこの基地を制圧しようなどとしたら、それこそ一個師団では足りないだろう。とりあえずは、追撃を受けない程度に引っかき回せればそれでいい。

 しかしまあ、今回ばかりは死ぬかもしれないな、俺。

(3時方向、AC)

 脳裏に響く警報は、150キロの上空から伝えられるもの。視線を向けた先には建物の陰から飛び出してきた装甲車のルーフに取り付けられた機銃がこちらに向けるところであり、銃口の奧に閃光が見えたのはさらにコンマ5秒後――。

 土嚢を積み上げて構築された銃座に飛び込んで、押し寄せてくる銃弾をやり過ごす。

 幸い、装甲車はよく知ったタイプだ。ライフルのセレクターをフルオートに固定、土嚢に銃身を押しつけるようにして照準器を覗き込む。前輪のドライブシャフトに狙いを定め、トリガーを引き絞ると同時に暴れ出そうとするライフルを力ずくで抑え込む。

 思い描いた軌跡の通りに集中した銃弾はタイヤを支えるアームを撃ち砕き、タイヤに食い込んだ衝撃でソレをボディからもぎ取った。

 外れたタイヤを踏んだ装甲車は大きく跳ね、直後にボディがアスファルトに叩き付けられる。耳障りな音を立て、路面を削った鉄塊が大人しくなったのを確認して再び駆け出す。

『いいのかザレス? 一カ所に集まったらこっちの戦力を特定されかねないぞ?』

『問題ない、どのみちこの状況だ。侵入したのが半機兵だと断定するのに時間はかからない、そうなったら、直接攻撃は最低限にして拠点防護に人員をまわすのが普通だ。この様子だと布陣が整うかどうかのところでウィルドの到着だろう。勝負はそこからだ』

『そういう考えならいいんだが……俺の負担が増えるな』

『第八ピリオドのトップが弱気を見せるなよ――。信頼してるぞ?』

『一方的な信頼はただの無責任だと言いたいが……まあいい、与えられた役はこなすさ』

 会話を打ち切り、衛星からの情報に意識を傾ける。映像そのものを認識するだけの処理能力はないが、ターゲットの位置情報と基地の見取り図を照合すれば、障害物から出たところを狙い撃つなんて事も可能になる。

 しかしまあ、ヘリによる奇襲攻撃からの経過時間は240秒とすこし、相手方もたった三人の侵入者を追いつめるだけの体勢は整え切れていない様子だ。偶然という要素以外でさしたる障害もなく、黒煙と熱波が吹き上がる一角に辿り着く。

 聴覚の捉える異音は甲高い駆動音、問題の歩行戦車の駆動系に使用される大出力のモーターだ。

『ソエル2より1、目標を視認。攻撃するだけならいつでもいける』

 あくまで攻撃、破壊するなどとはどうあっても断言できる相手ではない。

 ミキサーと俗称される歩行戦車は、質量で40トン超、4脚の中型に分類される。なんといってもその特徴は主砲として装備する口径35ミリのガトリング砲で、対空砲塔としても運用可能な防衛用の機種だ。しかしながらその破壊力はそこらの単身砲を積んだ戦車にも劣らず、毎秒30発を誇るその射撃は殆どの陸戦兵器を一瞬で吹き飛ばす。唯一の弱点は射程くらいのものだが、少なくとも歩兵が挑めるような距離で問題になるものではない。

 航空機を相手にすることも考慮されているため、射角やら砲身の旋回速度も段違い。人間離れした機動力がウリの俺達にとっては、敵に回したくない機甲兵器のトップ3に入るんじゃないかと思えるほどだ。

 装甲にしても、運動エネルギーでダメージを与えるならば機関砲クラスの質量が必要だし、その身を固める複合装甲は一般的な対戦車ミサイルに用いられる成形炸薬に対する防御能力も水準以上。前回アレと同じ歩行戦車を潰したときは3人がかりだった、それも、30ミリの対物ライフルにミサイルを4発、最終的に搭乗用のハッチを指向性爆薬で吹き飛ばして搭乗員を直接無力化したのだ。

 それを、今回はひとり。おまけに火器はコンテナ詰めの状態で、その中身は開けてみるまで判らないという素晴らしいまでの運任せ。ユル2が積んでいるコンテナは初期段階の使用が予想されているものだから、火力の面では多少安心できるかもしれないが……。

『ザレスだ。こちらもヘリを見つけたが、包囲を潰して救出するのは厳しそうだ。せいぜい派手にやってくれ』

『了解。玉砕って言葉を体現してやろう』

『そんな、嫌よゼイル。私を一人にしないで……』

 余計な台詞が聞こえたような気がしたが、気にせず距離を詰める。

『無視って何よ! ちょっとは付き合いなさいって、ねえ――!』

 建物を回りこみ、目標まで50メートルという距離に近づく。肉薄するのも危険だが、逆に離れすぎると砲塔の旋回速度に追いつかれる。純粋な一対一ならば足元にもぐりこめれば有利なわけだが、敵の真っ只中でそんな真似をするわけにもいかない。

 もっとも、それ以前に絶対的な火力が不足している。たかだか10ミリのライフル弾では傷をつけるのが精一杯だろう。とにかくはユル2が投下したコンテナから役に立つものを手に入れる必要がある。

(身体制御――戦闘レベル更新、機動制限を再定義)

 多少のリスクを覚悟で運動能力を引き上げる。ライフルはその場において、見上げるのは頭上。足場になりそうなものの位置関係を把握してから跳躍、換気口と窓のひさしを足場に屋上までたどりつく。

 駆け寄ったコンテナを開いて目に入ったのは、暗緑色のいかめしい筒が4本。使い捨ての無反動砲であり、装填されている弾薬は対人用の榴弾と対戦車用のHEAT弾が2発ずつ。外れでもないが、願ったものでもない。

 迷うことなくHEAT弾を2発担いで屋上の縁へ移動、安全装置を解除して備え付けの光学照準器を覗き込む。7倍に望遠された視界の先に捉える標的は、本体の上部に据え付けられたセンサーユニットをせわしなく動かして索敵中、こちらの姿を捉えるのは数秒もあれば十分だろうが、その前に照準を済ませてトリガーを引き絞る。

 秒速300メートルに達する速度で発射される弾体のエネルギーをすさまじいバックブラストが打ち消し、コンマ数秒で目標へと達するロケット弾は回避する余裕すら与えずに、鋭い矢と化した金属粒子を秒速8キロで叩き込む。

 文字通りの爆音が肌を叩くのにも構わず、俺は射撃の反動から解放されるのと同じタイミングで走り出す。

 一歩目からが最速を叩き出すための踏み込みであり、地を這うようにして地面を蹴飛ばす。そうして得られたほんの数歩、距離にして数メートルという余裕を生み出した瞬間に背後で起こるのは破砕音。耳障りな射撃音と共に吐き出された35ミリの砲弾は、強化コンクリートの建物を発泡スチロールかなにかのように粉砕して見せた。

 本能的に固くなる身体に鞭を打ち、一息に屋上から飛び降りる。

 背負った無反動砲を庇いながら数メートル分の落下エネルギーをいなして再度の疾走、歩行戦車が迫ってくる気配を感じながら新しい攻撃地点を探す。

 衛星から歩行戦車の位置情報を読み込みながら建物の間を抜け、歩行戦車に肉薄。ガトリング砲から漂う硝煙の臭いが感じられるような至近距離で無反動砲を持ち上げ、躊躇なくトリガーを引いた。

 一瞬だが意識が飛ぶほどの衝撃と引き換えに、撃ち出されたHEAT弾は一発目が穿ったのと同じ場所に着弾。タンデム式の弾頭故に都合4度目の衝撃が複合装甲を貫通し、歩行戦車の脚の一本を完全に破壊する。

 電力供給を絶たれて動きを止めた脚を踏み台に歩行戦車の本体へ取り付く。脚を失っての姿勢制御に必死になっている隙にありったけの焼夷手榴弾をセンサーユニットにねじ込んで離脱、着地でもつれた脚を筋力で強引にカバーして、無人の建物へと飛び込む。

 短時間に酷使した両足は微かに痙攣を起こし、爆音にやられた聴力が回復するのは少し時間がかかるだろう。破片は戦闘服が止めているので問題なし、ダメージは軽微だ――まだやれる。

 コンディションを簡単に確かめてから、事務室のような部屋を抜けて裏口から出る。

《ティール1よりソエル2――まだ生きてるか?》

《やかましい、取り込み中だから後にしろ》

 唐突に脳裏に響く通信、やっと辿り着いた3つめのコンテナを開けながら吐き捨てる。

《そう邪険にするなって。炭素繊維の翼を生やした守護天使様は伊達じゃないぜ?》

 コンテナの中身はガトリング式のグレネードランチャーだった。十発以上の榴弾を連続発射できる火力は特筆ものだが、戦車相手に致命打は狙えない。

《とりあえず御使いに一口乗っかってみないか? 今なら先着特典で、ハルマゲドンを生き抜くための七つ道具が付いてくるぞ》

《その位置なら曲射弾道で狙えそうなんだが、試すぞ?》

《いやいや、マジな話なんだって。そっから方位20、だいたい100メートルのところにトレーラーが止まってる。派手に吹き飛ばしてくれればミキサーの息の根止めてやる》

《自信はあるのか?》

《弾切れ寸前の戦闘ヘリに過度の期待は勘弁だが、これでも結構冒険するんだぜ?》

《全速力で特攻かませば相打ちは狙えるんじゃないかと思うが、どうだ?》

《……フラストレーション溜まってるのは判ったから、返答を寄越せ》

 考える余地もなにも、可能性があるというのならすがるしかない。承諾の意を伝えると同時にもう一度屋上へと上がり、問題のトレーラーを視界に捉える。

 十分に射程圏内、頭の中でグレネードの放物線を描いてから銃口を持ち上げ、トリガーを引き絞る。

 かすかな炸薬の反動。とびだすのは握り込める程度の小さな榴弾であり、夜気を裂いて飛翔したそれは航空燃料を積んだトレーラーに飛び込む。

 刹那、トレーラーを中心に直径十数メートルの火球がふくれあがり、その形が崩れる頃には夜空を覆いそうなほどの黒煙があふれ出す。

 これだけ離れていてすら肌を焦がされそうな熱波に顔をしかめたその直後、脳裏に響いたのは緊張感のない喚声だった。

《しっかり狙えよジェス! 今夜の見せ場だ!!》

 エンジンの咆吼と共に、質量すら感じさせる黒煙から飛び出してくるのは漆黒の戦闘ヘリ。どこで加速してきたのか知らないが、ほとんど最高速といえるのではと言う速度で突っ込んでいくそいつは、機首に取り付けられた20ミリのガトリングを歩行戦車の上部へと集中させながら上空を通過する。熱センサーはトレーラーの爆発でオーバーフローを起こしているだろうし、黒煙を纏うヘリに対して夜間の光学照準の精度はそこまで高くない。歩行戦車の側がろくに反応できていないうちに、ヘリのほうは急上昇したかと思えばローターのピッチ角最大で宙返りをしてみせる――。機首が地面を向いた瞬間、ロケットランチャーから放たれるのは温存していた数発のナパーム弾だろう。なんにしろ神業と評して差し支えないタイミングで放たれたロケットは歩行戦車の上部に直撃。無傷の状態であれば致命傷ではないだろうが、内部に被害があればたとえ穴ひとつだろうが酸素は吸い出され、渦巻く熱波を逃れる術はない。

 ゆっくりと擱坐する歩行戦車から墜落寸前で姿勢を回復させる戦闘ヘリに視線を移し、一言だけ告げる。

《ソエル2よりティール1。見事な曲芸だ、そういうのは航空ショーで生かせ》

《異動願いは出してるんだけどな、通らないんだこれが》

《まあ、僕としてはさっさといなくなって欲しいのですけどね……》

 ため息混じりに言う若い声は、ティール1のコパイだろう。前列のガンナーシートからこちらに会釈をする様子が見えた気がした。

《さて、弾も尽きた。下ろしたての20ミリも今の無茶で見事におシャカだ――。ティール1より全ユニット、あとは頼むぜ》

《ハガル1了解、ティール1はルートDで撤収しろ。ご苦労だった――。ソエル2、間もなくフェイズ3に入る。ソエル1の進捗状況が微妙だが援護に回る余裕はない。予定ポイントへ移動してウィルド1を待て》

《――了解、帰りの足が無くならないことを祈っとくぞ》

 遠くに聞こえる爆音に背を向け、俺は基地の中心を目指す――。


《ソエル2だ。予定ポイントに到着、指示を待つ》

 基地の司令部まで約100メートル。平屋建ての屋上に身を伏せてから報告する。

《了解しました。ウィルド1の攻撃ポイント到着まで120秒です》

 返ってきたのは、まだ若い女の声だった。女の士官はもっぱら秘書というイメージがあっただけに、軽く驚く。

《フェイズ3より貴方の指揮は私が行います、コールサインはハガル2と。現状での懸案事項があるようでしたら訊いておきますが?》

 どうやら経験が浅いわけではないらしく、よどみのない口調に微かな懸念は忘れることにする。

《いや、問題はない。全般状況と、ティール2の救援はどうなってる?》

《パイロットとソエルユニットの合流は成功、ウィルド1の攻撃とユル2の収容タイミングを合わせるプランで調整が行われています。現時点において、ソエルユニットによる施設目標の攻撃を除いてはタイムテーブルに大きな変更はありません。フェイズ3移行後、ソエル1、3は司令部守備部隊を攻撃、以後は貴方の援護を行ってもらいます。ちなみに、現状からの試算では、フェイズ3のリミットは520秒。それを過ぎて目標の確保が不可能であった場合、プランBが決行されますので、迅速な行動を望みます》

《正直微妙だな、確保までは問題ないとしても、連れ出すまでにかかる時間がある》

《承知していますが、困難な作戦であるからこその貴方です。可能性は十二分にあるかと》

《……謙遜するとこかな、ここは》

 ため息を堪えてから、耳を澄ます。離れた場所から響いてくる戦闘の音は、散発的な小銃と、かなりのハイテンポで聞こえる野太い大口径。でかい音はソエル3――リューナの狙撃銃だろう。戦場に大口径のライフルを持ち込むのが好きな女だし、その扱いに一目置かれているからこそ希望が認められている。ま、リューナの援護があれば問題なかろうと、目前の障害に意識を移す。

 辺境基地とはいえ、司令部の真正面だ。ヘリの活躍のおかげか、ここから見えるのは装甲車が三両に歩兵が2個小隊と言うところ。司令部までは一番近い遮蔽物から80メートルほどが見通しの良い空間になっている。そのキルゾーンを抜けるのに要する時間は5秒前後だとして、歩兵のライフルだけなら運次第で致命傷を受けずにすむかもしれない。しかし装甲車の自動砲塔はそこまで甘くないだろう。

 突破しようと言うのならヘビー級の戦車が欲しいところだが、今回の支援は戦車どころの騒ぎではなかったりするのだ。

《ウィルド1より全ユニット……》

 そうして、待ちに待った通信が脳裏に響く。雑音混じりでかろうじて聞き取れる程度の音声は、遠く離れた空母から発艦してきたステルス戦闘機のパイロットだ。

《『ギムレット』の発射準備は完了、発射と同時に着弾予測を送る》

 淡泊なその報告が、逆に空気を張りつめさせる。

 地面に張り付くように身を伏せ、両耳をきっちり塞いでからハガル2のカウントを待つ。

《……来ます。残り5、4、3、2……着弾》

 瞬間、身体がばらばらになったか、もしくは圧力で押しつぶされたかと錯覚するほどの衝撃が全身を襲う。衝撃波に一拍遅れて、身体が浮くほどの振動がコンクリートの地面から伝わってくる。鉄筋コンクリートの建物が軋みを上げるほどの衝撃は微かな余韻を残して通り過ぎ、どこからか跳ね返ってきた衝撃波がもう一度身体に降りかかる。

 ギムレットというのは貫通爆弾を改造したミサイルで、通常の炸薬を廃して推力と硬度を限界まで引き上げた特殊弾頭を備えている。その目的は単純であり、目標に穴を開けるというただひとつのみ。秒速二千メートル近い速度で着弾する弾体は、最上級の防護を施された地下施設でさえ貫通して直通路を作り出す破壊力を持つ。

 しかし、今回水平方向に発射されたギムレットの目標は司令部の一角。おそらく戦車砲の直撃にもある程度は耐えるであろう外壁には人が楽に通れそうな大穴が空いていた。

 展開していた守備部隊も、超音速とその着弾が発生させた衝撃波によって軒並み無力化されている。

《着弾確認、無事ですか?》

《なんとか、な――》

 衝撃波の直撃は受けていないものの、三半規管が復旧するのに数秒を要した。

 舞い上がった粉塵の向こうで横転した2両の装甲車を確認、1両は爆風で2メートルほど押し流された形跡があるが、ルーフの機銃が生きているかどうかは微妙なところ。

 念のため持ってきていたグレネードの残りをそこへ撃ち込み、屋上から飛び降りる。

《パイロットを収容したユル2は無事に離脱しました。ソエル1、3はバックアップに入ります》

《――そいつは朗報だ》

 着地と同時に両手をついて前傾姿勢をとり、転がっていたコンクリートの塊をスターティングブロック代わりに身体を弾き出す。1秒半でトップスピードに到達、100メートルの距離を6秒5で埋めて外壁の穴へと飛び込む。

 もとはオフィスだったのだろうが、部屋の中身は半ば溶解して黒い塊と化していた。

《さて、メインイベントだな》

 腰から2丁の大型拳銃を引き抜き、一息に飛び出す。瓦礫の散乱したリノリウム張りの廊下が真っ直ぐに伸びていて、オフィスと会議室くらいしかない地上構造はシンプルだ。深夜ともなれば残っていた人間も少ないはずで、人の気配は希薄だった。

 廊下沿いの部屋からひとりの兵士が姿を見せるが、考えるより早く右腕が跳ね上がってトリガーを引き絞っていた。

 工場生産では間違いなく最強の威力を持った大型拳銃は、人間離れした強度を誇る骨格を軋ませるほどの衝撃と引き換えに弾丸を吐き出す。

 とびきり高価なレアメタルを使った弾丸はその威力もすさまじい。防弾ベストを着込んだ上半身に着弾した弾丸は、吹き飛ばすなんて表現すら妥当と思わせる威力で兵士の身体を襲った。貫通はしていないかもしれないが、確実に肋骨は砕けているだろう。

「アホのような反動だな、くそ……」

 確実に一発で無力化するという要望を満たしているのは立派だが、一発撃っただけで腕には嫌なしびれが残る。両手が使えればなんということもないが、それならショットガンを持った方が効率がいい。

 気配を探るのに支障がない限りで足を速めつつ、記憶していた見取り図の中に自分の進行ルートを描き出す。

 主要なセキュリティは強引なショートカットのおかげでクリアできたが、この先の障害は未知数と言っていい。大口径の二丁拳銃というのは俺が考える中で最強の屋内戦装備であり、一個分隊程度なら遭遇戦でも圧倒する自信がある。それ以外の装備も十分に用意してきたつもりだが、予想通りの戦争など一度も経験したことがない。

 通路の角に差し掛かったところで足を速め、跳躍と同時に左足を振り上げる。

 行うのは、自分の身長を楽に超える側方宙返り。両足が天井に届くぎりぎりの最高点で角から姿を見せることになり、真っ直ぐ前に突き出した銃口の先にはライフルを構えた兵士が3人――ライフルの銃口が持ち上がる時間と、交互に吐き出された3発の拳銃弾が目標に到達するまでの時間差はどれほどのものか。

 結果として、喉元を吹き飛ばされて絶命する3人と、無傷で着地する俺がいる。

 間髪入れず、通路に響き渡るのは派手な銃声。ただの牽制射撃かと思ったが、聴覚の捉えた異音を確かめた先で捉えたのは床を転がる黒い塊。一番近い部屋に飛び込むと同時に銃声を掻き消す轟音が炸裂し、それはご丁寧にも時間差を作った5連発。

 聴覚がしばらく役に立たなくなったのを認識しつつ銃を収めて飛び出し、代わりに手にするのは卵大の手榴弾。こいつは俺達のために開発された特別製で、電子式の時限信管は誤差1ミリ秒という高精度。計算と加減さえ間違えなければ、確実に狙った位置で爆破させることが出来る代物だ。

 両端の起爆スイッチを押して信管を作動させ、ゆるやかな放物線を描くアンダースローで投擲、天井付近で起爆する手榴弾には地面と違って安全圏は生まれず、まき散らされる破片は効率よく対象を殺傷する。2秒の間隔を開けてから2発目を投擲。爆発が収まると同時に飛び出して一直線の廊下を抜ける。

 ドアにソファを立てかけた即席の遮蔽物の向こうで手榴弾に引き裂かれた兵士が数名、中には制服姿の者も居て、銃を持ち上げる余力のある相手には最低限の動作で銃弾を叩き込む。

 すれ違いざまにひとりの兵士から小銃をもぎ取って背後を仰ぎ、ろくに狙いを付けずにフルオートで全弾を消費する。追っ手の数は判らない、最低限の時間稼ぎに散弾地雷をひとつ残して再び駆け出し、また角をひとつ曲がる。そうして辿り着くのは電子ロックの施された扉で、そいつは指向性爆薬を使って枠ごと吹き飛ばす。

 扉の向こうはコンクリート打ちっ放しの殺風景な階段、タイムリミットと相談した結果。そこは最小限の警戒に留めて一気に駆け下りる。

 目当ての場所は地下2階、内側からならば効力を発揮しないのでなんの障害もなく廊下に飛び出す。最低限の照明が照らす廊下は、一切の装飾も無い殺風景なもの。高度な電子ロックの備え付けられた扉が並ぶ中、視線を巡らせた先がいきなり目当ての光景だった。

「――――」

 とりあえずバックステップを踏んで陰に戻り、記憶に残る映像から最適な動きを判断して床を蹴る。

 別々の獲物を求めて跳ね上がるふたつの銃口、留める鎖を断つのは数十グラムの力を込めた指先であり、放たれた弾丸は無慈悲な致命傷を相手の脊髄に送り込む。

 通路に響き渡る銃声に刹那に遅れ、4人の兵士が殴り飛ばされたかのような動きで吹き飛ぶ。

「抵抗しなければ殺さない」

 最大限の親切で行う警告に、白衣を着た二人がとった行動はそれぞれ違っていた。

 ひとりは足をもつれさせながら逃げ去り、残ったひとりはストレッチャーに覆い被さるようにして動かなくなる。

「邪魔だ。退いてくれ」

 白衣の女、年の頃は三十代の半ばと言うところだろう。なにやら決死なその姿だが、時間を浪費するようであれば躊躇いなく撃つつもりだった。

「この子を殺すの?」

 顔を上げ、瞳から感じられるのは恐怖と憐憫。まあ、研究員風情が事情を知るはずもないだろうが、説明してやる義理もない。

「そうしないために俺がここにいる」

 せめて一言だけ答え、距離を詰める動作と合わせて銃のグリップを後頭部に叩き付ける。

 加減には自信がある、無言で崩れ落ちる女にはこぶが出来る程度だろう。我ながら慈悲がないとは思うが、そんな感傷よりも時間のほうが重要だ。

 こぶを増やさない程度に女をどかして、ストレッチャーに備え付けの拘束具を手早く外す。

『セシリア、お迎えに上がりました』

 頭の中で語りかけるのは、ストレッチャーに寝かされた少女。まだ十代といったその容姿に、病的なまでに白い肌と腰まで届く真っ白な髪というのはかなり浮世離れした光景であり、それこそ等身大の人形と言われたほうが納得できるような姿だ。

 簡素な貫頭衣に包まれた身体は穏やかな呼吸をするばかりで反応がない。仕方なく強めに頬をはたくと、整った造形がわずかに歪んで長いまつげの間から透き通った碧眼が覗く。

「……乙女の頬を張るな無礼者」

 まるっきり少女の声音で、紡がれる台詞はえらく尊大だった。まあ、こんなナリでも一応年上なので、黙って頷く。

「失礼しました。体調は?」

「見ての通り最悪だな、発情期の熊でも大人しくなりそうな量の鎮静剤を打たれた。分解に数時間はかかる」

「では、運びます――首にしがみついて」

 気怠そうに眉間に皺を寄せるセシリアに、床に転がっていた兵士の防弾衣を着せてから片手で抱き上げる。

 残り時間は4分弱――急がねばなるまい。



《グリッドC5にAPCを確認、追加で1個分隊というところだ。ハンガーの消火装置もどうやら生きていたらしい。プランBのタイムリミットは60秒短縮する――。ソエル3、場所を特定されたようだ、三時方向から回り込んでくる歩兵が数名。6時に見える兵舎の屋上は射角が広いぞ》

《ソエル3了解、ったくもう! 戦闘員多すぎない?》

 小さく舌打ちしながら、大量の弾薬を抱えてリューナは立ち上がる。狙撃銃のスリングを肩に通して背負うと、振り向きざまに姿勢の低い疾走。二階の屋上から躊躇無く飛び降り、装備の重量を感じさせない軽快さで着地。ゼイルにはない圧倒的な瞬発力と柔軟性は猫科の獣を思わせるもので、ほとんどスピードを緩めることなく3階建ての建物の屋上に到達――屋上の縁にいくつもの弾倉が固定された弾帯を置くと、片膝をついて淀みなく銃を構える。

 そこから先は、まるで事前に動作のプログラムが施されたロボットのような動きだ。

 実際、上空から一帯を監視している衛星と同調したリューナは、ターゲットの正確な位置情報と優先順位を完璧に知覚している。有機的に変化する戦場をリアルタイムで解析する負荷は生易しいものではないが、その効果は絶大だった。

 銃口が目標を捉えた瞬間にぴたりと静止し、刹那を空けて轟音と発射炎がほとばしる。

 吐き出された弾丸は闇の中を200メートルほど飛翔し、敵の狙撃手を側方から狙おうと移動していた兵士の胴体を貫く。

 銃声はさらに2発分続き、倒れる兵士も2人。暗視スコープの中に成果を確認する間も無駄だとばかりにリューナは次の標的へと最短軌道で狙いを移し、ほとんど間断の無い狙撃をしては狙いを移していく。

 1人につき1発――それがリューナのスタイルだった。その腕前はといえば、多少の精度を犠牲にする代わりに並の狙撃手が狙いを付ける間に3人は撃ち倒す射撃速度を誇る。

 その威力たるや、正確に弾道を分析する冷静さでもなければ大規模な狙撃部隊を相手にしていると錯覚させるほどのもの。狙撃技術と併せ持った機動性を生かし、1個大隊規模の徒歩部隊を半日にわたって足止めした実績すら持ち、屋外戦における戦力評価は強化兵随一の戦闘能力を誇るゼイルすら上回る。

 おまけに今日は特別な作戦だ、普段は最高級のライフルケースで保管し、たまの競技会でしか使わない愛着のあるライフルを初めて戦場に持ってきていた。わずかな高揚感と奇妙な緊張が、彼女をより研ぎ澄ませている。

 彼女一人が戦場に滞在している効力というのは計り知れないが、それでも一丁のライフルに出来ることは限られる。襲撃から10分以上が経過し、イニシアチブは五分を割っている。制限時間に猶予はなく、プランBとはつまり、目標の救出を諦めて基地ごと燃料気化弾頭で焼き払うというものだ。その場合、ヘリ部隊はもとよりソエルユニットの安全な撤収など考慮されていない。

《ソエル3よりハガル2、ソエル2はどーなの?》

《不明です。目標を確保した際のシグナルは発信されましたが、脱出までの予測時間を60秒近くオーバーしています》

《なによそれっ! あのバカ死んじゃいないでしょうね――ってか、死んでてもいいけどセシリアだけは助け出さないと許さないわよ》

 どうやらこちらの作戦目標はすでに特定された様子で、戦力の集中があからさまになってきた。ティールユニットの弾薬も底を突き、もはや効果的な援護は期待できない。

 ヘリで離脱するだけのイニシアチブを維持できる時間は加速度的に短くなっていく。

 そろそろ尻尾に火のつく頃合いだ。もとより優先順位は目標の達成がダントツで、失敗はすなわち死に直結する。

 じわじわと広がる焦燥を押しやり、ライフルの銃口をドラムヤードへと向ける。装填されていた通常弾を手動で排出し、代わりに焼夷弾を薬室に押し込む。

 スライドをリリース――スコープを覗き、照準、発砲に掛ける時間は一瞬で十分。

 着弾の衝撃にドラム缶が跳ね上がり、半ば空中で炸裂して派手な炎を吹き上げる。呼び水代わりにその周囲のドラム缶を破壊すれば、連鎖的にふくれあがる火災の規模は無視できないものになる。正規の消防隊のみでの対処は不可能だろうから、これで多少の人員は削られるだろう。

 しかし所詮は延命措置、肝心の本命はどうしたともう一度ソエルを呼び出そうとしたところで、脳裏に響くのはせっぱ詰まった悲鳴のような声だった。

《ソエル2だ! 目標は確保、今のとこは無事だが予想外の抵抗でルートを外れた。現在3階の中央廊下を東に後退してるところだが、窓が破れなくて脱出が出来ない。手が回せるヤツがいれば支援願う》

 どうやら当人は相当過酷な状況らしいが、報告としては悪くない。口元がにやりとつり上がるのを自覚しつつ、リューナは最速で返答を送った。

《こちらソエル3、南側ならどうにでもしてあげるけど、要望は?》

《今気付いたんだが素晴らしい美声だな、惚れそうだよ――。中央から10メートル以東、セシリアを抱えた状態だ、なるべくでかいのを頼む》

《まかしなさい。戦艦が通れるくらいでっかい穴を開けてあげるから》

 言って、弾倉の中からとっておきを選び出してライフルに叩き込む。中に詰まっている弾頭は、例え数キロ先だろうが100ミリを超える鉄板を貫通する威力のある成形炸薬弾だ。その威力を持ってしても外壁に穴を開けるのは不可能だが、防弾ガラス程度なら確実に貫通する。狙いを付けた窓の周囲に全弾を叩き込んでから、通常弾を装填して中央に一発。

 見事なもので、防弾ガラスは50口径の貫通を許さなかった。しかし穴だらけにされた窓枠のほうがその衝撃に耐えきれずに砕け散る。

《できたわよ。我ながら神業、惚れ惚れするわ》

《おう、自惚れは結構だがおまけがくっついてきそうなんで頼む――。迷惑ついでで悪いが、無事に着地できることを祈っといてくれ》

《……? なに言ってンの? たかだか3階でしょうに》

《それがだな、懸垂降下の装備なんぞ持ってきてないのだよ――》

「なっ!? ちょっとまちなさいバカッ!!」

 たまらずリューナが声を上げるのと、スコープの向こうに捉えていた窓から人影が飛び出すのはほぼ同じだった。

 黒と白の入り交じったその姿は、間違いなくセシリアを抱えたゼイルだろう。ザイルを掴んでいる様子もなければ、直下の地面はただのコンクリートだ。ゼイルのみなら、問題ないとまでは言えないまでも大したことのない落下距離、しかしセシリアにそんな衝撃に耐えられる強度はなく、ゼイルとて緩衝材の代わりを果たせるほど頑丈なわけではない。

 ゼイルは空中で身体をひねり、セシリアを抱いた格好で地面に背を向ける。

 まさか捨て身でセシリアを助けるつもりなのかと戦慄した瞬間、その真下に滑り込んだのはオリーブ色のカーゴトラックだった。

 響き渡る強烈なスキール音、10トン近い巨体の急制動にタイヤが悲鳴を上げ、ズルズルと滑り出そうとする車体は微妙なステアリング操作で抑え込んでいるのが見て取れる。

 一歩間違えれば横転していてもおかしくない無茶だったが、おかげで落下していた2人はトラックの幌をクッション代わりに軟着陸を決めて見せた。

 見事な曲芸に賛辞のひとつも送ってやりたいところだが、リューナに気を緩める余裕はなかった。ゼイル達を追ってきた兵士の一群が窓に近づく前に狙いを定め、一発の銃弾がまとめて数人の身体を吹き飛ばす。さらに牽制のため数発撃ち込んでから、トラックに向けて対戦車ミサイルを構えていた兵士を始末する。

《ソエル3より1、そのでかい図体じゃいい的よ。逃げるなら方位18、援護するから急ぎなさい》

 衛星とのリンクを繋ぎっぱなしで負荷の蓄積した脳では、演算素子の発熱という副作用で頭の割れそうな激痛が秒単位で増していく。いい加減集中力に影響を及ぼしそうだったそれを、ナノマシンに命令を送ることで電気的に遮断する。痛みというごく自然な制限の代わりに、コンピュータの算出した物理限界は200秒と少し。

 撤収フェイズを終えるまで、無理を通さねばならない。

 半機兵のスナイパーという役割は、身体の前に脳が機能不全を起こす場合が多い。今回の任務のように監視衛星とリンクを繋ぐ場合はもちろん、通常の戦闘でも収集、処理する情報が桁外れに多いからだ。蓄積した負荷は演算素子が隣接する大脳や前頭野にダメージを及ぼすことが多く、兵士として使えなくなった半機兵は生体実験の素材とされるのが常だ。

 おまけに見目麗しい自分のこと、腐った研究員の慰み者になったりするのかもしれない……。

「……サイテーね」

 あまり歓迎できない未来が脳裏をよぎり、銃のグリップを握る手に余分な力が入る。

 とまあ、そんな余計な思考を止めるのは目の前に広がっている現実。

『そこのグズ2人組、まさか私への嫌がらせのつもり?』

 ぴたりと移動を止めた反応に、こめかみが引きつるのが判った。



「言ってくれるな、こちらなりに必死なんだが」

 真顔でぼやくのは、今回のリーダーであるソエル1。浅黒い肌に煤けた銀髪、やる気なさげな碧眼という血縁のよく判らない男の名をザレスというのだが、これでなかなか優秀だ。何度も指揮下で作戦に参加したことがあるが、命を救われたのは一度や二度ではない。

 何気に人命を尊ぶというのも、下にいる分にはプラスな要素だ。

「ま、言い訳はできんな。装甲車の動きくらいきちんとトレースしておけ馬鹿者」

 そのザレスに抱きかかえられる格好のまま生意気な口を叩くのが、俺がつい先ほど奪還に成功した白い少女。名をセシリアといって、言ってみれば俺達に投与されているナノマシンの母体となっている人間だ。

「地下駐車場というのは盲点でした。機甲兵器の定数分はトレースしていたのですけどね」

「それが甘いというのだ、そんなだからヒルダに寝込みを襲われる」

「なっ、何故それを……」

「ふ……。全ての半機兵は私の子のようなもの、知らぬことなどあろうものか」

「……敵いませんね、こいつは」

「――なあ、もうちょっと建設的な話をしないか? 仕事合間のコーヒーブレイクってわけじゃないんだし」

 ――ああくそ、なんで俺がまじめな役回り。

「俺はマーク3あたりだと思うが、ゼイルはどうだ?」

 とまあ、切り替えの速度からするとからかわれていたような気がしないでもない。

 納得できないところもあるが、大人しく返答する。

「一瞬見ただけだからな、マーク3か、その改修型じゃないかと思う」

 ――というのは、今現在俺達が足止めを食らっている相手の話。状況からすれば通らざるを得ない(追い込まれたというのが正しいのかもしれないが)道に居座っている装甲車が一台。そのルーフに取り付けられている砲塔というのがすさまじく厄介な代物なのだ。

 火砲システムの最大手であるジェイドレイル社が開発した自動砲塔システム、通称は『アニー』艦艇用の近接防御兵器であるCIWSの車載版とでも言うべきか、概要としては最新鋭の歩行戦車すら上回るような高精度のセンサー群と、大口径の散弾砲をセットにした兵器だ。特筆すべきはその反応速度で、クレー射撃をさせようものなら満点確実。生きた鳩だって難なく落とすし、通常の対戦車ミサイルすら8割方撃ち落とすらしい。

 まあ、何が言いたいかと言えば、突破するのがすさまじく困難だということ。

「マーク3なら良かったのだがな。アレならばレーダーのグランドノイズの処理が甘い、赤外線センサーさえ潰しておけば、お前の足で壁沿いを走れば難なく抜けられただろう」

 ため息混じりに言うのは、ザレスに抱えられたセシリアだった。

「私も文章でしか知らないが、あれはアニーの最新型だな。私を運び込んだことで新鋭機が回されてきたのかもしれんが、間違いない。例えリューナの脚力だろうが、射角に踏み込んでコンマ数秒後にはミンチが出来上がる」

 淡々と語るセシリアに、ザレスは刹那の黙考。その結果というわけでもないだろうが、口からは無感動な疑問符が漏れる。

「で、どうしろと?」

「セオリーは変わらん。所詮砲塔はひとつだ、アニーの射程外を絶対条件に、多方向からの同時攻撃。最低でも対角線の2発は欲しいところだな。最適距離については、砲塔の旋回速度のデータがないからなんとも言えぬが……いずれにしろこの状況だ、ヘリが撃ち漏らしたのが運の尽きだったな」

 やれやれとばかりに肩をすくめるセシリア、薬物の中和が進んでいるようなのは結構だが、こういう場合において時間というのはすさまじくシビアだ。呑気な会話をしている場合ではないのだが――。

「もうすこしまともな死に場所はないものですかね、せめて明るい太陽に見守られて人生を終えたかったのですけど」

 考えるのはザレスに任せて、星ひとつ見えない曇天を仰いでため息をつく俺。

 そんな俺に手を伸ばしたセシリアは、ゆっくりと髪を撫でてから呟いた。

「そう悲観するな。子供らと共に死ぬのも悪くない、天国には戦争も無かろう。家族水入らずで楽しくすごそうではないか」

 俺はセシリアの手を取り、碧の瞳を覗き込んだ上で少しばかりの溜を作り――きっぱりと、

「いや、脳味噌のどこらへんを弄ったら天国に行けるって妄想が発生するんだ貴女は」

「もう少し付き合わんか、雰囲気が台無しではないか」

 口を尖らせる幼女はともかくとして、なにやら一生懸命考えていたザレスは答えを出したようだった。剣呑な瞳がわずかばかり細められて、形だけのため息をつく。

「ゼイル、お前にリスクを背負ってもらう」

 向けられた瞳は普段と変わらない。ただ淡々と事を進めて、目標を達成するふつうの兵士。ただ少しばかりの人情家で、部下を切り捨てる時には一瞬だけ判断が鈍い。

「グリッドF3に投下されたコンテナに対戦車ミサイルが入っている。そいつを入手し、D2のハンガーを迂回して装甲車に接近、撃破は無理でも少なくとも砲塔へのダメージを与えること。リューナは敵の狙撃手に頭を押さえられていてまともな援護は出来ないし、ティールユニットもすぐに帰投する。完全な単独行動だが、出来るとしたらお前だけだ」

 言いながら差し出されるのは、ザレスの背負っていたアサルトライフル。そいつを受け取り、浅いため息と共に肩をすくめる。

「――ま、異論を挟む余地もない。最善は尽くす」

「ゼイル、ちょっと待て」

 移動しようとしたところでセシリアに呼び止められ、なにかと振り向いた直後。何故だか視界いっぱいに彼女の顔があって、そして抵抗する間もなく唇に触れるのは小さなぬくもり――しかも舌まで入ってきた。

「……よ、幼女に唇を……」

 真顔のまま硬直しているザレスの顔すら楽しむ余裕もなく、わなわなと震える手で口元を覆う。そんな俺に、セシリアは座った眼差しで吐息。

「なんだその顔は。むしろ狂喜乱舞するのが当然の反応だろうに。とまあ、冗談はさておきレギュレーターの新型を送ってやった。定着するのに数分かかるだろうが、無茶をする時の気休め程度にはなる」

「……そいつは心強い。ではまあ、たっぷり暴れてくるとしますか」



(身体制御――戦闘レベル起動。蓄積負荷30パーセント、心肺補助修正、マイナス2)

 コンディションは問題のないレベル。ここまではっきりした被弾もないのは僥倖だが、ここから先は運に頼るしかなくなってくる。演算容量は平凡な俺に、偵察衛星との常時リンクは負担が大きすぎる。無理をしたところで他の処理に影響が出るだけなので、この先『神の眼』は使えない。脅威レベルの大きな目標は瞬間的に伝えてくる状態になっているが、歩兵一人一人の動きまでは把握できない状況。あとは俺自身の感覚が物を言う。

 ルートの選択は安全性よりも速度を重視、遮蔽物の外に身体を晒すのは4秒が限度というのが常識だが、俺達半機兵は速力であと2秒引き延ばす。しかし、遮蔽物の豊富な市街地や屋内というのなら話は別だが、この場所のように見通しの良い通りと単純な形の建物で構成される空間だとどうしても移動が単調になるし、地の利は明らかに向こう側。

 もっとも、戦闘ヘリによる攻撃と火災、おまけに死傷者も少なくはない。戦闘に参加しているのはせいぜい数個小隊、100には満たないだろう。ただ移動するだけならば不可能でもない。

 案の定会敵は散発的なもの。しかし予備弾倉もないライフルはあっという間に弾が尽き、ただの荷物と化してしまう。

《ソエル2、C13に展開している狙撃チームがある。余裕があれば無力化してやれ、それでソエル3は身動きがとれる》

 ライフルを放り捨てたその瞬間にハガルからのそんな台詞。

「C13? 詳しい場所は?」

《2階建てのプレハブの屋上だ。南端に二人いる》

 視線を巡らせれば、ユニット型のプレハブが視界に入る。直線距離で80メートルほど、目指しているコンテナからはルートが逸れるが、許容範囲と判断する。

「了解だ、やってみる」

 告げると同時に方向転換。距離が50メートルを切ってからは足音を殺し、2度の跳躍でプレハブの屋上へ到達。

 そこから先は、手際が肝心だ。

 相手は二人、俯せに狙撃銃を構えるものと、すでに反応してライフルをこちらに向けているもの。ライフルの引き金が引かれるより一拍早く、手榴弾を放り投げてから一本だけ残っていたスローナイフを投げつける。ナイフはライフルの銃身で弾かれるが、その時にはすでに徒手の間合い。

 自慢じゃないが、格闘で普通の人間に負ける要素は思いつかない。

 突進の勢いを震脚に乗せ、これでもかとばかりに力を込めた右フックはあごの骨を砕き、ついでに頸椎もまとめてへし折った。

 間を置かず、兵士の死体を引きずり倒して一緒に伏せた瞬間に手榴弾が炸裂。拳銃を構えていた狙撃手は吹き飛ばされて下へと落ちる。

「ソエル2よりハガル。クリアだ」

《ハガル1了解、いい仕事だ。今の爆発はなかなか派手だがな》

「多少の寄せ餌にでもなってくれればと、な」

 死体から拳銃を手に入れ、その場を後にする。



「くッ・・・・・・」

 苦しげなうめきとともに、胸に抱いた少女が肩を抱く。意味がないとは判っていても、気遣わずにはいられなかった。

「大丈夫ですか? 通常の鎮痛剤なら念のため携行していますが」

「そんなもの気休めにもならん。今なら最高純度のヘロインだろうと中和されるだろうよ」

 ナノマシンの生きた実験室と化している彼女の身体は、自己進化能力を持つナノマシンの発展により研究者ですら把握できないほどの派生種を生み出しているという話だ。その中から戦闘に適したものが抽出され、自分たちのような半機兵を生み出している。彼女自身は肉体が極端に繊細なためその能力を発揮することはできないが、こと内在的な能力に関しては通常の半機兵などとは比べ物にならない。

 半機兵の中でも群を抜く処理容量を誇るリューナですら、セシリアには及ばない。第六感と言えるほどまでに精鋭化されたゼイルより優れた五感を誇るという話さえきく。

 代償として、あまりに多様なナノマシンはその制御に難があり、まれに起きる作動不良が免疫不全症候群に似た激痛を引き起こすというもの。同じ症状で、激痛に耐えられずに自分の腕を引きちぎった半機兵の話があるくらいだ。

 当然のように麻酔も効かない。腕の中の少女を蝕む痛みは、ただそれが過ぎるのを待つしかないのだ。

「問題ない、軽い発作だ。それより、正直以外だったな。アポトーシスを無効化された以上、おまえたちの目的は私の殺害かと思っていたが・・・・・・」

 機密という言葉すら生ぬるい彼女の身体には、技術の漏洩を防ぐために一定周期で特殊な薬を打たねば自壊する仕組みが設けられていた。しかし敵は自壊を引き起こすナノマシンを無効化する術を見つけていたらしく、セシリアからこちらの機密事項である半機兵の技術が盗まれる可能性があった。

 それを防ぐため、セシリアの奪還、もしくは殺害を目的に編成されたのが今回のチームだ。当然のように、当初は遙かにリスクの少ないセシリア殺害がプランAとして進行していたのだが――。

「ゼイルとリューナが身を売りましてね。単独ノーギャラで対空陣地をふたつほど潰すという条件と引替えに救出を主軸にしたプランを承認してもらいました」

 告げる事実にセシリアは形ばかりのため息をついて、ザレスの頬に小さな手を当てる。

「・・・・・・馬鹿なことを。放っておいてもじきに朽ちる身に、お前たちが命を懸ける価値などないぞ? この戦争も終わりは見えている、お前たちも命をつなぐことを第一に考えろ」

「そういう台詞はリューナに直接言ってやってください。十中八九逆上すると思うので、できれば俺のいない時に」

「ほう? 固執しているのはリューナだけだとでも言いたげだな」

「固執……という意味なら間違いなくリューナだけでしょうね。俺やゼイルとて、貴方のためなら腕の一本や二本は安いところですが、そういう状況に持っていくまでの努力をするのは基本的にリューナです。俺たちは、ただあいつに手綱を引かれてやってきただけですよ」

 それにーーと、ザレスは適当に肩をすくませてからおどけたように言ってみせる。

「貴方が死ぬようなことがあったら、自棄になったゼイルとリューナがなにをするか判ったものじゃない。そんなやっかいはごめんですよ俺は」

 ザレスが肩をすくめるタイミングで、くたびれた声の通信が入った。


《ソエル2より全ユニット、奇跡的に準備万端だ。ソエル1、どのタイミングで仕掛ければいい?》

 人気のない倉庫に身を潜め、ため息をこらえつつ問いかける。

《奇跡なものか、お前の実力だよゼイル》

 一瞬の間をおいて、しかし応答にはなんの意味もない。

《不思議なもんだ。結構な頑張りを褒めてもらったってのに塵ひとつ分ほども嬉しくない》

《悪かったな、こちらはいつでも動ける。タイミングはお前が決めていい》

 こちらの言葉が気に障りでもしたのか、わずかにふてくされたような声音。珍しいこともあるものだと思いながら、肩に担いでいた対戦車ミサイルの発射準備を整える。

《ハガル1よりソエルユニット、先ほどの航空戦力は中型の戦闘ヘリが2機、まもなく見える距離になる。プランBは棄却したが、回収役が墜とされたら帰りは徒歩だぞ》

《こちらユル1、安心しな。地獄までの道案内はしてやるよ》

《ソエル3よりユル1、アンタはレストランの予約と支払いだけしてればいいのよ、回収ポイントから動くんじゃないわよ》

 何故だかわからないが、リューナはユル1に手厳しい。

 噛みついてきたリューナを気にした風もなく、ユル1は長い経験を積んだ者だけが出せる貫禄でもって告げてくる。

《ユル1了解、待ってるよ》

 ーーではまあ、その信頼に応えるとしようーー

(ナノマシン臨界活性、信号伝送量を250パーセントまで拡大。バーストリミッター定義更新、カウントダウンを開始)

 これが、俺のとっておきだーー、

 俺たち強化兵の中でもごく一部が扱える能力というか、ナノマシンに対する耐性の問題か。通常であれば暴走して自滅するしかない量のナノマシンを飼い慣らし、瞬間的に銃弾すら視認するだけの身体能力を発揮する。

 その身体的特徴からアルビノと呼称されるイレギュラーがこの俺だ。

《行くぞ》

 告げると同時、握り込んだ起爆スイッチに呼応して、貼り付けた爆薬が倉庫の壁を吹き飛ばす。その向こう側、距離15メートルのところに灰色の装甲車、標的はそのルーフに取り付けられた自動砲塔だ。

 限界まで引き出された五感は、闇の向こうでこちらに反応した砲塔の動きを完全に把握する。

 瞬間的にこちらに銃口が向けられるが、発砲の前に砲塔は旋回、標的にしたのはザレスが投擲した手榴弾。センサー群を挟むように設置された2門の散弾砲が虚空を仰ぎ、発砲へと至る寸前だっただろうーー数百メートルの空間を貫いた銃弾が散弾砲の先端を直撃する。

 リューナの狙撃によってわずかにブレた射撃は手榴弾から逸れ、目標まで届いた手榴弾は大量の煙を噴きだす。

 一瞬で膨れ上がる煙は可視光に加えて赤外線も遮断する煙幕だ。可視光と赤外線を奪ってやれば有効なのはレーダーだけになり、射撃の精度は格段に落ちる。

 もっとも、俺からも相手が見えなくなるのが道理だったりするが。

 ここまで2秒と少し、けして軽くはないATMを担いで詰められた距離は半分に届かない。

 これ以上の援護は期待できず、ここから先は俺の能力次第ということになる。

 煙幕の向こうに見える光は、砲口の奥に燃える火薬の炎。次いで撃ち出されてくるのは無数の鉛玉。

 その威力たるや、一撃で自動車を爆発四散させることもできるだろう。

 無論、そんなものを受けられるはずはない。

 撃発から散弾の到達まで、与えられる猶予は千分の一秒ほど、そこに回避なんて神業を割り込ませることができるのは世界広しと言えど俺くらいのものだろう。

 煙幕を抜けてきた散弾は手のひらほどの面積に固まっている、砕ける寸前の負荷でもって跳んだサイドステップはかろうじてといったところで死神の鎌を避け、煙幕へと突っ込む。

 そこはすでに車体が手に届きそうな位置、ここまで近づけばレーダーなど役に立たない。車体を踏み台にほぼ直上への跳躍ーー、

「宣言しよう、こいつはいい仕事だ」

 トリガーを引絞り、真下から吹きあがる爆風に煽られながらそんなことを呟く。

「そういう自己陶酔は帰ってシャワーを浴びながらにすることを勧めるぞ」

 セシリアを抱えてさっさと駆けてゆくザレスにそんな言葉を投げかけられ、着地の一歩を前進への蹴りだしに代えてその背中を追う。



「一番はじめにトチったティール2はまあ仕方ないとして、助けようってのは正直間違いだったと思うんだがどうだろう?」

 道なき道を爆走するジープの後席、何故か知らんが幌もなく、しがみついている手を離せば一瞬後には空を舞うのが想像に容易い。

「いや、トラブルこそあったが、フェイズ2は予定をオーバーしていない。スケジュールがずれたのはゼイルがセシリア奪還に時間を掛けすぎたところからだ」

 運転席でステアリングを抑えてつけているザレスが、口調だけは冷静に言ってくる。

 落ち葉に隠れた岩を踏み、ジープの片輪が浮き上がる。

「それは――」

 横転の危機に、浮いた側へと飛びつきけば隣にはやたらと暗い顔した金髪と肩を並べる形になる。

「それは相手の援軍が後からどかどか来たせいだろうが、最重要目標放って一体何を支援してたって言うんだ?」

「やかましいわね、あんたの泣き言はしっかり拾ってあげたでしょうに。だいたい、あたしが居なかったらあんたなんて増援に押しつぶされて地下から這い上がってくることすらできなかったわよ」

 ――とまあ、まるで獲物を射殺すかのような目を向けられるのだが、正直予想外のリアクションだ。

「愛用のライフルを泣く泣く置いてきたらしい、察してやれ」

 助手席で険しい顔をしているセシリアから解説が入る。なるほど、それなら納得だ。いつかの競技会のとき、勝手に触った同僚をタコ殴りにしたのは記憶に新しい。

 揺られる、というには荒々しい車内。突き上げるような振動にされるがままのリューナを眺め、

「掛ける言葉は見つかりそうにないな……」

「探す努力はしないのか?」

「無駄なことに労力は使わない、基本だっ痛ッ――」

 首が折れそうな衝撃は、一際低い枝に直撃されてのもの。折れて足元に転がった枝を社外に放り出したその拍子に嫌なものが視界に入る。

「ザレス、見えてるか?」

「少し前からな。誰か22口径でヘリを落とす特技を持ってる奴はいないか?」

 木々の向こうに見える異物、常人の目にはただの夜空しか映らないだろうが、しかし俺達の目には夜空よりも少しばかり黒い点が近づいてくるのを捉えた。その数は2、対するこちらはそれぞれが持つ拳銃と、あとはアサルトライフルが一丁あるだけ。

「あたしのパーシヴァルがいれば、あんなの2秒で墜とせるんだけどね」

 覇気のない視線を後方に流し、リューナがぼやく。パーシヴァルってのは、たぶんライフルの愛称だろう。まさか名前まで付けていたとは正直驚きなのだが、なんにせよ状況は芳しくない。こちらの得物はただのアサルトライフルのみ、どう間違えても戦闘ヘリを落とせる代物ではない。

「そろそろ射程だな――とまあ、警告もなしか」

 ザレスの呟きを補足するように、夜闇にとどろくのはロケットエンジンの轟音。

 つまりはまあ、戦闘ヘリから放たれた対地ミサイルが一目散にこちらへ向かう足音だ。

 シーカーは赤外線画像認識だろう。夜の森、熱源の塊のような車両はさぞや目立つ目標のはず。狙いが外れるなんて事は奇跡を望まない限りは難しい――。

「車を捨てる、各自で飛び降りろ」

 ザレスの選択は当然のものだったが、しかしリューナがうつろな視線を俺に向け、抱えていたライフルに手を伸ばしてくる。

「寄越しなさい――」

 何をするのかと思えば、リューナは流れるような動きでライフルのストックを肩付けし、照準器を覗き込んだかどうかというタイミングでトリガーを引き絞った。発砲から間をおくのは刹那に近い時間。

 夜空に光る爆炎は対地ミサイルの見せる最期の煌きか。

「リューナお前、CIWSの代わりに空母にでも乗ったらどうだ?」

「嫌よ、潮風ってべたつくし、海軍てなんか汗臭いし」

 ライフルの弾倉を入れ替え、眉ひとつ動かさずに2発目のミサイルを撃ち落すリューナ。たぶん、ヘリのパイロットは信管の誤動作を疑っただろう。まさかライフルでミサイルを迎撃するバケモノがいるなどとは想像すまい。

 しかし、距離が詰まればあちらには機銃がある。もちろんそんな距離になれば車を捨てたところで追跡されてしまうだろう。そうなってしまってはこちらの目的――輸送ヘリとのランデブーなど望むべくも無い。

「厳しいな――相手は2機、俺とリューナでそれぞれ囮になって、セシリアはゼイルに任せる。異論は?」

「ま、しゃーないわね……」

 深々とため息をついたリューナが、次の瞬間にはその優秀な瞳に殺気を満たして俺を見る。

「セシリアにかすり傷ひとつ負わせて見なさい、必ずアンタを挽肉にしてやるから」

「任せとけ、リューナの犠牲を無駄にはしない」

 精一杯の笑顔とともにサムアップ。返ってくる無慈悲な肘打ちを避けつつ、助手席から移動してくるセシリアの身体を受け取る。この速度からならセシリアを抱えて飛び降りるくらいはできるだろうが……。

「ゼイル、私はこのあたりの状況が判らない。単独でこちらの勢力圏まで逃げ延びるのは可能なのか?」

 こちらにしがみついているセシリアが耳元で訪ねてくる。その口調には押し殺したような不安が滲んでいるが。

「あちらの追撃の規模にもよりますが、これだけ深い森です。単独ならどうとでも、ご心配には及びません」

 とはいえ、まずはあのヘリを相手にしなければいけない現実がある。小火器しかない状況でヘリを相手に囮役をこなすからには、かなりのリスクを負わなければならないだろう。もし俺がその立場であれば、多少の負傷は許容しなければいけないかもしれない。

 五体満足ならともかく、傷を負った状態となれば帰還の難度は格段に跳ね上がる。俺だったら願い下げだ。

 まあ、あれだ。今更湿っぽくなるような関係でもない、いつ来てもおかしくないような別れがこのタイミングで来たというだけだ。原因がセシリアの救出などという、比較的やりがいのある作戦なだけ救いがあろうかというものか。

《ソエル1よりハガル1、状況は見ているな。予定を変更、ユル1にはソエル2とセシリアだけを回収させる。俺とソエル3は敵のヘリを引き付けた後、単独で帰還を図る》

《ハガル1了解――と、言いたいところだがな。どうしてもしゃべりたいという奴が居る、訊け――》

《ソエルユニット、こちら『ティール2』借りは返す、そのまま突っ走れ》

 あり得ないコールサインとともに、稜線から姿を現すのはすでに離脱したはずの輸送ヘリ。そうして、全開にされたハッチの中で光るふたつの砲火。

 携帯式の対空ミサイルは、夜気を貫いて戦闘ヘリに襲い掛かる。

 だが距離がある、戦闘ヘリはフレアをばら撒きながら急速離脱。追いすがろうとするミサイルの動きはわずかに足りず、ヘリの下腹で対空ミサイルは炸裂する。

 1機はそれによりテールローターに損傷を受けたらしく黒煙を引いて森の陰に消えるが、残る1機は姿勢を立て直してきた。

 それを見たリューナはライフルの弾倉をもぎ取るように放り捨て、新しいものを叩き込む。

「なにを偉そうにッ! 借りを返すんじゃないのかしら」

 当然の話だが、生き残った戦闘ヘリはミサイルを輸送ヘリ――ユル2に向けて発射する。リューナはまた撃ち落とすつもりなのだろうが、同じミサイルでも対空ミサイルは小さく、速度は倍以上ある。おまけに今度は向かってくるものではなく頭上を飛びぬける角度。

 今度はしっかりとライフルに頬を寄せ、音から僅かにそれとわかる程度のバースト射撃。

「……ッ!」

 瞬く間に弾倉ひとつを撃ち尽くし、しかし期待していたような爆発はない。リューナは小さく舌打ちして輸送ヘリを振り仰ぐ。祈るなんていう柄ではないだろうが、俺としても味方が目の前で撃ち落とされる姿は見たくない。

 ユル2も回避機動はとっていたが、その動きはあまりにも緩慢。それでも飛行が続けられたのだから、それはすなわちリューナの神業が功を奏していたということだろう。

 一拍遅れて響く爆音は、制御を失ったミサイルがどこかで爆発したものか。

「お見事」

 セシリアの身体を抱えるようにして回した手で心からの賛辞を送る。

《『ティール2』、身の程をわきまえない行動って、世間一般からは出しゃばりって言われるのよ》

《手厳しいな――言い訳をさせてもらえばこんなもの撃ったのは初めてなんだ。まあ、借しといてくれ》

 ヘリのパイロットに向けた悪態が背後で響く中、いくらかくたびれた声でユル2はぼやく。

 直後に輸送ヘリからに放たれた第2射が追撃してくる戦闘ヘリを捉え、今度は空中で大爆発を起こす。万が一に備えてセシリアを背中で庇いつつ、この短時間で次弾を撃てたのだからたいしたもんだと素直に思う。

《ハガルよりユル2。今の奇跡はソエル3の加護だ、覚えておけ――。ソエルユニットおよびユル1、回収はポイントEで行う。ユル2はルートAで撤収、エスコート役はすでに発艦している。幕引きだ、観客への感謝を忘れるな》

 ハガルの言うところの観客というのが何を指すのかはいまいちわからなかったが、とりあえず後方警戒だけは怠らずにヘリとの合流を急いだ。

 俺たちを乗せたヘリが離陸し、低空飛行をしばらく続けていると進行方向から戦闘機の編隊が飛来し、頭上を追い抜いたあたりで旋回を始める。

 こちらの航空支援だ。遅れて電子戦支援機もやってくるはずで、そうなってくればもはや俺たちの出番は無くなってくる。

 外に目を凝らしていたザレスがひとつ息をつく。それでも視線は外へ向けたままで奴は言った。

「ゼイル、リューナ。お前達は戦闘待機まで体勢を落とせ」

「了解」

「……了解、痛ッ……」

 身体の戦闘態勢を解くと同時に、リューナは頭を抱えて床を転がる。

「あー最悪、頭ン中虫に食い荒らされてるみたい」

 口調こそ気だるそうなものだが、その苦痛は同じ半機兵であれば想像に難くない。床に頭をたたきつけてかち割ろうとしないだけ立派だ。

「まったく無茶をする。失明してもおかしくは無いぞ」

 セシリアがため息混じりにリューナの上体を起こし、その顎に手を添えたかと思えば――、

「すげー画だな、おい」

「お前とセシリアもなかなかだったぞ。ネットに流したら世界中の幼児性愛者の嫉妬を買いそうなほどにな」

「――うるさいだまれ、あれは俺の中でなかったことになっている」

 言葉とともに飛んできた氷嚢を受け取って頭に乗せる。原始的な気休めだが、リューナほどではないにせよこの身体も四十度近い高温だ。

 装甲車の破壊に無茶もしたから、しばらくはまともに歩けなくなるだろう。

 しかしまあ、今回は悪くなかった。

 セシリアの言うとおり、この戦争はもうじき終わるだろう。

 すでに始まりすらあいまいな惑星規模の大戦。

 なにも生まず、なにも救わないただの闘争。

 なんとも生き辛い世の中だとは思うのだが、生まれてきてしまったからには仕方の無いことだし、そこで兵士になっていることについては――まあ、不可抗力とはいえ自業自得だ。

 これが正しいかどうかは、いずれ火薬か銃弾が裁いてくれるだろう。

 なにはともあれ、とりあえずはだ――。


「セシリア、そのくらいにしておかないと血圧過多でリューナの頭の血管がはじけ飛びかねませんよ――?」


 幼女に唇を奪われて沸騰しそうな女を眺め、俺は大きく息を吐く。

 水平線が暁に染まり、長い夜が終わろうとしていた――。


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