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一日二日一話

14/01/07 ゴーストライター

作者: 熊と塩

三題:モアイ・お好み焼き・聖書

 私の指摘に対して、若い編集者は首を傾げた。

「さぁ」

「さぁ、じゃないよ。おたくで出版するんだ、違法性の有無くらい解るでしょうよ」

「そんな事訊かれたって、ぼくはただの使いっ走りスから。解らないスよ。まぁ、上が出そうって決めたんだから、出せるんじゃないスか?」

 すっとぼけた事を言いながら、シャツの襟に指を突っ込んで首筋を掻いている。呆れも苛立ちも通り越して、溜息すら出ない。

 ナメられているのだろう。ナメられるだけの理由は大いにあるが。

 所詮はゴーストライターだ。中身は三流小説家だ。筆の速さだけがウリで、実名で出す本は初版で終わるが、ペンネームで書いた実録本は三刷もされる男だ。だからこんないかがわしいモノを書かされるのだし、こんな礼儀も敬意も無い若造が遣わされるのだ。

 足下を見られている。

 代筆なんてのは儲かる仕事ではない。大半は執筆期間が短く、例えば一冊の納期が一ヶ月という様な厳しい注文ばかり。今度の依頼もそうだ。その所為か口止め料込みなのか、原稿料が並の著作より高めに設定されている事は多いが、しかし印税収入の方は見込みが薄い。はなから定価の一割のものから、更に七から八割が著者、つまり背表紙に名前が載った方に渡り、実際のライターには雀の涙である。

 大手出版社が相手であれば、待遇はかなりマシだ。スケジュールは同様でも原稿料は相応に高くなる。芸能人の自伝やら流行のビジネス書やら、話題性が高い内容ならば印税収入も多くなる。だがそこは熾烈な競争社会だ。見返りの大きい仕事を優先すれば、必然的に中小出版社の依頼を蹴り続ける事になる訳だが、一度大手に見限られればそれっきり、全く仕事が来なくなる、というのはザラにある話。そもそも、三流作家は同じ土俵には上がれないし、その度胸も無いのだが。

 情け無い話だ。

 情け無くて妻にも話せない。妻とは結婚して五年だが、未だただの小説家と思ってくれている。作品の内容について口出ししたくないから知ろうともしないし、もし作品が売れたら取材や何かで自動的に知るでしょう、とそう言ってくれている。今日の様に編集者が訪れても、どこの誰とも聞かず、お茶だけ出してすぐ席を外す。

 妻がこの仕事を知ったら、何と言うだろう。

 再び資料に目を落とした。A4サイズのコピー用紙で僅か十ページ。その癖、こういうアオリ文句を使えとか、そういう体験談をでっち上げろとかの指示、デタラメな研究結果や名前を出しても文句を言われない研究機関などが、びっしりと書き込まれている。

 本当に情け無い。

 コーヒーテーブルに資料を置いた──つもりで、思わず投げ出していた。

「まあ書くよ」

「ほんとスか。助かります」

 そう感情無く言う。

「解らない事はこちらから電話するから。で、その紙袋は何?」

 ああ、と今まですっかり忘れていた様子だ。

「コレ、社長が手土産に持ってけと言うんで。なんか、イースター島土産だそうスよ」

「そうか。じゃあ置いて帰ってくれ」

 出来る事ならケツを蹴り飛ばしてやりたかった。


 数ヶ月して──

 図書館で資料を漁ってから日暮れに帰宅すると、食卓の中央にホットプレートが置かれていた。過去食事に使われた記憶は思い当たらなかったが、テーブルの下に真新しい箱がある。新しい調理器具を揃えるのに何ら不満は言わないけれど、珍しく思って妻に尋ねると、今日の夕食の為にわざわざ買ったのだと言う。

「ふうん。そこまでして食べたいものでも?」

 妻はキャベツを切る手を止めて、ちょっと振り返るとすぐに目を背けた。そして、うふ、と意味深な笑みを漏らす。キスをする様に口をすぼめ、囁き声で言う。

「……お好み焼き」

「ハア?」

 やたら艶っぽく何を言うかと思えば、お好み焼きだ。確かに、鍋の中ではタコがぐつぐつ茹でられているし、小麦粉の袋もあれば、ソースの瓶にもお好み焼きと書いてある。しかし何だってお好み焼きなのだ。ホットプレートを新規購入してまでお好み焼きって、どういう事だ。だったら専門店で食べた方が美味いだろうに、お好み焼きは。

「だって」

 ふて腐れてチラと見たのは、キッチンの端に置かれた一冊の本と、その隣の、英語がズラリと並ぶ怪しげな白い箱。

 背筋が凍った。

「今すごく売れてるんだって。友達に勧められたの。ほら、年賀状届いてたでしょ。あの子」

 妻は俯いて垂れた髪を、紅色に染まった耳に掛けて、再びキャベツを刻み始めた。

「凄いみたい。その日の晩から効果があったって」

 それは確か、夫婦生活に盛り上がりを求めた三十代主婦・より子さん(仮名)の感想だ。

「粉ものに混ぜると味が気にならなくなるって」

 それは、結婚のきっかけ作りに悩んだ二十代女性・美佳さん(仮名)の感想だ。

「そろそろ私達も、いいかなって、そう思うの。ね?」

 忌々しいモアイ像型のキッチンタイマーが、チンと鳴った。

一日二日一話・第十二話。

お題をくれたオカン(chuugumi)に感謝を。


感謝するけど悩むよ! どうしろって言うのよ!!

と煩悶した結果がこれです。「聖書」どこ?って方は「バイブル商法」でググるといいです。

でもちょっと無理矢理だよねー。わかるー。

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