1.出会い
俺の趣味は釣りだ。
釣りといっても何かが釣りたいというわけではない。
釣りが趣味と他の人が聞くとだいたい、
「なにを釣りに行くの?」
「楽しいの?」
と聞かれ、釣りが好きな人が聞くとそこから、
「どんな仕掛けやえさを使ってる?」
「一緒にどこかに釣りに行こう」
と言われる。
でもその質問にはしっかりとした答えを答えられたことはない。
俺は何か釣りたい魚がいるわけでもないし、仕掛けの種類もほとんど知らない。誰かと一緒に行っても落胆されるのが見えている。
俺は、しっかりとした釣り具も用意せず、仕掛けもウキとおもりと針、餌はそのあたりにいた適当な虫で、釣り糸を垂らしながら、ただただその時に感じた感情に流されるのが好きなのだ。釣った魚も逃がすか近くの猫にやるだけだ。
このことを聞いた人はそのあと、釣りについて聞いてきたことはないし、俺に話しかけること自体なくなったし、あっても少なくなった。
それ以来、このことを誰か話したことはない。というか他人と関わることがほとんどなくなった。
そんな俺に関わりがあったのは、家族と、釣りをしてるときにおこぼれを狙っている猫たちぐらいだ。
しかも猫たちは、俺が釣った魚をくれるとわかっているのか、釣りをしていると回りに自然と群がってくる。
そんなある土曜日、よく行く池のいつも釣りをしているところに行くと珍しく先客がいたようだ。
いたというのも、釣り竿があるだけで糸が垂らしてない状態で置いてあったが釣り人はいない。トイレだろうか?
そんなことは置いておいてどうしようか迷う。この池は誰かの逃がしたブラックバスやブルーギルがいるのでときどき人が来るが、俺が釣るここは、穴場とかではなく、単に俺が他人がいるとこで釣りたくないから、人が近付きづらく、回りから見にくいから人が少ないのであって、大物が釣れるということはない。
だから他人がいる以上、あまりここでは釣りたくないのだ。
だがよく見ると、置いてある釣り竿はしっかりしたものだし、回りには釣り具の入ったバッグがいくつもある。あきらかに「狙いにきました」という装備だ。
これなら、ここではあまり良い魚が釣れないことを伝えれば他に移動してくれるかもしれない。
それならと、俺は自分の竿を出し、少し離れた場所で釣り始めた。
しかし、そのあと三時間も釣っていたのに、その釣り人は現れなかった。
落ちたのかと思ったがここの下は1メートルほどの距離まではひざに水面がくるほど浅いため底が見える。とても落ちたようには見えなかったのでそのまま放置して帰ることにした。
ついでに、今日はなにも釣れなかった。
次の土曜日にまた行くと、以前同様に糸を垂らしていない竿があった。
今回は前回のことがあったので気にせずに釣りを始めた。
そして今日も誰も来なかった。
前回と違うところは、小さなバスが1匹釣れた。釣れたそばから猫が来たので投げてやったら、バスを咥えて自慢げに去って行った。
また土曜日に行ったが、また同じ状況になった。
バスとブルーギルが1匹ずつ釣れたがどっちの時も猫がやってきた。ここの猫は釣れたのがわかるのだろう。また自慢げに去って行った。魚がもらえるのはそんなに自慢することなのか?
そんなことが2カ月ほど続いた。
いつも置いてあるので、「もしかして置いて行ったのか?」と気付き近くで見ることにしたら、竿は一片の曇りもないほど綺麗なままだった。
また、開校記念日で違う曜日に来ると竿が置いてなかった。
さすがに、毎回俺がいるときに限って竿を置いて、なにがしたいのか気になってきたので、ためしに
竿が遠くから見える茂みで待ってみることにした。
もしかしたら俺みたいに一人じゃないと釣れない人かもしれない。
そうしていつも釣り始める時間から1時間ほど待った。動きがあるように見えないのでいい加減、俺が釣りたくなったので、謎の釣り人のことは今度にしようとしたその時だった。
「今日は来ないみたいですニャー」
という声が聞こえたのは。
「はぁっ!?」
その瞬間、驚いて体ごと茂みから出て釣り竿があるところを見た。
「ニャッ!?」
するとそこには、俺が茂みから出た音か、つい出した声で気付いたのか、釣り竿を両足で抱えた猫が驚いた顔でこっちを見て二本足で棒立ちする姿だった。
たぶんその時見た驚いた顔は、俺の顔でもあったと思う。
そんなことを考えながら俺は・・・
池に落ちた。
「ちょっ、待つニャ!」
そんな驚いた声が聞こえた気がしたが、そのまま意識は薄くなっていった。