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エピローグ side イリスフィール

「――とりあえずは、これでよしっと」


 物質界での仕事をひとつ終え、私――イリスフィール・トリスト・アイセルは第七階層世界に存在する小さな島、エリュシオンへと戻ってきていた。

 物質界で動く際に絶対必要とされ、階層世界では活動の妨げとなる『魂の物質化』は、こちら側に帰ってくるまでの間に、私が世界移動をするために使う魔術、<七界転翔トリスト・アーク>の中で解いてある。


 それにしても、無理矢理世界移動をするだけではなく、その余波に次から次へと無関係の人間を巻き込んでいくのだから、『彼』という人間は、本当にもう。

 今回、自分の意思とは関係なくエリュシオンにやって来てしまい、あと少し遅かったら人間としての死を迎えることになっていたミカという少女も、『彼』の被害者の一人だし……。


 結局、次善策として六回目の『蒼き惑星ラズライト』に移動させたけれど、あれで本当によかったのだろうか。彼女は、あの世界で幸せに暮らせているだろうか。


 その疑問を解消すべく、目を瞑り、第八階層世界に存在する『アーカーシャー』へと意識を向ける。もちろん第七階層存在である私単独の力ではアクセスできないから、先に第八階層存在になったかつての同僚、エリスフェールに力を借りないといけないけれど。


「……よかった」


 どうやら、あれからミカは六回目の蒼き惑星で『自分の居場所』と『かけがえのない人間』を手に入れることができたようだった。

 そのひとり――ジン・カーベルクに至っては、彼女を元の世界に戻すべく、<七界転翔トリスト・アーク>を組み立てようと研究を始めたようだし。


 安堵から、んーっと伸びをして。嘲るでもなく、一人、呟く。


「まあ、どんなに頑張っても、ジンが七界転翔トリスト・アークを使えるようになるとは思えないけどね。私だって『あれ』がなければ組み立てられなかっただろうし」


 しかし、それでもあの二人は幸せなままでいられるだろう。――いや、彼が<七界転翔トリスト・アーク>を習得できないままでいるほうが、きっとミカにとっては幸せに違いない。

 それは、ジンにしても同じこと。だって、この術の完成の先にあるのは、ミカとの別れだから。


 それに、夢を追いかけているときは、きっと誰だって幸せなはず。最期のときまで叶わなかったとしても、それでも、夢を追いかけて生きることができたという幸福な記憶は、魂に刻まれて永遠に残るから。


「あ、でも『希望の種ホープ・シード』のひとり――ミーティアが七界転翔トリスト・アークのことを知っちゃったのは、ちょっとマズかったかしら……」


 ……まあ、とりあえずはいいか。それは、いますぐに答えを出せる類のものではないし。吉と出るか凶と出るかは、そのときがきてみないとわからない。


「そういえば、ミーティアと一緒にいたリースリット。彼女もまた、なかなかに面白いことを言っていたわね」


 それは、そう、『愛』を用いた『永遠』の証明。


「物質界においては、永遠なんて絶対にあり得ないのに、ね……」


 物質界に存在するすべてのものは、一秒たりとも『まったく同じ状態』を保てない。それは『精神』だって同じこと。唯一、変わらないものは『精神』じゃなくて『魂』だから。

 ミーティアが言っていたように、万物は流転する。肉体の細胞が死滅と誕生を絶えず繰り返すように。

 なにひとつ、そのままの姿であり続けることは叶わない。なぜなら、それは『実体』ではないから。物質界におけるすべてのものが『仮初め』だから。


 たとえば、『川』というものがある。

 でも、人は物質としての川を『実体』として手に入れることができない。『実体』として定義することができない。


 『川』の水を手ですくい、持ち帰ったそれを、人は『川』と呼ぶだろうか。

 『川』の流れをせき止め、流れなくなったそれを、人は『川』と呼ぶだろうか。

 海に流れ込んでしまった大量の水の流れを、人は『川』と呼ぶだろうか。


 流れゆくもの。

 内に含む水を変え、目の前を常に流れてゆくそれこそを、人は『川』と呼ぶ。


 手に入れることはできない。

 人が『川』を手中に収めることは叶わない。

 『川』という『実体』を、常に自分の傍らに置いておくことは誰にもできない。


 しかし、それでも人は『川』を『川』と呼ぶ。

 『実体』のつかめない、曖昧なそれを、人は『川』と呼ぶ。

 内側に含んでいるものは、絶えず変化しているのに、人はそれを当たり前のように『川』と呼ぶ。

 昨日見た『川』と今日見た『川』を、同じものとして扱う。


 物質界に『永遠』はない。

 変化しない『実体』は存在しない。


 なら、『実体』はどこにあるのだろう?

 どこにもない、なんてことはない。存在しないのなら、人は『実体』なんて言葉でそれを呼びはしない。


「『実体』は、物質界にではなく、階層世界にあるのだものね……」


 だというのに、地球に住む人間の多くは、それを信じようとしない。

 皆が皆、っていることだというのに。

 死んだのちにここに来て、そのときにはちゃんと理解するのに。


 なのに、皆が皆、死後の世界など存在しないという。

 皆が皆、そんな世界は信じないという。

 『蒼き惑星』に住まう者たちだって、そう大きくは変わらない。

 目に見える『神ならぬ神』の流れのみを信じ、神格を持つ『本当の神』の存在を否定している。


 根拠があるものを信じることは、『信じる』とはいわない。それは、ただ見返りを求めているだけ。

 実在を証明できない存在を信じるのでなければ、『信じる』という行為に意義はない。


 ――そんなのは、本当は誰だってわかっていること。

 だって、そんな当たり前のことが理解できないわけないから。


 でも、人間は弱いから。

 物質界に生まれたその瞬間に、こちら側の記憶をすべて置いていき、目隠しをして生きていくことを迫られるから。

 だから、きっと、誰もが。

 『信じる』のではなく、『すがって』しまうのだろう。


 そう、去り行く者を信じて送り出せずに、その者の足元にまとわりつき、必死になって引き止めてしまう。

 親に捨てられてしまうと勘違いをし、涙を流しながら親の服を掴んで離さない子供のように。

 あるいは、成人して『一人でも大丈夫』と顔を上げた子を旅立たせない、子離れできない親のように。


 そんな自分の愚かさを、あるいは浅ましさを。

 人間はちゃんとわかってる。ただ、必死に目を逸らそうとしているだけで。


 そして、だからこそ人間は認めない。

 自分が愚かだということを。

 自分が浅ましいということを。

 そして、自分の苦しみは自分が作りだしているのだ、ということを。


 そんな当たり前のことを。

 人間は絶対に認めようとしない。歳をとればとるほどに――。


「――さて、そろそろ次の仕事に行きましょうか」


 ここにいると、つい、とりとめのないことを色々と考えてしまう。この場所の性質が私にそうさせるのだろうか?


 もう一度伸びをして、私は世界移動をするための術、<七界転翔トリスト・アーク>を発動させる。

 それは、フィアリスフォールが使っている<複流時界ヴァリアス・クロノ>と同じく、『神性聖結界術しんせいせいけっかいじゅつ』と呼ばれるものにカテゴライズされる魔術。

 彼女は『並び流れる時の時計ヴァリアス・クロノ』に込められていた力を、私は『七つの世界を翔ける杯トリスト・アーク』に込められていた力を再現しようとして、結果、効果にかなりのアレンジが加わったこれらの術を完成させた。


 そして。

 そんな術を使いこなす私たちは。

 物質界の人間たちから、『天使』や『天上てんじょう存在』と呼ばれていた――。




Fin

『永遠の証明』、これにて完結です。

いかがでしたでしょうか? 楽しんでいただけましたか?

もしイエスなら嬉しい限りです。


今回の話で出てきた設定は、『スペリオルシリーズ』に共通して深く根ざしている、というだけに留まらず、『ワールドブレイカーシリーズ』にも多少なりと関わってきたりします。


あと、この話は、後日に投稿する予定でいる『酒場にて』や『在りし日の思い出』にも当然のように深く関わってきますので、読んでくださった方は内容を憶えておいていただけると、色々と楽しめるかもしれません。

それでは、また別の作品で会えることを祈りつつ。

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