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第二話 一年前①

 蒼き惑星ラズライト暦1902年、火の月。

 その二人の少女たちも、入ってきてすぐカウンター席に腰を下ろした。


「結局、永遠っていうのは変化をもってしか証明できないのね」


 もっとも、すでに結論を出し終えているあたり、ミカたちとの話を望んでの来店ではないようだが。


 ぽつりと呟いたのは、見慣れないタイプの魔道士用の黒いローブに身を包み、紫色の宝石がはめ込まれているペンダントを首から下げている、長いオレンジ色のポニーテールが目に鮮やかな十六歳の少女だった。まあ、童顔であるため見た目はとても十六歳には見えなかったが、それはそれ。

 地につかんばかりに長い黒のマントをたなびかせ、彼女はイスに腰かける。


「人間の肉体を形作っているのは、無数の細胞。それは半年から一年ほどで完全に入れ替わる」


 ともすれば独り言とも取られかねない口調だが、隣に座った十八歳くらいの少女がそれに応える。


「つまり、一年前の自分と現在の自分はまったくの別人、となるわけですね」


 輝かんばかりの長い金色の髪。それを引き立てるのは、軽装の鎧ともドレスともとれる緑色を基調とした上品な服と、同じく緑色の宝石があしらわれた美しい髪飾り。スカートの丈はミニで、肩はもちろんのこと胸元まで露出しているが、しかし、そこに下品な印象はまったくなく、そのデザインは女性の内面をよく表していた。


「けれど、私の精神は変わることなく在り続ける。少なくとも、肉体が滅ぶまでは、永遠に」


 金髪の少女の名はリースリット・フォン・シュヴァルツラント。

 オレンジ色の髪をポニーテールにした女の子はミーティア・ラン・ディ・スペリオル。

 片やフロート公国にあるシュヴァルツラント領を治める領主の娘であり、片や今年の初めに共和国として再出発することになったスペリオル聖王国の第二王女。


「そして、この肉体が滅んでも、完全に消滅することはない。あたしたちは肉体を持たずに生きる存在――精神生命体と呼べる存在を知っている」


 それは主に神族や魔族と呼ばれる存在。まあ、出会ったことのある人間は少ないだろうが。


「もっとも、だからといって肉体が不要、とまでは思いませんけどね。やはり肉体を持って生まれた者は肉体にって生きていくのが一番です」


「いや、だからリース。それは生活していくためにだけ必要な、物質界においてのみの結論でしょ? あたしが求めているのはそれ以上の――こう、理論としての結論なんだって」


「いくら理論を完成させることができても実生活でなんら役立たないのでは、なんら意味がないと思うのですが……」


「それはそうなのかもしれないけど……。とにかく、重要なのは肉体に死が訪れても、精神はそのまま残るということなの! もっと単純に言えば、死は永遠を否定しないっていうことなの!」


「死が人生の終着点ではない、ということですか」


「そう! そういうこと!」


「しかし、それをレポートにまとめたとしても、そう簡単には受け入れられないでしょうね。そもそも、人間が死を迎えた先、精神生命体となって活動を続けるための具体的な方法が提示できていないんですから」


「あう! リースってば、痛いところを……!」


 ミカとジンの前で繰り広げられる、なんとも魔道的に高度な会話。


「でも、これくらいの難題を証明できないようじゃ、Aランク魔道士を名乗る資格はないってものよ!」


 それを聞いたジンがミーティアのほうに身を乗り出す。


「Aランクなんですか!?」


「え? うん、まあ一応。あ、名前はミーティアよ。ミーティア・パイル・ユニオン」


 先回りして偽名を名乗っておくミーティア。

 それから二人は揃ってオレンジジュースをミカに頼む。


「……では、ちょっと別の方向から永遠という概念を定義してみましょうか?」


 オレンジジュースが出てくるのを待ってから、リースリットがそう提案した。


「そんなことができるの!? ぜひぜひ! 魔道士とは違う切り口をぜひ聞かせて!」


「あ、俺からもお願いします! 永遠そのものに興味があるわけじゃないけど、『時間』の概念に関することには興味があるので!」


 オレンジジュースを一口飲んでから、「そうですね」とリースリットは始める。


「世界は絶えず移ろい変わり続けていますが、それでも本質が絶対に変わらないものというのは、やはり存在します。それをもってすれば永遠を定義できるのではないかと」


「変わらないもの? 地上には必ず生命いのちあるものが存在していたという事実、とか?」


「さすがはミーティアさま。正解になかなか近いです。私がこの世界に途切れることなく存在し続けていると思うものはですね、他でもない、その生命あるものが持つ本能のひとつですよ。――すなわち、愛」


「さぶっ! それ、真顔で言うセリフじゃないわよ? リース」


 からかい混じりの口調になるミーティア。リースリットはそんな彼女に真剣な瞳を向けた。


「冗談で言っているわけではありません。永遠を定義しようというのなら、時間論や空間論を持ち出すよりも、このほうがよほど効果的なんです」


「そ、そうなんだ……。でも、どのあたりが永遠?」


 と、そこでミカが「そうそう」と口を挟む。


「結婚式とかで必ず『永遠の愛を誓います』って言うけど、永遠には続かずに離婚しちゃう人って多いと思うけど?」


「そうですね、それは否定しません。ですから私が言っているのは、そういう異性間にのみ発生する愛ではなく、もっと広義の意味での愛なんです」


 その言葉を受けて、ミーティアが「ふむ」と天井を見上げた。


「というと、兄弟愛とか、家族愛とか?」


「友愛、というものも挙げられますね。その他にも隣人に対する愛というものもありますし。これをちゃんと認識できている人なら、離婚したとしても世界に愛が存在しないなどという極論に走ることはないでしょう。だって、その人との関係は終わっても、この世のすべての人から愛を向けられなくなるわけではないのですから。望まぬ離婚であろうとなかろうと、慰めてくれる人は必ずいるでしょう? それを愛と呼ばずしてなんと呼ぶのでしょうか」


「ん~、偽善とか?」


「…………。まあ、完全否定はできませんけどね。これは当事者がどちらだと感じるか、また、どちらだと感じていたいかの問題ですよ。そして、人が人に向ける愛情のすべてが偽善だとは、私には思えません。もしそうなのだとしたら、親という存在は皆が皆、偽善者ということになってしまいますよ」


「それもそうね……。でも、それが永遠とどう繋がるの?」


「せっかちですね、ミーティアさまは。――私はね、思うんですよ。私の人生は決して平坦なものではありませんでしたし、神を恨んだことも一度や二度ではありませんでした。でも、振り返ってみればすべての人から悪感情を向けられている時期というものはなかったように思いますし、色っぽいものではなくても、やはり誰かからの愛は常に存在していました。……まあ、当時は些細すぎて、そうと気づくことさえできませんでしたけどね」


 なにかを懐かしむように、あるいは愛おしむようにリースリットは瞼を閉じる。


「そして、そういった『優しさ』と言い換えてもいいかもしれない些細な愛は、過去や現在だけでなく、未来においても存在し続けていくのだろうと思うんですよ。愛とは個人的なものであり、普遍的なもの。すべての『個人』が当たり前に持っているもの。ゆえにこそ、それは世界中に存在しているものともいえ、『個人』がこの世界に在り続けていくのなら、愛もまた、その『個人』と共に永遠に在り続けていく。

 どうです? 生命あるものがこの地に存在していることが前提条件となってはいますが、これはひとつの永遠の証明だといえませんか?」


 リースリットの整然とした理論――いや、論理に、思わず沈黙するミカ、ジン、ミーティアの三人。

 しかし魔道に関して素人であるミカだからだろうか、彼女にはその論理に穴があるようにも思えた。だが、それを口にすることができない。多少の穴など気にも留めさせない――経験に裏打ちされた、理屈ではない説得力がリースリットの言葉にはあった。


 沈黙したままの三人の顔を見回すと、リースリットはにっこりと微笑んで、


「それと先ほど広義の愛に言及しましたが、あれは結局、どれも『隣人に対する愛』でしたね。愛というものは、本当はもっと色々とあるものですよ。親が子供を叱るのも愛ですし、悪いことをしたと後悔している者に許しを与えるのもまた、愛です。そして、自分で立つことができずに助けを求めてくる幼児の手を敢えてとらないのも、やはり愛ですね。

 まだ完全に納得できたわけではありませんが、そう考えれば私の辛い過去の記憶も、少しは和らぐような気がします」


「…………」


 この場にいる者の中で唯一、リースリットの過去を知っているミーティアが複雑そうに口許を歪めた。当のリースリット自身は変わらぬ笑顔のままで続ける。


「あとは……そう、すべての存在ものを等しく照らす愛、というものがありますね。私がいま捜し求めている『王の愛』とでも呼ぶべきものです。――世界を永遠に照らし続けていく愛。自分を救うためのものではなく、他人を――民衆を救うための愛」


 そこでリースリットはミーティアのほうを意味ありげにチラリと見て、


「ミーティアさまがそれを持つ者であればと、私はときどき思うんですよ?」


 ときどき、などというのは嘘だった。そうであることをリースリットは心のそこから願っている。

 照れ隠しだろうか、ミーティアは首をものすごい勢いで横に振った。


「え、あたしが!? む、無理だって! あたしは魔道士なんだから!」


 魔道士は、他の誰でもない自分のために『本質を探究する者』である。ゆえに自分だけしか救うことはできず、誰かのために、などと志してつく職業でもない。もちろん考え違いをして、誰かのために『手段』として魔術を習得しようとしている者も、いるにはいるだろうが。


 それをちゃんと理解しているジンがミーティアのあとを継ぐ。


「そうですよ。リースリットさんが仰っているのは『魔道』ではなく『王』の道――『王道』や『神道しんどう』と呼ばれているものだと思います。そして、それは魔道士の思想とは対極に位置するものですよ」


 リースリットはそれを否定しない。魔道士という職業のことを知っている者にとっては一般常識とすらいえることだからだ。だが彼女は「けれど」と穏やかな表情で言い添える。


「ミーティアさまなら『魔道』と『王道』をひとつの『道』にできるのではと、そうも思うんですよ」


 それは、あたしが王族だから……。ミーティアはそう直感した。一方、ミーティアが王女であることを知らないジンは頭に疑問符を浮かべるばかり。


「さて、雑談はこのあたりにしておきましょうか。現状はなかなかに厳しいものとなっているんですし」


 先ほどまでの会話を『雑談』で片づけるのか、とジンは驚く。いや、驚きを通り越して呆れさえした。

 しかし、そう思ったのはジンくらいのものらしい。ミカは魔道士ではないのだから驚かないのかもしれないが、ミーティアのほうも「そうね」とノーリアクションだったのには驚愕ものだ。


「で、今回は本当に戦闘に参加してくれないの? せっかくアスロックに頼んで呼んでもらったのに……」


「先ほども申し上げましたが、一領主の娘ふぜいがエリート魔道士の中に混ざって戦うとなると、魔道学会のメンツを潰すことになってしまうんですよ。それに――」


 と、そこでジンが横から割り込む。


「あの、一体なんの話をしてるんです? 戦闘に参加とかなんとか……」


「? ああ、そういえば例の件は上層部の人間にしか伝わってないんでしたね。実はですね――」


「ちょ! リース! 上層部からは箝口令かんこうれいを敷かれてるでしょ!」


「私は魔道学会の人間ではありませんから大丈夫ですよ。罪に問われるのは、この件を私に相談してきたミーティアさまだけです」


「酷っ!」


「それで、ですね。なんでも先日、『魔王の翼デビル・ウイング』の一翼いちよくである火竜王フレア・ドラゴンサラマンが言伝ことづて役として魔族の使者を魔道学会本部に寄越してきたそうなんですよ。『神の聖地』のひとつである『竜の谷』を火竜王の軍が総攻撃する、とね」


 と、そこで気を取り直したミーティアがリースリットに代わって口を開く。


「比較的、この街のすぐ近くまで来るわけだから、嘘であったとしても見過ごせないでしょ? 本当なら取り返しのつかないことにもなりかねないし。

 それでSランクやAランクの魔道士――主に専門家エキスパートと呼ばれる段階まで到達したエリートの魔道士たち全員に緊急招集令がでたのよ。ついでにさっきの会議――というかなんというかで、『竜の谷』に向かうことにもなった。上手くいけば竜王ドラグ・マスターアッシュと協力して魔族を退けることができるだろうからってね」


 ミーティアの話を聞くにつれ、ジンの顔が段々と蒼ざめていった。当然だ。最悪、この街に火竜王が魔族の大群を率いて攻め込んでくるかもしれないのだから。

 そんなジンの反応に気づいているのかいないのか、ミーティアは頬を膨らませて、


「だからアスロックに頼んでリースたちを呼んでもらったのに、リースったら『私にも立場や考えはありますから』って、一緒に行ってくれないっぽいんだもん。あとから来たレオやダグラスも苦笑するだけでまったく説得してくれないし」


「そうは言われましても、大勢で進軍するのは私の戦闘能力を下げることにも繋がりますし……。なにより――」


 一度言葉を切って、紅く輝く刀身を持つ剣をどこからか取り出すリースリット。


「アスロックさんにこれを渡そうと思ってきてみたら、どういう経緯でか『聖蒼の剣』なんて持ってるんですもん、彼」


「……もしかして、それで拗ねてるとか?」


「…………。そういうわけじゃありませんよ」


「じゃあなによ、いまの間は!」


「とにかく、じゃあこれはファルカスさんに、と思ってみれば、彼は彼で『漆黒の剣』なんて持ってますし」


「や、あれはあたしもどういう経緯で手に入れたのか知りたいところなんだけど――」


「まあ、どちらにせよこの剣はアスロックさんにしか使えないんですけどね。優れた武器は担い手を選びますから」


「……ねえ、リース。やっぱり拗ねてるでしょ?」


「いえいえ、そんなことはありませんよ」


「棒読み! それと違うっていうなら顔を逸らさない!」


「なんだか今日はしつこいですね、ミーティアさま」


「しつこくもなるわよ! こんな切迫した状況なら!」


「切迫してました? さっきまでの流れからみて」


「うっ、してなかったけど……」


「――あのさ」


 今度はミカがミーティアとリースリットの会話に割り込んだ。さっきまでの会話に、どうしても聞き逃せない固有名詞があったのだ。


「『聖蒼の剣』と『漆黒の剣』を持ってるって、本当? あれはイリスフィールに回収されて、エリュシオンに保管されているはずなんだけど」


「エリュシオン!?」


 らしくもなく大きな声を上げるリースリット。


「どうしてあなたがエリュシオンの存在を知っているんです!? 魔道士でもないようなのに!」


「それは……っと、ジン、言ってもいいかな?」


「え? ああ。ミカがいいって思うなら」


 ジンとそんなやり取りをし、ミカは真剣な表情をリースリットに向けた。


「えっと……。信じられないかもしれないけど、私はこの世界――蒼き惑星の人間じゃないの。元々は地球ってところに住んでいたんだよ。もちろん、ミカ・ロックウェーブっていうのも正確には私の本名じゃない。私の本当の名前はね、岩波いわなみ美花みかっていうのよ」


「イワナミ・ミカ……。……それで?」


「うん、それで――」


 そしてミカは語り始めた。自分がどうしてこの世界に来てしまったのかを。

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