プロローグ エリュシオン①
一番最初に目に飛び込んできたのは、果ての見えない綺麗な青空だった。
「――ここは……?」
ポツリと呟いたのは、腰まである栗色の髪を柔らかい風に揺らしている、ひとりの少女。歳の頃は十六といったところだろうか。
と、呆然と立ち尽くす少女の背後から、聞き慣れない声がした。
「あら? あなたは――」
誰だろう、と彼女は振り返る。
そこには、ピッチリとしたノースリーブの服とタイトなミニスカートに身を包んだ、十七歳くらいの少女の姿があった。顔立ちは可愛いと美人、どちらの形容詞も当てはまる感じだ。
服には身体のラインが出ているため、彼女のスタイルの良さが一目でわかった。基調としている色は黒。それが彼女の白い肌をより引き立てている。
ポニーテールにした金髪を揺らして、彼女はわずかに首を傾げる。しかしすぐに合点がいったのか、両手をポンと合わせ、人間ならば持ち得ない赤色の瞳を優しげに細めてみせた。
「どうやら、物質界から来たお客様のようね」
そして大きく両手を広げ、
「ようこそ、エリュシオンへ。見てのとおり空に浮かぶ小さな島でしかないけれど、得るものは多いと思うわ」
「エリュシオン……?」
その言葉を小さく繰り返し、栗色の髪の少女は初めて小島を見渡してみた。
「――綺麗……」
まず目に入ったのは、どこまでも澄んでいる、とても大きな湖だった。その色を表現するには『青』ではなく『藍』がふさわしいだろうか。生い茂っている草花も心なしか活き活きとしているように見える。
少しだけ目線を上げた先には、岩壁と、そこにぽっかりと空いている黒い穴――洞窟の入り口があった。岩壁との距離は大体、百メートルほど。
「あの洞窟は?」
傍らに立つ、見知らぬ金髪の少女に尋ねてみる。果たして、彼女は快く答えてくれた。
「あれは『本質の柱』に通じている洞窟よ」
「『本質の柱』……」
よくわからないままに口の中で小さく呟く。
「そう、あなたが触れたいと願っているモノ。でも、それは望まないほうがいいわ。無事に帰ってこられる保証がないもの。あの建物の中にある物で満足しておいたほうが賢いわよ」
少女が指差したのは、簡素な建物。大きくはあるし、あちこちが金で飾りつけられてもいるのだが、伝わってくる雰囲気は廃墟に近いものでさえあった。そう、まるで物置としてしか機能していないような――
「あの建物には、本来、物質界に在るべきではない『魔法の品』を多数、保管してあるの。例を挙げ始めるとキリがないけど、『斬魔輝神剣』、『七つの世界を翔ける杯』、『並び流れる時の時計』、『聖蒼の剣』、『漆黒の剣』などといったものがあるわね。
私たちはそれらを各世界から回収しているから、複数ある物も存在するわ。というか、『聖蒼の剣』なんて、あの建物の中に一体いくつあるか……」
金髪の少女の説明に、栗色の髪の少女は『わけがわからない』と言いたげな表情になった。
「まあ、要するに。私たちは世界を滅ぼしかねない『魔法の品』を、本来の目的の合い間合い間に回収して、あの建物に保管しているの。まあ、『私たち』とはいっても、活動しているのは実質、私だけのようなものなんだけどね。
で、そういった経緯から、あの建物の中には自然、必然的に各世界で『伝説』として語り継がれていることの多い物ばかりが集まっているのよ」
「はあ……」
生返事を返すことしかできなかった。というか、他になにを言えというのか。
金髪の少女は満足げにうなずいて、栗色の髪の少女に背を向けた。そして、
「七界転翔!」
「!?」
栗色の髪の少女の瞳が驚きに見開かれる。
無理もないだろう。金髪の少女の眼前に突然、光輝く円柱が出現したのだから。
少女の驚愕に気づいていないのか、気づいていながら無視しているのか、金髪の少女は何事もなかったかのように光輝く円柱に向かって、
「目的地は六回目の蒼き惑星。あ、リューシャー大陸にあるフロート公国の首都、フロート・シティね。時代は1901年火の月の……そうね、万が一にもことが起こったあとにはならないように、一日で」
言葉に応えるかのように、円柱が銀色の光を発する。「これでよし」とうなずき、再度こちらに振り向いてくる金髪の少女。
「それじゃ、やるべきことがあるから私はそろそろ行くわね。あの建物の中にある物は、物質界に持ち出すことさえしなければ自由に使ってかまわないから。――あ、わざわざ釘を刺させてもらったのはね、別にあなたのことを信用していないからじゃないのよ?」
本当に? と反射的に突っ込みそうになり、栗色の髪の少女は慌てて口を押さえた。それを見抜いたのだろうか、彼女は肩をすくめてみせる。
「建物の中にある物を悪用しかねない人間っていうのは常にいてね。そういった人間が、せっかく回収してきた物を物質界に召喚したりすることがあるの。大抵は短時間で戻ってくるんだけど、そうじゃない場合っていうのもあって……。
そういうときは私が可及的速やかに、また回収しなきゃいけなくなるのよね。本当、『聖蒼の剣』なんて何度回収したことか……。
……あ、ごめんなさい。愚痴になっちゃったわね。――それじゃ、あまり欲張らないようにね。人間、知識だけじゃなく経験も積まないと、ろくなことにならないから」
「う、うん……。あ、えと、それより……」
「ん? まだなにか私に用が――って、そういえばまだ自己紹介をしていなかったわね。私はイリスフィール。イリスフィール・トリスト・アイセルよ。『エリュシオンを管理する者』、とか言えたら格好いいんだけど、残念ながら、そういう存在じゃないのよね。それで、あなたは?」
「あ、私は――」
『スペリオルシリーズ』を根底で繋げている設定のひとつに『本質の柱』というものがあります。
そして、それと同じくらい重要な設定として『エリュシオン』があり、それに関連して、『イリスフィール』と『フィアリスフォール』という、やや特殊な人物たちが存在します。
今回はそのうちの『エリュシオン』と『イリスフィール』にスポットをあてることにしてみました。
二話連続投稿となりますので、この次の話も楽しんでいただければ幸いです。