甘い誘惑への調教 3
MF&AR大賞にエントリーしました。
よろしくお願いします。
六鬼は思った。
三鬼に想いを寄せていることが知られたことを怒ってるんじゃない。
三鬼への想いを汚された気がした。
三鬼の気持ちをすっ飛ばして、ただ肉体を喰らえってことだろ。
恋の端っこしか知らない俺だけど、そんな捕食のような関係は、恋でも何でもない。
ただの独りよがり。自分勝手。それこそ、食事だろ。
そんな飯を食うような恋愛はしたくない。
三鬼はそんなことをしていい対象じゃない。
違う。
三鬼は俺にとって大事な姉貴で、家族で、俺を大事にしてくれていることをちゃんと伝えてくれる唯一の人で。
「俺の体もココロも俺のもので、あんたの持ちモノじゃねえ」
グッと力をさらに込めると、まっ白い光が六鬼の母親を包み込む。
「……やあねえ。母親に何やってんのよ」
だがその光は、六鬼の母親の手のひらに吸い込まれていった。
「なっ……」
効くと思っていた。悪魔に対しての力だけを発動したのだから、同じ悪魔の母親にも、と。
「その力はね、あたしがあんたに与えたものよ。気づけば使えて、どう発動するかだって体が勝手に動いて出来たでしょ? 呪文の名前だって知らなかったのに。不思議だって思わなかったの」
そんなもの、悪魔の血がそれをさせているんだと思っていた。確証は何一つなかったが、そうなんだと思い続けていた。
「あたしが中から囁いていたのよ。最初の発動の時だって、あんたの手を動かし、唇を動かし、喉を震わせたのはあたしのおかげ。感謝してよね。だからこそ生きてこられたんでしょ? 鬼の世界で」
確かにそうだ。あの力が存在したからこそ、忌み嫌われつつも鬼の世界にいられた。
三鬼がいる場所と同じ世界に。
最初の発動時には混乱したが、その後は体が覚えていた感覚を再現し続けただけ。
それを繰り返すことによって、バトルの時だけは家族であることをかろうじて保っていたようなもの。
「それともいらなかった? その力」
薄ら笑いながら、母親が六鬼に近づきひたいへと手をかざした。
六鬼はその一瞬で感じた。
自分が消えてしまうんじゃないか、という恐怖に近いものを。
「あんたの悩みを取り去ってあげるわよ。……おいで、六鬼」
紅の瞳が妖しく光り、六鬼はそのまま身動きが出来なくなった。
「サキュバスの力の使い方を教えてあげる」
勝手に足が一歩前に進む。脳裏に浮かぶ嫌な予感は、消えないままだ。
「そう。そのまま力を抜きなさいな」
母親が自分を包み込む感触がして、六鬼は意識を失う。
くたりと母親に身を預けている六鬼の唇に、母親の唇が重なる。
「……ふふ。美味しい」
母親の表情はまるで好物を食している顔つきになっていた。
幾度目かの口づけの後、六鬼の体が紫の煙に包まれ、煙が消えた亜空間には六鬼の姿はなかった。
そして、母親の姿も。
あの闘いから、三か月が経過していた。
四鬼が朝食をとりながら呟く。
「やっと面倒なものがいなくなったんだもの。よかったわね、三鬼。楽になったでしょ」
苦笑いを浮かべ、三鬼は四鬼の顔を見ることもなく返す。
「面倒だなんて思ったことないわよ。六鬼は家族なんだし」
そのまま食器を下げ、三鬼は洗い物を始めた。
「お父さん、どうしたの?」
横を見ると、眉間に深くしわを刻んだ父の姿。四鬼がそう声をかけると、視線を横にずらしただけで返事はない。
「いつもにも増して、無口なのね。お父さん」
頬杖をつきつつ、父を見つめる四鬼。
「四鬼、やめなさい」
母親が低く告げる。その目はなぜか怒りを含んで見えた。
「はぁい」
「五鬼。そろそろなんとかしてちょうだいね、あのこと」
母親が五鬼に、返事を急かす。
「あのこと?」
すぐさま食いついたのは、やはり四鬼で。
「いちいち反応しないでちょうだい」
「……はーい」
そのやり取りを聞いてた三鬼が、母親に質問する。
「あのことって?」
三鬼にそう聞かれた母親は大きくため息をついてから、短く返す。
「バトルに参加しなさいと言ったのよ」
「あ。ちょっと、お母さん。なんで三鬼には説明するの? あたしも同じこと聞いたのに」
おもしろくなさ気に、またすぐに食いつく四鬼。
「三鬼と四鬼のそれは違うでしょ。四鬼のはただの興味本位でしょうに」
「それだけじゃないわよ。多分、だけど」
その四鬼の返事を無視するかのように、三鬼と母親の会話は続く。
「でも五鬼は」
五鬼は力だけでいえばかなりな強さ。悪魔との闘いに出てほしいという母親の言い分を理解できても、五鬼の性格上それは無理だと三鬼は知っていた。