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緋の泪  作者: 本城千聖
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甘い誘惑への調教 2

MF&AR大賞にエントリーしました。

よろしくお願いします。

「現実がいい、ね。あんたの中にいたあたしよ。何も知らないと思ってるの?」


そう。この声の持ち主、六鬼の母親は六鬼の夢の中に居続けていた。


「それと、あんたが知らない現実世界での、とある事実もね」


六鬼は首をかしげる。


「現実世界での事実? 俺の中にしかいなかったんだろ。一体何を把握してるってんだよ」


自分とともにその存在があったのなら、母親が何かを知っているのなら自分も知っているはずだろうと思った六鬼だった。


「あんたが寝ようが起きようが、あたしはその中に在るのよ。あんたが寝ている間に起きていることを、見聞きすることだって可能なの」


過去に六鬼が寝ていた間に何かがあったといわれても、自分の生活には何ら変化はなかったと思い出す六鬼。


眉間に深くしわが刻みこまれていく。


「テキトーなこと抜かしてんなよ。勝手に人の夢の中に住んでたくせに。俺を振り回したいだけなのか?」


憤りを覚え、闇の中に向かって六鬼は手を突っ込む。


「出てこいよ。高みの見物見たいな真似しやがって。俺の母親のくせに、今さら子供からかって楽しんでんじゃねえよ」


そう六鬼が告げると、紅の光が細くなり光を濃くした。


「ふふ。ほんと、あんたって可愛いわよね。鬼と悪魔の子と思えないくらい、純粋」


そう言われた瞬間、六鬼の顔が真っ赤になっていく。


「か、からかうな!」


可愛いとか純粋だとか、今まで言われたことのない言葉だけに、六鬼はつい過剰に反応してしまった。


その瞬間、六鬼の脳裏に何かが浮かんだ。


それが自分が幼い時のことだということは、なんとなくわかった。


(思い出せそうで思い出せない。イライラすんな!)


もやがかかったような記憶に、苛立ちを隠せない六鬼。


「まだ思い出せないの? 折角再会したっていうのに」


再会と口にしたそれに、六鬼の頭がズキンと痛む。


もやもやしたものが、ゆっくりと散っては集まって行く。不思議な感覚だ。


「それじゃ、こういうのは?」


六鬼の母親が手のひらを合わせ、そっと離していく。


すると手のひらから何かの形が現れた。


(これは……弓?)


その弓を構えてみせる母親の姿に、頭痛がさらに痛みを増した。


「くっ」


六鬼が頭を抱えたその時、頭にはっきりとした映像が見えた。


「あれは……俺だ」


鎌を振り回す自分に、敵の誰か。


その誰かは。


「……あんたか」


思い出してしまった過去の出会い。


六鬼と母親は一度だけ、六鬼だけが何も知らずに闘っていたのである。


父親は知っていたはずだ。なのにどうしてなのも言わなかったんだと、六鬼は目を見開きうつむく。


落胆を隠せない六鬼を見て、母親は微笑む。


「そういうところが可愛いわ、あたしの六鬼」


どこか嘲るようなその言葉の直後、紫の煙がその闇から発せられ、それはどんどん量を増していった。


甘い匂いの混じったその煙が六鬼の視界を塞ぐほど広がったと思うと、爆発音のようなものの後に一気に煙は散った。


「ゲホッ……えほっ」


濃厚な甘い匂いにむせる。


俯きながら数回咳をした六鬼の目の前に、つま先が見える。


「はぁい、六鬼」


顔を上げ、その顔を見る。


「あたしがママよ」


これが六鬼と母親との再会だとは、六鬼は思いたくなかった。


再会した母親の顔には、闇の中そのままに紅の色の瞳が細く光っている。


漆黒の長い髪。ゆるいウェーブがかかった髪が、腰まで伸びている。


妖しいという言葉が似合うだろうボディーラインに、体中から放つ雰囲気。


グロスを塗っただろう唇は程よい厚みで、さも男を誘いそうである。


自分がそれほどロマンチストだとは思っていなかったが、あまりにも軽い再会に切なさが一瞬こみ上げた。


だがそれも、母親からの次の言葉で怒りに変わった。


「ね、六鬼。あんた、三鬼と関係もたないままのつもり?」


三鬼への想いを知られていたことへの恥ずかしさより、余計なおせっかい的な言葉に無性に腹が立った。


「あんたに関係ないだろ!」


「関係ないっていってもねえ、あれだけ三鬼に対して想ってるのにもったいないじゃない。それにあんたはあたしの子なんだから」


「あんたの子だからなんだってんだ。ずっと中にいたんだか知らねえけど、俺の感情は俺のもんだ。あんたに指図されたくねえ!」


六鬼が一気にまくしたてると、母親はこう告げた。


「あんたは、サキュバスの子よ。三鬼の夢を巣食い、その気にさせることなんか食事をするのと同じじゃない」


背中を、悪寒とは違う寒気が一気に走る。


ざわっとした感覚の後に、六鬼の髪が逆立った。


「あは。知らなかった情報を教えてあげたのに、怒ってるの?」


怒りという感情なのは、六鬼もわかっていた。だが、不思議と静かな怒りで、六鬼は思わず失笑した。


「怒ってるって? ……ああ、怒ってるね。だがそれよりも悲しく思えてならないね」


「なにがよ」


体中を熱が駆け巡っていく。あの熱のせいで失っていた力が戻って、自分を満たしていくのを六鬼は確かめた。


手のひらの中心に、ほんの少し気を込めると温かさが生まれる。


力の発動時に感じるものだ。


「なんであんたから生まれちまったんだろう、ってな」


母親に向かって手のひらをかざし、気を込める。


「もう俺の中にも現世にも戻ってくんな。本気でいなくなってくれ。あんたなんか、母親じゃない」


静かな空間に、六鬼の声が響いた。


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