甘い誘惑への調教 1
MF&AR大賞にエントリーしました。
よろしくお願いします。
夢の中。不思議な再会があった。
一度も会ったことも触れた記憶もない者が、そこにいた。
再会と表現するのも、六鬼からすれば何か違うような感じでもある。
真黒な空間で、自分の角に似た色の光が二つ浮かんでいたのだ。
その光はとても小さく、けれど強い光で、六鬼はそれから視線を外すことが出来ずにいた。
身動きが出来ない。指先一つ、動かせないのである。
「六鬼」
その光から声がする。
「六鬼」
もう一度。
その声に返事をしようとしても、口は開くのに声が出てこない。
声は出ないが、六鬼は返事をした。
念ずるだけだが、言葉を返そうと努力した。
(誰だよ、お前は)
紅の光がどんどん近づいてくる。
その気配が近づくにつれ、何かの香りがした。
甘い香りだ。
その香りを吸い込んでしまったと気づいた次の瞬間には、体中が熱を帯び出した。
あの感覚だ。
力を使いすぎた反動で、自身を蝕んだあの熱の感じに似ている。
体中が熱いのに、ある場所だけはそれ以上の熱を溜めこんでいくあの感覚だ。
(なんなんだ、この香り。今さら息を止めたって、この状態から抜けられねえのかよ)
早く、重く息を吐く。何度も何度も。
二本の角と、自分が男である証の場所と。二か所に膨らんでいくような熱が溜まっていく。
(やめろ!)
自分の意思に関係なく反応していく体。自制出来ない歯がゆさに、苛立ちを覚える。
紅の光が大きく強くなって、六鬼を射抜くように光った。
その瞬間、理解した。
この光は、目なんだということを。
「こうしてみると、大きくなったわね。すっかり」
空間に響く、艶のある声。
聞いたことがないはずの声を、六鬼は直感で誰かなのかわかった。
(死んだんだよな? 確か)
生きた場所で再会を果たしたわけでもないのに、六鬼は疑問に感じていた。
自分の母親は死んだんじゃなく、もしかしたら生きているんじゃないのか。と。
「くすくす……。六鬼、あんたあたしのこと調べたんでしょ? だったら、あたしのことで気づけることがあるんじゃなぁい?」
夢にしてはあまりにもハッキリしすぎている。
そしてなによりも、夢の中だとしても、こんな会話を自分が求めていたとは思えない。
願望が夢に現れたのかもしれない。
だとしても、だ。
自分の意思が反映されなさすぎだろう。
(予知夢みたいなもんってんでもなさそうだしな)
そう心の中で呟いた声が、相手に聞こえたのだろうか。
「予知夢なんてもの、あんたが見れるわけないでしょ。それより、まだ気づけていないの?」
返事ともとれる言葉が返ってきた。
「あー……。それと、もういっこ。あたしの顔に見覚えなぁい?」
「見覚え?」
思い出そうとするが、すぐには頭が働かない。
「ま、あの時のあんた、小さかったし、めちゃくちゃ怒ってたしね」
「怒ってた?」
いよいよわからなくなる六鬼。
母親のことで調べたこと。その中で気づけることがあると繰り返す、謎の声。
そして、見覚えがないかとも言われた。
六鬼は自分が調べたことと過去を思い出す。
母親は悪魔で、どうやってかあの父親と交わり、自分を妊娠して産み、そして死んだ。
サキュバスという種類の悪魔で、自分が持っている大鎌の元の持ち主で。
(それ以外、調べようなかったし)
それっぽっちの情報。だが、その中から何かに気づけというこの声。
「ね、六鬼。あたしは、なあに?」
(なにって、悪魔だろうが)
「悪魔もいろんな悪魔がいるのよ。ふふっ」
(悪魔の……種類)
「あ」
やっと声が出る。最初の声は、たった一文字。
「わかった。あんたが言いたいこと。言わせたいこと」
知りたくなかった。気づかずにすむなら、その方がよかった。
「夢魔。人の夢に出てきて、誘惑して精を喰らう。夢と現実を自由に行き来出来る」
声が勝手に震えてくる。
「ってーことは、さ。誰かの夢に居続けることが、可能といえば可能。違うか?」
言葉を言いきった六鬼の目からは、涙が溢れていた。
どんな何があろうが、泣くことなく過ごしてきた。
死んだと思っていた母親。
特に母親の愛に飢えていたわけじゃないと、六鬼自身思っていた。
漠然とした寂しさや、俺ってなんだろうという疑問はあった。
家族とのつながり方もよくわからないまま、気づけばここまで育ってしまった。
愛情というものは、三鬼だけが与えてくれたものでそこそこ満たされていたはず。
「寂しかったんでしょ、あんた。ほら、おいで。抱きしめてあげる」
闇の中からデコられたネイルが見えたかと思うと、細い腕が六鬼へと伸びてくる。
「このまま一緒にここにいようよ。ねえ、六鬼」
“ここにいよう”
こことは、六鬼の夢の中。そこに一緒にいようということは、自分は夢を見続けるということを教えている。
「冗談だろ。夢の中より、現実の方がいい」
パシンとその手をはねのける六鬼。
その腕は闇の中に戻りながら、くすくす笑っていた。