願望と失望と 3
MF&AR大賞にエントリーしました。
よろしくお願いします。
夢魔と言われている、サキュバス。
それが自分の母親だということを知ったのは、六鬼が六歳になった夜に三鬼が打ち明けた。
泣き明かし、落ち込み、引き籠る日々を過ごし、ある日ふらりと六鬼はいなくなった。
サキュバスという生き物がどういうものなのかを調べるために、だった。
調べていくにつれ、不思議なことを多くあったが、それも今はいない母親に聞かなければわからないことばかり。
自身では生殖能力がないはずのサキュバスがどうやって妊娠をしたのか、それはいまだに謎のまま大きくなった。
つかんだ情報は、自分の母親は強く妖しい悪魔であった。それだけ。
どうして悪魔側ではなく、鬼の世界で育てられたのかの経緯も明かされていない。
父親がいまだ、口を閉ざしているままだからだ。
そっと熱い角に触れてみる。
「は……ぁっ」
吐息とも言えそうな甘い息を吐き、六鬼は俯く。
「こんなとこ、三鬼姉に見せらんねえ」
自身の角が、ある種の弱点だなんて言えない。知られるわけにいかない。
触れた記憶もない母親が、そこにだけ存在しているような錯覚に陥りそうになる。
「あ……、あ、ッ」
指先で角を軽くなぞっただけで、息が熱く甘くなっていく。
「三、鬼っ」
求める者の名を呼び、熱を一気に放つ。
「……あーあ。やっちまった」
服を脱ぐことも出来ないまま放ってしまった熱を気持ち悪いと思うのに、腰から抜けない甘い痺れをどこかで心地よく感じていた。
そして、初めて姉を呼びながら達してしまったことも、気持ちよく思っていた。
罪悪感がないわけではないが、この場所での行為は誰にも知られることはない。
その解放的とも言えそうな環境が、六鬼を楽にしていたのは紛れもない事実である。
視線を下ろすと、三鬼がくれたネクタイが視界に入る。
「着替えたら、離れに戻るか」
普通の家のように、必要なものは一揃えあるこの場所。
つくづく都合よく出来た場所なんだと、六鬼は思っていた。
バスルームへと向かい、汚れた下着に服を脱いでいく。
熱を吐き出し汚れた下着だけはなんとかしなきゃいけない。
「なんつーか、情けない格好だよな」
べとつく粘液を洗い流し、軽く絞る。その辺に放って、自分をも洗い流し始めた。
少し熱めのシャワーが気持ちいい。
汗やらいろんなものを洗い流していくと、ちょっとずつ頭がクリアーになる。
シャワーを終わらせた頃には、さっき自分の姉を呼びながら達したことを自責していた。
心地よさの真逆の感情は、とても重くて冷たくて。
離れに戻らなければならないのに、六鬼はいつまでも亜空間で寝転がっていた。
三日ほど、六鬼は帰らなかった。というより、帰れなかった。
力を使いすぎたのだろう。
シャワーを浴びた直後から、いつまでも亜空間で寝転がっていた六鬼。
吐き出したものとは違う熱が彼を襲い、離れにいなかったことでその熱を下げる術がなかったのである。
離れにでもいれば、日参してくる三鬼が六鬼の異変に気付き、なにかと世話を焼いてきたはず。
亜空間から出る力は、六鬼にしか扱えない。故にダウンしてしまえば、閉じ込められたも同然。
「くる、し……い」
水分は摂れる。が、特にこれといって薬を置いているわけではない。
必要なものが一揃えといっても、何もかもではない。
この場所に何が足りないのか、何かが起きてみないとわからない。
「薬、か。盲点だったな」
たくさん汗をかき、水分を摂る。簡単な食事。それだけ。
薬が欲しくて、届かない声を六鬼は何度も発した。
「三……鬼姉ぇ」
戻るための力を出そうと試みたものの、光を出すまでは出来ても鍵の役目を果たす力までは出せなかった。
熱くて苦しいだけの時間が過ぎていく。が、一体どれくらいの時間が過ぎているのかわからない。
外の世界と、亜空間での時間の流れの違いを把握していない六鬼。
寝ては起き、起きては水分を摂ってまた眠るということを繰り返しているものの、朝になれば明るくなるわけではないこの場所。
時間の経過が読めないのも仕方のない話。
というよりも、気にしたことがなかった。
いつもは比較的短時間で現世に戻っていた六鬼。
現世に戻ってみて数時間経過したんだろうと思うくらいで、こんなにも長くいると、どう時間が流れているのか判断しきれない。
なにせ、戻る術がないのだから。
一日かもしれない。もしかしたら年単位かもしれない。
「んなわけないか」
自虐的にそう呟く六鬼。
熱に浮かされ、脳裏に浮かんだことは、こんなこと。
「俺がいないことで困るとか寂しいとか、ねえよな」
三鬼に限ったことではなく、普段自分を頼ってくる鬼や家族に対しても、そんなことをぼんやり思ってみた。
けれどどう考えても、いなきゃいないでなんとかなるとか言われていそうで。
「俺ってなんなんだろうな」
独りになれるはずの空間で、また矛盾だらけの感情に襲われる六鬼。
病人だからそんなバカバカしいことを考えちまうんだと、どこか慰めにも似た言葉を思い浮かべてみたりする。
「ちゃんとしたもの食いてえな。肉食いてえ、肉」
簡単すぎるものしか口にしてない故にか、回復が遅いのかもしれない。
薬があればなお早いのだとしても、食事らしい食事が出来ていなければ回復の仕様がないのだろう。
「三鬼姉くらいは心配してくれてるよな」
熱のこもったため息を宙に放ち、六鬼はまたうとうとと眠りにつく。
次に目が覚めた時には、せめて戻れるだけの力が戻っていますようにと願いながら、六鬼は夢の中へと堕ちていった。