正気か狂気か 2
MF&AR大賞にエントリーしました。
よろしくお願いします。
「お母さんが言うように、家事しかできないしね」
というと、ふうと大きくため息をついたのが聞こえた。
「そこに、六鬼。あなたが現われた。……六鬼、あたしが一族で一番耳と鼻が利くのを知ってる?」
長いこと一緒にいて、初耳だった。
「知らない」とだけ返すと、「そっか」と三鬼も短く返してきた。
「六鬼。あなたがお父さんについて、闘いに行って。何回か行った後、時々ね、変なものを感じたの。感じたっていうか、聞こえたの。それと、あまーい匂いが六鬼からしたり」
「甘い匂い……」
香水なんか使ったことはない。
それもそんなに昔からだなんてと思った六鬼だが、あることへ考えが辿りつく。
「……あの、悪魔」
母親の悪魔が出てくる時、必ずといっていいほどあの甘ったるい匂いがついてまわる。
「どこかにいるって思ったの。それと、強大な力の匂いもね」
「力の匂い」
力に匂いなんかあるのかと、六鬼は不思議に思った。
「しないよ、力に匂いなんか」
体をすこし離し、三鬼の顔を見つめながら言葉を返した六鬼。
見つめた三鬼の表情は、どこか寂しさを含んでいた。
「あたしだけなんだと思う、感じることが出来るのは。強いものに寄りかからなきゃ生きていけないあたしだから、何かの巡り合わせでそんな能力があるんだ……って」
「三鬼……」
「他のみんなには必要ないじゃない。それぞれ何か力があるか、四鬼みたいに興味を持たずにいるとかでもしなきゃ、そんな能力あっても使うことはないもの」
そういってから、一呼吸置き、三鬼が呟いた。
「ごめんね、六鬼」
不意に三鬼が謝られて、六鬼は困った顔つきになる。
「利用してたの、六鬼を」
「利用って」
いつもの笑顔なのに、三鬼との距離が遠く感じられる六鬼は、三鬼の左手を取った。
「利用なんてしてないじゃん」
違うと言ってほしかったのだ、六鬼は。
「してたよ。ずっと、ずーっとね」
それでも三鬼は、肯定しかしない。
「されたことない」
否定してほしくて、駄々をこねるように何度も六鬼は繰り返す。
「……ごめんね。してたよ、今まで。そして、今も」
そんな六鬼をに謝ることしかしてくれない三鬼。
「あたしが胸の奥で考えていた願いを叶えてくれる人を、ずっと待ってたの」
三鬼の手を取った六鬼の腕に、三鬼の右手が触れる。
「六鬼。ごめんね。そして、お願い。叶えて、あたしの願いを。夢を」
他の誰でもない三鬼の願いなら、叶えてあげたい。
こんなに心も体も幼い自分が叶えられるというのなら、三鬼の夢を叶えてあげたい。
六鬼はそう思うのに、納得いかないまま頷けずにいた。
三鬼の願いは、二鬼に話したというそれのことだろう。
死にたくない。もしも死ぬのなら痛みを感じないほど一瞬にという。
六鬼は目をギュッとつぶった。
今、自分の手で感じている三鬼の体温を、もう感じることが出来なくなるのかもしれないという事実。
願いのどちらかを叶えれば、そういうことになる。
叶えるとするなら、前者の方で、六鬼は三鬼を死なせたくはない。
「ぼくからも、お願い」
三鬼をつかむ手に力を込め、六鬼は三鬼の手の甲を自分の額にくっつけた。
「死なないで。死ぬことを、選ばないで。もしも利用するなら、今までと同じでいいから、生きるために利用して」
懇願に近いものだったそれへの、三鬼の返事を待つ六鬼。
「その願いを選んだら、本当に叶えてくれる? その願いを叶えるために、犠牲があっても」
犠牲という言葉に、六鬼は何を犠牲にしてほしいのか、正解にたどり着けずにさまよった。
「家族。ううん、一族と、悪魔のすべて。それを犠牲にしてほしいと言っても、六鬼は叶えてくれるかな」
三鬼の言葉を反芻し、どれほどの人数かを想像した。
三鬼は、家族とも言った。
今まで一緒に暮らしてきた、自分とは違い血のつながりがある家族をもというのは、六鬼には理解できない。
「家族は出来ないよ。だって、大事なものだろ」
六鬼がそう言い返すと、三鬼は薄く笑った。
「家族なんかじゃないよ、あんなのは」
あんなのはと三鬼は切り出して、三鬼は今まで思っていたことを六鬼へと語りだそうとしていた。




