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緋の泪  作者: 本城千聖
33/41

それぞれが愛するモノ 11

MF&AR大賞にエントリーしました。

よろしくお願いします。

「三鬼! 逃げて!」


六鬼は涙を拭いながら何度も叫ぶ。


「逃げて!」


三鬼のそばには二鬼がいる。なのに、二鬼も動こうとしない。


二人の表情は笑みを湛えたまま。


三鬼の元へとと思うのに、なぜか体が動かない六鬼。


体が震え、膝をついてしまう。その間も、五鬼は三鬼へと向かい続ける。


「三鬼ぃぃぃぃっ」


左手を届くはずのない三鬼へと、六鬼は精いっぱい伸ばした。


五鬼が両腕を真っ直ぐに三鬼へ向け、今にも首を絞めてしまいそうな距離に近づいた。


その刹那だった。


「やめろぉぉぉ」


六鬼の指に填められていた指輪がパキンと割れて弾けた。


床に欠片が落ちたのと入れ替わり、その力が解放される。


三鬼へと向けた六鬼の手から、どす黒い光が五鬼へと放たれた。


その光が放たれたのとほぼ同時に、五鬼が体を反転させる。


そうして伸ばされたままだった五鬼の手に、六鬼が放った光が吸収されていく。


すべての光を吸収した五鬼を見、二鬼が「ご苦労さま」と呟いた。


五鬼の手に、真っ黒なガラス状の球体が乗っている。


五鬼は虚ろなまま、その球を二鬼へと手渡し、糸が切れたように床に倒れた。


床に倒れた五鬼の手のひらに、真っ黒い石が埋め込まれている。


その石には、ヒビが入っていた。


「これだろ、六鬼」


「?」


「羅生門」


誰にも明かさなかった秘密の呪文、羅生門。


大事な家族を傷つけたくなく、胸の奥にしまい続けた六鬼の秘密の一つ。


一つの指輪によって、六鬼自身が封じていた鬼退治専用の力だ。


「これで全部終わらせることが出来る。ありがとう、六鬼」


慈しむように、その球体を撫でる二鬼。


「どういうこと? 誰もその魔法を知らないはずだ」


六鬼しか出入りできないあの空間でのみ、発動したことがあったその魔法。


今のは手加減したとはいえ、十分五鬼を止められるはずの力だったと六鬼は思った。


「タネあかし、してほしそうだね。全部話そうか、今までのこと」


「いらない! 今、ぼくが聞きたいのは二鬼兄の言葉じゃない!」


六鬼が涙ながらにそう叫ぶと、二鬼の前を遮る格好で手を差し出す三鬼がいた。


「……六鬼、あたしと話がしたいのね」


二人のその姿は、助けを乞うものと差し伸べる手を持つものの姿にしか見えない。


「ねえ、六鬼。二人で話がしたいの。連れて行ってくれる? 六鬼の部屋に」


離れの部屋ならば、こんな言い方はしないだろうと六鬼は感じた。


「三鬼、も、知ってるの? 俺の、あの場所を」


確かめるように呟くと、三鬼はにっこり微笑んで頷く。


「話は後で。……連れて行って、あの場所に」


視線を彷徨わせながら、六鬼は迷っていた。


あの場所に自分以外を連れていったことなどない。


誰かがいたというのなら、母親の悪魔が自分の中から出てきたことくらい。


不安要素があることに加えて、自分があの場所でしたことの一つを記憶から消すことが出来ない六鬼。


三鬼を想い、自分を慰めた場所に連れていくことに抵抗があった。


「あたしからお願いをしたことなんてないでしょ? ……お願い、きいて?」


どちらかというと、いつも自分のわがままや愚痴めいたものを聞いてもらってきた。


三鬼から時々無理難題を押しつけられたりもあったのは確かだが、本当に無理だったかというとさほどでもなかったかもしれない。


こんな表情をして頼みごとをしてきたかの記憶を六鬼は辿ってみるが、その記憶が思い出せない。


きっとそこまでのことはなかったのだと六鬼は思った。


「……だめ?」


好きでいて、ちょっとだけ苦手な三鬼の笑顔。


その笑顔は、六鬼にとって励みでもあり、戸惑いでもある。


「六鬼……」


すこし甘えたような、寂しげな三鬼の声に、六鬼は頷くと三鬼の手を握った。


「ついてくるなよ、絶対に」


母親の悪魔に釘を刺すと、悪魔は何も言わずに手を振っているだけ。


いってらっしゃいとでも言っている表情に、六鬼は複雑な想いを抱えつつ、手のひらを上に向けて念じた。


ふわりと白い光が集まり、その部屋の入口への道が出来る。あとは、鍵だけ。


「腕につかまってて、三鬼」


「うん」


反対の手を、白い光へと差し込み捻る。そう、鍵を開けるように。


「六鬼! 行かないで!」


一鬼が叫び、二人へと駆け寄ろうとした。


「もう遅いよ、一鬼姉さん」


二鬼が一鬼の前を遮る。


「あ……」


白い光に飲み込まれ、二人の姿は、もう消えていた。



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