それぞれが愛するモノ 10
MF&AR大賞にエントリーしました。
よろしくお願いします。
「一鬼姉さん」
二鬼が一鬼を見下ろし、楽しげに微笑んで呟いた。
「あんなに可愛く啼くなんて、思っていなかったな。五鬼とはまだだったんだろ? お子ちゃまな五鬼が、そのことから逃げてばかりだったんだろ?」
六鬼との時間を見ていたかのような、二鬼の言葉。
男勝りで勇ましかった一鬼が、手のひらを顔に当ててわあわあ泣き出した。
「ずいぶんと女の子っぽくなっちゃったんだね。まあ、僕も嫌いじゃないけど、前の姉さんのが一族では必要とするんだろうね」
「二鬼兄……、なんの話をしてるの? 家族を泣かせてどうするの?」
六鬼は状況を把握できずに、視線を彷徨わせては三鬼へと視線を戻す。
何度視線を送ろうとも、三鬼が表情を崩すことはない。
「それ、まだ大事に持ってるんだな。お前」
といい、二鬼が六鬼の首元をトントンと示す。
真似て指先でそこに触れると、三鬼からもらったままのネクタイに触れる。
「お前は素直ないい弟だったよ」
何の脈絡のない褒め言葉。六鬼はどう返事をすればいいのかわからなくなった。
「三鬼がお前の前で作ったんだよな、それは。贈られてからずっと大事につけていてくれて、ありがとう」
贈り主の三鬼ではなく、二鬼がなぜ感謝をしているのかもわからない。
混乱が濃くなっていくだけの六鬼の肩に、母親の悪魔の手がポンと乗った。
「監視されていたのよ、それによってね」
「監視、って。家族の間でなんで……」
戸惑う六鬼の言葉にかぶせられた二鬼の言葉は、六鬼を壊すには十分だった。
「家族じゃないからだろ」
「!!」
六鬼は口を開くが、言葉が何も出てこない。
顔を二鬼へと向けたままで硬直し、二つの瞳からは大粒の涙が流れ落ちていた。
「いい加減に現実を見なさい、六鬼。あなたの味方は、誰一人としていなかったのよ」
違うと言いたげに緩やかに顔を左右に振る六鬼。
子供がいやいやをしているようにも見えるほど、その表情は幼く見える。
「あたしも、そう。今まで一緒に過ごしてきた家族も、そう。あんたのまわりは、敵だらけ」
「う……あっ……ああああっ」
嗚咽し、六鬼の思考は止まってしまった。
六鬼の頭の中には、自分が好きだった三鬼の顔しか浮かばない。
自分を護ってねと言って、抱きしめてくれた時の体温や、ネクタイをくれた時の顔が。
六鬼が何も言えずに泣き続けていても、三鬼は一言も発さない。
「五鬼、五鬼。起きるんだ、五鬼」
二鬼が足元に転がっている五鬼を、つま先で小突く。
「う……」
頭を押さえながら、ゆっくりと体を起こす五鬼。
その五鬼の耳元に、二鬼が顔を近づける。
なにかを囁くと、五鬼が体の向きを反転させた。
その瞳は焦点が明らかに合っていない。
「ちょっと? 五鬼?」
母親が五鬼を呼ぶが、全く反応しない。
「五鬼!」
母親が五鬼の腕を取る。
五鬼はその手を跳ねのけ、ドンと強く突き飛ばした。
その勢いは相当なもので、母親は廊下の方にまで飛ばされて体を打ちつけてしまった。
「……うっ」
低く声を上げ、そのまま起き上がれずにいる。
母親を突き飛ばしたというのに、意に介さず五鬼はある場所へと向かい続けている。
泣き続けていた六鬼の目が五鬼が向かう先へと向けられ、これ以上なく見開いた。
「三鬼っ!」
ずっと呼びたかった、その呼び名をこの場で呼ぶ六鬼。
放心したままで三鬼へと向かっていく五鬼をみて、六鬼は危険を感じた。




